仮面の下のステラ

らむなべ

プロローグ -流れ星-

 普通の村で生まれ、善良な両親の下に生まれ、隣に住む幼馴染と遊ぶ日々。

 そんな日々に不満なんて抱いていなかったけれど物心ついた時から誰かにとって特別な人間になりたかったような気がする。



「この子供の家から盗品と思われる指輪が見つかった。領主様が視察に来た際に紛失した物だろう……領主様の視察の際、付近にこの子供がうろついていたと証言する者もいる。よってこの子供を窃盗罪と侮辱罪の疑いで領主様の下へと連行する」



 突如訪れた小綺麗な服を着た大人が読み上げるでたらめな罪状。

 まだ六歳だった俺は何を言われているのかわからなかった。

 盗み? 誰が?

 混乱している間に乱暴に取り押さえられて、後ろ手に縛られて連行されたのを覚えている。

 今思えばおかしいと思うのだが、当時まだ幼かった俺がそんな事に気付くはずもない。

 大人の力で雑に扱われるのは痛かったけど何よりも辛かったのは、連行するための馬車に連れていかれるまでの間に突き刺さった村中からの視線だった


 領主様の指輪を盗んだとされた俺への非難と蔑みの視線。

 混乱しながらも俺はやってないと何度も叫んだ。

 信じてくれ。信じてよ。その一心で叫んだが無駄だった。

 領主様に目を付けられたらどうするんだ。俺達を巻き込むなよ。あんな子供の頃から盗人だなんて。

 ……そんな軽蔑するような声と視線が俺に注がれ続けた。


「……違う。僕は、何も――」


 馬車に無理矢理載せられるその瞬間、遠くに見えてしまった。

 俺の両親と、隣に住んでいる幼馴染の子。

 俺を育ててくれた両親は俺から目を逸らし、よく遊んでいた女の子は恐いものを見るような目で俺のほうを見ていた。

 昨日まで両親もその子も俺に笑顔を向けてくれていたはずなのに。

 ……自分を信じてくれる人が一人でもいれば、それだけで救われたかもしれないのに。

 そんな最後の光景に絶望しながら、俺は連行された。


 当然、俺が領主様の指輪を盗んだなんて事はない。

 俺は冤罪で監獄に入れられて、助け出されるまで五年の間その監獄で過ごした。

 監獄で待っていたのは飢え。飢え。飢え。

 ひたすらに、飢えさせられた。

 食への飢え。外への飢え。人への飢え。

 最初のうちは何でなにもしていないのにこんな目に遭うんだと腹を鳴らしながら呪った。

 ある時から本当に盗んでいたとしても、ここまで苦しめられるのかと恐怖した。

 食事もろくに取れず、外の事もわからず、そして誰とも触れられない。



 ――まるで自分だけ世界から切り離されたような時間がただただ過ぎていった。



 次第に時間の感覚も五感もよくわからなくなっていたある日――俺が閉じ込められた部屋にまで轟音が鳴り響き、閉じ込められていた牢獄は勢いよく開いた。


「っ――! 生存者よ! 生きている子がいる!!」

「え!? まじですか!?」

「衰弱しきってる! 濡らした布と治癒魔法が出来る子を誰でもいいから連れてきて!」

「今すぐに!」


 久しぶりに聞いた人の声が嬉しかったのに笑顔も浮かべられなかった。

 俺の部屋の扉を開けた女の人はそんな俺を優しく抱き寄せてくれた。


「ごめん……! ごめんね……! 遅くなってごめん……!」


 その時の俺は汚くてひどく臭うはずなのにそんな事を気にする様子もなく、女の人は俺を抱きしめながらそう繰り返していた。

 擦り切れたような記憶の中この時の光景だけは一生忘れないだろう。

 そんな恩人にありがとう、とも言えないくらい衰弱していた自分が辛かった。


 こうして冤罪で連れて来られた俺は解放された。

 助かった後に聞いた話によると、ここの領主はいかれた人間だったらしい。

 俺にかけられた冤罪は間違いではなくわざと。遥か昔に行われた"魔法使い"を人工的に作るための実験のために若く健康な実験台として俺は選ばれただけだった。

 根拠はなく確かな成功例も確認されていない……もう二百年も昔に否定されている無意味な実験。

 監獄の収容人数は百七十八人。

 そんないかれた実験が行われたこの場所で生き残ったのは俺だけだった。


「……私は慰めるようなことは出来ない。誤魔化すのも好きじゃない。

だからこれが君にとって残酷な事かもしれないけれど正直に話すよ」


 そう前置いて、恩人は言った。


「"特別である事"と"普通であれない事"は似ているようで全く違う。君は後者だ。君は悪くない。何の非も無い。それでも理不尽に普通を奪われてしまった。悪意によってただ普通であれなかっただけの……ただの被害者だ」


 これ以上無いほど正直で、本当に残酷な言葉だった。

 俺が五年間も苦しめられた無意味な実験は俺にとって本当に無意味なものだったと突き付ける言葉だった。

 でも同時に、この人は俺を子供扱いしていないのだとも理解できた。

 辛い記憶を軽んじることもせず、飾る事もせず、残酷な現実として真剣に話してくれた。


「けれど」


 だから、俺にとって"特別"な恩人のその言葉は何よりも響いた。

 俺の手を握り締めながら、その人は言った。


「だからこそ、君は誰かにとって"特別な人間"になれる。誰よりも痛くて苦しくて、辛い思いをした君だからこそ……隣で泣いている誰かに手を差し伸べる事ができる人になれる。なれるよ。君はきっと、そんな人になれるんだよ」


 それはまるで願いのよう。

 俺の目を見ながら繰り返し、なれるよ、と恩人は言ってくれた。


「どうか、絶望しないでほしい。許さないでいい。それでも、どうか諦める事だけはしないでほしい」


 まだ喋れるようにもなっていなかった俺の手を握るその手は震えていた。

 この人が悪いわけじゃないのに、この人は心の底から願っている。

 ――何を?

 そんなもの誰かに聞くまでも無かった。


「この世界は残酷だ……けど、それ以上に素敵な人達が大勢いる。君はもう十分すぎるほど苦しんだ。だから、これからは"特別な人達"に出会うために生きていくんだ。君を特別に思ってくれる人も、君が特別に思えるようになる人も……きっと未来で待っているから」


 微笑みながら、俺の恩人は静かに涙を流していた。

 ただ偶然生き残っていただけの誰でもない俺の幸せを願っていた。

 その涙は外に出られたばかりの俺にはあまりに眩しくて。

 万人を照らす太陽や月よりも綺麗な、自分のために流れる星のようだった。





 あとがき

 初めましてらむなべと申します。お読み頂きありがとうございます。

 一章分はほぼ毎日投稿になると思います。これから応援して頂けると嬉しいです。

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