1.セーマ

「んー! んー!!」

「ありゃりゃ! 不用心だねお嬢ちゃん!」

「栄えてる場所の子供はちょろいですわ」


 シェオル王国はアルカニカ大陸に国土を構える大国だ。

 その東部にあるミラルドという都市にシェオル王立魔法学院は建てられている。

 シェオル王立魔法学院は数百年前、魔術を誕生させる事に成功したシェオル王国において国費をこれでもかとつぎ込んで設立された魔術師の育成機関であり、魔術によって急速に発展してきたシェオル王国において最も重要な施設の一つだ。


 数百年前から高名な魔術師や歴史に刻まれた魔法使いを輩出した記録もあり、学院そのものが歴史的価値も高い建造物でもある。

 このシェオル王立魔法学院がある都市ミラルドもその外観に合わせて古風な建築様式を維持しており、巨大な学院と相まって重厚で趣深い町並みとなっている。

 かといって時代に取り残されているわけではなく、新進気鋭の魔術師の卵が必然現れやすくなるのもあって様々な魔道具や魔術的価値のある素材が常に入ってくる為、絶えず人が行き交っているむしろ最新を走る都市と言って間違いないだろう。

 ……そして、最新という事はそれだけ色々なものに価値があるという事でもある。


「詰めろ詰めろ!」

「んー! んんんん!!」


 その最新の都市ミラルドのとある路地裏でまだ年端も行かない少女が大人三人に口を塞がれ、目を隠されて袋詰めにされていた。

 猫が鳴いている、ただそれだけの理由で路地裏に足を踏み入れてしまったばっかりにだ。

 大人三人による僅か数秒の出来事。子供の未来というのはかくも容易く奪われてしまう。


「それにしてもいいんですか? 全然学院の生徒じゃないそこらのガキでも?」

「馬鹿だなお前。ここは魔術師の卵がわんさかいるミラルドだぞ? ここに住んでるガキってだけで商品としての値段は吊り上がる。ブランドみてえなもんだ」

「うわあ、詐欺だ詐欺」

「何言ってんだ、嘘は言ってねえよ。俺は嘘が大嫌いなんだ! ハハハハ!」


 子供を袋詰めにした三人の身なりはそこらにいる商人と変わりない。しかしその行動と笑いには悪意がこびりついている。真っ当な商人からすれば一緒にされたくはないだろう。

 この三人は商人は商人でも人間を売買している商人だ。

 臓器の売買、人間愛好家の他種族に向けた肉、違法実験を繰り返す魔術師のために骨や手足だけ……時には人間まるごとも当然売る。

 どこから仕入れているかって? 勿論、ろくに抵抗できない弱者からだ。

 魔法学院のあるミラルドではここにあったというだけで価値が上がる。人間でも物でも。


「奇遇だな。俺も嘘は嫌いなんだ」


 薄暗い路地裏の影の中に一人、灰色のローブを被った何者かが子供を攫った三人に立ちはだかるようにして現れる。

 後ろは大勢が行き交う表通り。前には一人。であれば三人に迷いはない。

 予定の無い仕事だが目撃者を殺せば商品がもう一つ増える。声の若さから恐らく少年。商品としての価値は申し分ない。

 都市を出る時に少し面倒が増えるが、ばらして肉と骨にすればいいだろうと刃物を抜いた。


「ついで言うなら、大の大人が三人がかりで子供を攫う……そんな奴も嫌いなんだ。狙う相手が子供じゃなければ俺に見つかる事は無かったろうに」

「『白刃カット』!」

「『呪刺スティング』!」


 子供が入った袋を抱えた一人だけ一歩下がり、二人が前に出る。

 短剣に施される迷いのない付与魔術の行使。このミラルドで仕事しようというだけあって最低限の魔術の心得はあるらしい。

 片方は下級魔術による付与は短剣の射程と切れ味を伸ばし、片方は弱い呪いの付与。

 単純だが元の武器があれば魔力が少なくても使える下級魔術だ。

 狭い路地裏であればかなり有効だろう。……無論、一般人相手であればの話だが。


「ああ、なんだ……違うな。ただのクズ野郎か」


 二本の短刀が向けられる中、三人の道を阻んだ少年は落胆のため息を漏らしながらローブを脱いで正面に投げつけた。

 短刀で斬りつけようとしていた二人は広がるローブで視界がいっぱいになるが、わずかに前にいた男が構わずローブを斬りつける。

 灰色のローブは地面に叩きつけられて、代わりに男の視界に入ってきたのは靴の裏。


「ぶふっ!?」

