2.救いの手

(まずい……。非常にまずい……)


 シェオル王立魔法学院の授業形態はさして難しいものではない。基礎科目と自分の学びたい属性の選択科目の授業に出席すればいい

 どこの教室も広く床には絨毯、黒板と教壇に向かって並ぶ長机と生徒が座る椅子も当然のように高級品。そんな恵まれた環境だというのにセーマの内心は気が気でない。

 教室のどこを見ても友人と集まっているグループばかりで、セーマは完全に人間関係という点で出遅れているのがありありと見せつけられていたからだった。


 貴族や平民といった階級差や半森人ハーフエルフ大地人族ドワーフなどの種族差はあれどこれから先の学院生活を豊かにしようという思いは一緒だ。本来であれば入学早々に周囲に話しかけ、或いはその声に応えて気が合う友人を探し合うのが定石であろう。


 ――だが、同年代の人間と接する機会が無いセーマにそんな知識も経験則も存在しない。


 彼がこの二週間やった事といえば自分の配属された寮とその周囲に設置型の魔術などの罠が無いかどうかを確かめる事だけ。

 恐らくはセーマに話しかけようとした者もいただろうが、休み時間は校舎の周囲を、放課後は寮を調査していたので全ての機会を気付かぬ内に棒に振っていたのである。


(教室や寮の周囲に罠は無い……それはめでたい事だが、このままではこれ以上の情報が……)


 セーマは学院で毎年起こる生徒失踪の詳細を調べにこの学院に来ている。

 調査を怪しまれない為にも大多数の生徒と同じように振舞うのは必須。

 ただぼっちなだけならともかく、常に一人で行動して学院を嗅ぎまわっている生徒などいずれ怪しまれるだろう。情報という意味でも生徒達の間に流れる雑談から噂や情報を拾えないのは致命的過ぎる。

 ……もっとも、ここに送り出した師は生徒失踪を本気で調べるためにここに送ったわけではないのでそこまで深刻に考える必要は無いのだが、本人がそんな事に気付けるはずもない。


 何とかしなければとセーマは頭を抱えて考える。あまりの焦りからか黒と白の混ざる髪が乱れるくらいだ。

 だが出ない。どれだけ考えても出るわけがない。人間関係の構築という点でセーマはあまりに人生経験が乏しすぎる。

 村の子供として六年。実験台として四年。そして師の下で学んで五年。

 人生全てを合わせても同年代の人間と喋ったのは村にいた頃、隣の家の幼馴染と会話した時だけ。実験台以前の記憶は擦り切れているように思い出す事もできない。

 どれだけ頭で絞りだそうともセーマに妙案が思い付くはずもなかった。


(やはり真っ直ぐ話しかけるのが一番の手か……!?)


 セーマは教室を見渡しながらクラスの誰かに話しかける自分の姿をイメージする。


「やあ! 俺セーマ! 平民だし特に喋れる事はないし、この二週間君達と関わる気全く無かったけどそれだと困った事になるからこれから仲良くしてくれよ! ハハハ!」


 イメージしておいてなんだが喧嘩を売っているようにしか思えない自分に絶望する。貴族のグループは勿論、平民のグループにすら受け入れて貰えるか怪しい。セーマ自身こんな奴と関わるのごめんだ。

 そう……話しかける際の定番文句すらセーマにはわからないのだ。


「あの教師、調べてみたら元宮廷魔術師らしいよ」

「なるほど、教師の質もやはり違うという事ですか」

半森人ハーフエルフのあなたがいると、わからない所をすぐに教えて貰えるからありがたいわね」

「どの口が……僕が教えなくてもわかってただろう……?」

「ばれた? 口実よ口実。ありがたく思いなさいな」

「そういえば校舎の所々に生えてる木って何のためにあるんだろね?」

「校舎が古いから補強のためらしいぜ、噂によると"魔法"らしい」


 焦りからか周囲のグループの雑談の声が大きく聞こえてくるような気すらする。

 結局、セーマはどの輪に入る事も出来ず……気付けばもう最後の授業となる時間まで何も思い浮かばなかった。


「それでは今日はここまでにしよう。今週中に基礎魔術については終わらせなければ。今更言う事でもないが復習予習はかかすな。基礎魔術ならもう家庭教師チューターからとっくに学んだ……などと油断して疎かにする奴が多いが、高等部は一気に差がつくから油断しないように学んでおけ。入って満足していると足下を掬われるぞ」