「うおっ!?」


 前にいた男の顔面に蹴りが入れられ、鼻血を噴き出しながら後ろにのけぞる。

 後ろにいたもう一人は仲間に刃物が刺さらないように急いで飛び退いた。


「『無暴力の手拍子クラッククラップ』」


 すかさず少年はその男の短刀向けて魔術を行使する。少年が指を向けると不可視の力が男が握っていた短刀を弾いた。

 からからから、と音を立てて転がった短刀から魔力が抜けていく。

 ローブを脱いだ少年は仮面を被っていて正体はわからない。だが今の魔術を見て予想はついた。


「魔術師か……!」

「おい魔術師を舐めるな。こんながたがたな魔術使う魔術師がいてたまるか」


 自虐か謙遜かわからない事を口にしながら、少年は三本の指を仮面の前で立てた。


「どうやら人違いみたいだな――"開宴準備レディ"」

 

 その数分後、路地裏に転がった三人の男は誰かが呼んだ警備隊によって捕縛された。

 攫われかけた少女は目隠しをされていて証言も曖昧。誰がこの三人を昏倒させたのかは謎のままである。








「完全に外れだ。学院の生徒をどうこう出来る奴等じゃなかった」

『ふむ、そうか』


 路地裏の三人を気絶させた少年は宿の部屋に戻って一人喋っていた。聞こえてくる女の声の主はここにはいない。

 目の前には虹色に輝く蝋燭だけ。今回の仕事のために少年が恩人に手渡されたものだった。使い捨ての念話の魔道具で一本買うのに宮廷魔術師の年収十年分はする高級品。

 少年はその蝋燭が溶けていく様子を勿体なさそうに見ながら報告する。


「そこそこ悪い事に慣れてた気配はあったけど……俺の魔術を見て魔術師か!? って言ってたよ」

『君の魔術を見て魔術師と思うのは流石にセンスが無さすぎる。まぁ、悪人を捕まえたという事で無駄ではなかったんじゃないかなセーマ』

「ありがとうございます師匠」


 セーマと呼ばれた少年は蝋燭に向けて頭を下げる。黒と白の混じった髪が少し揺れた。


『それに予定通りではあるだろう? 遠慮なくシェオル王立魔法学院での生活を送れるというわけだ』

「……了解」

『おや、何か嫌そう?』


 先生と呼ばれた女性はセーマの声色の変化にすぐに気付いた。

 セーマはシェオル王立魔法学院の生徒失踪についての調査という名目でここにいる。

 それが実は師と呼ぶ女性がセーマに学生生活を送ってもらいたいという思いからによるものだと気付く事は無く、この二週間調査に精を出していた。


「いや、その……せめて清掃員とか管理人で入りたかったなと……」

『おやおや、どれだけ金を積まれても入れないとされる魔法学院勤務をコネで? まったく……そんずるい子に育てた覚えはないよ?』

「その魔法学院にコネで生徒やらされてるんだが!?」

『いやコネじゃないよ。ちゃんと試験受けただろう君……確かに筆記は怪しかったけどさ。それで? 何か問題でも?』


 問われて、セーマはごくりと生唾を飲み込む。

 額に冷や汗が浮かばせながら絞り出すような声で語り始める。もうじき念話の蝋燭も溶け切ってしまう。最低限、現状の報告だけは済ませなければいけない。


「その……入学してからこの二週間、敷地や建物の調査ばかりしていて……」

『ふむふむ』

「その間に他の生徒達は自分達のグループやら友人を作っていて……人間関係で一気に出遅れました。生徒からの情報収集が困難なくらいにくっきり分かれてて……」

『あはははははは! 噂に聞くぼっちというやつだ! 君同年代の子とコミュニケーションとったことないもんねぇ? 他のこと優先してたらそりゃそうなるか! あはははははは!!』

「おい笑い過ぎだろ!! 弟子のピンチに……あ、切れた! おい蝋燭! もうちょっと踏ん張ってくれ! 頼む! この文句だけでもあの女に届けさせてくれよ!!」


 懇願も虚しく、セーマの頭の中に腹の底から爆笑する声だけ届けて念話の蝋燭はその役目を終える。

 世界で三人しかいない"魔法使い"である師に届くことのない悪態をつきながら、セーマは二週間前に入学したシェオル王立魔法学院へと戻っていった。






あとがき

読んで頂きありがとうございます。

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