 教壇に立つのは鋭い目をしたいかにも堅物といった雰囲気の女性教師……セーマ達一年の授業の大半を務めているその女性教師の忠告を最後に今日の授業は終わった。

 忠告を聞いてそれでも基礎だろと心の中で思う生徒や肝に銘じる真面目な生徒がいる一方で……セーマは全く別の事で頭を抱えている。余裕なのではない。むしろ必死だ。


(何も思いつかない……こういう時の事も教えてもらうべきだった……!)


 話しかけて話が続かなかったら。そもそも最初の声掛けで拒絶されたら。干渉せずに一人でいる事と干渉した結果孤立するでは話が変わるし、そこからの挽回は難易度が上がる。

 人間関係を構築した事の無いセーマの頭にそんなもしもの不安がよぎり続け、結局ずるずると放課後の時間……自分から関わっていく方法を知らないセーマにはなんとも難題。決してふざけているわけではない。

 コミュニケーションとは人によっては呼吸のように当たり前なものでありながら、人によっては山を登るよりも高い壁になるのである。


「ああ、そうだ。来週末には外部のメルズ森林区域で初の実習がある。初の実戦課題な上にあそこは迷宮指定されている区域だから最低二人、最高五人の班を作っておけよ。一人での参加は禁止しているからな」

「……」


 そう言い残して女性教師は教室から足早に去っていった。

 まるで追い討ちをかけるような担任からの課題にセーマは絶望する。


「最高五人か……とりあえずここ三人は確定でいいかな?」

「いいと思います。バランスも悪くないですし」

「おーい、四人目に俺とかどうだ?」

「ねえねえ私と組もー!」

「ええ、喜んで」


 セーマが絶望している間に周囲ではすでに班を作っている生徒達。

 それは人間関係で一歩どころではない遅れをとっているセーマにとってあまりにもついていけない速度感だった。

 当然のように班が決まっていくのをただ見ている事しかできないセーマにかつてないいたたまれさなと疎外感が襲う。同じ教室にいるとは思えない温度差だ。


「おぉ……なんだこれ……思いのほかくじけそうだ…………」


 図書館でコミュニケーションについての本を借りよう、となけなしのアイデアを決意しながら立ち上がると、


「あ、あの……」

「……え?」


 後ろから声をかけられて振り返る。そこには日差しのように煌めく金の髪をした少女がいた。その美しい髪の眩さに負けないほど整った容姿に楚々とした雰囲気、そして燃えるような紅玉色の瞳がセーマを見つめている。

 まさか自分が話しかけられると思っていなかったセーマがつい自分を指差すと、少女はこくこくと頷いた。


「もしよかったら、私と一緒の班にならない?」

「……え?」


 セーマはもう一度自分を指差す。

 少女はその仕草を自分の声が聞こえなかったのと判断したのか改めて口にする。


「私はリュミエ・カミール・ルティルス。よかったら、一緒の班にならない?」

「……」

「やっぱり駄目……かな?」


 セーマはぱちぱちと瞬きをしたかと思うと、突如少女の手をとった。


「ひゃ!?」


 突然セーマに手を取られて少女は悲鳴未満の声をあげる。

 少女が恐る恐るセーマの顔を見ると、セーマは少し目を潤ませていた。


「誘ってくれてありがとう……! あなたは女神だ……」

「あ、いえ……りゅ、竜です……」


 セーマの大袈裟な感動にリュミエは若干戸惑いを見せる。

 そんな二人を教室の生徒の何人かは冷ややかに、また何人かは嘲笑うかのようにくすくすと笑っていた。






あとがき

読んで頂きありがとうございます。

話し始めれば大丈夫だけど自分から話を始める事ができないタイプのセーマくん。

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