5.奇妙な問いかけ

 メルズ森林区域での実習が明日にまで迫ってくると一年生達の空気が張り詰めている。

 シェオル王立魔法学院に入る生徒は紛れもない魔術師の卵ではあるが、まだ実戦を知らない者も少なくない。魔術の才能はあっても、魔術師として戦える才があるかは別物である。

 魔術師はどれだけ感情を昂らせても平静に。頭ではわかっていてもいざ危険区域に放り込まれてやれと言われると難しい。


 初の実習はそういった生徒達の素養を見るためなのだろう。なにせシェオル王立魔法学院のクラス分けは入学時ではなくこの実習の後にあるのだ。いわば明日まではまだ体験入学のようなもの……この実習が一年生の最初の分岐点なのは間違いない。


「うーん……違和感無く生徒を失踪させるならこのタイミングだよな……」


 そんな中、一人別の事を考えている一年生が中庭のベンチに一人。

 セーマがこの学院に来た目的はこの学院の生徒失踪について調べる事……だと思っている。学院での生活を疎かにする事はないが、セーマにとって考えるべきはまずこちらなのだ。

 メルズ森林区域は低級の魔物しかいないとはいえ、経験の浅い一年生では襲われてそのまま……となってもおかしくない。違和感無く生徒の失踪事件が起きるとすればこのタイミングだ。実際、去年はこの実習で一人が死亡、二人が行方不明になっているのでセーマの推測は間違っていない。


「学院に黒幕がいるとしたら怪しいのは樹木魔法を使う校長のガイゼル・セントバーグ……後は一年生担当で実習の監督員でもあるレイリーナ・クレトリ、後は同行する高位の治癒魔術師ミヤ・ラランタの三人……」


 人間関係の構築を犠牲にして調べた結果、生徒達が普段生活するエリアには罠になるような設置魔術は展開されていなかった。考えてみれば堂々と学院にそんなものが設置されているのだとしたら学院の教師全員がぐる・・だろう。この国最高の教育機関がそこまで腐っていたら自分以外の調査が入るはずだ。

 であれば、やはり怪しいのは外部での実習時のタイミングとセーマは読む。


「裏で色々やってる連中と繋がってたら自分で手を下す必要も無くて怪しまれない……となると、一番やりやすいのは責任者のレイリーナ先生か……? それかシンプルに森だからガイゼル校長……?」


 前者は実習の監督を口実に、外部の人間を森に入らせて異変に気付かない振りをして生徒を攫わせればいい。後者はもっと単純……校長であるガイゼルという老人は"樹木魔法"の使い手として有名であり、四人目の魔法使い候補と言われるほどの実力者だ。

 魔法は魔術や"神秘"と違って法則や常識の通じない超常。使い手がその場にいなくてもそのくらいは出来ておかしくない。


「校長が犯人だったらむしろ楽なんだけどな……師匠に連絡して終わりだし……」


 "樹木魔法"はまだ正式に魔法認定されていないものの、生命である植物を生み出して操れるなど普通なら有り得ない。魔術や"神秘"は生命を模す事は出来ても生命そのものを生み出せないのが絶対のルール……そんな常識をあっさり破る反則魔法相手にセーマ単独で対処するのは難しい。

 魔法使い候補には本物の魔法使いぶつけるんだよ、と言わんばかりの力技が一番だと考えていた。


「まぁ、そもそも事件って決まったわけじゃないか……くぁ……」


 これ以上は考えても答えは出ないと、セーマはあくびを一つするとベンチの背もたれに身を預ける。

 セーマは明日の最終確認のためにリュミエを待っているところだった。リュミエはずっと続けているカウンセリングで少し遅れるらしい。

 『竜の息吹ブレス』が出せない悩みというのは竜族にとってはやはり重いのだろう。話を聞けばもう何年も続けているらしかった。


「なんとかしてやりたいが……竜族の悩みは流石に俺じゃあな……」

「ねぇ……」

「!?」


 背もたれにだらしなく体を預けていた所に声を掛けられてセーマは勢いよく起き上がる。

 いつの間にか茶髪のショートカットで小柄な女子生徒がどこか複雑な表情でベンチの横で立っていた。


「こ、こんにちは……」

「え? あ、うん……えと、セーマ、でいいんだよね……?」

「ああ、そうだけど……すまん、名前覚えてる人のが少なくてそっちの名前がわからん」

「あ……。うん……私はアニー……あなたと同じ、平民よ」

「そうか、よろしく」


 アニーは一瞬落胆の色を見せたかと思うと寂し気に笑った。

 何の用かとセーマが言葉を待っていると、アニーはセーマを探るような視線を送りながら切り出した。


「えと、リュミエさんと同じ班なんでしょ……? 大丈夫……?」


 セーマにはその質問の意図がわからなかったので、


「すまないアニー、質問の意図が分からない」


 そのまま聞き返した。

 端的に述べるその姿は突き放してるようにも見えるが、セーマはわからない事をわからないとただ素直に伝えているだけだった。これはリュミエと話していた時に誓った他人に興味を持とうと決意した結果なのだが……明らかに聞き方が悪かった。


「ほら、リュミエさんってその……あんまり強くないって噂だから、二人でメルズ森林区域に行って大丈夫なのかなって……」

「ああ、大丈夫……かはわからないな。まだあそこで何するのかわからないから二人できつい課題の可能性もある」

「そうでしょ!? も、もしセーマがよかったら私の班に来ない? 私も合わせて四人の班だからまだ空きがあって……」

「いやそれはないだろ……リュミエが一人になる」

「……」


 リュミエに声を掛けられる前だったら嬉しい誘いだっただろうが、今のセーマにとっては有り得ない選択肢だった。

 リュミエはセーマが困り果てていた所に声を掛けてくれた恩人であり、初めて出来た同年代の友人だ。リュミエを見捨てて他に移るなど悩む余地もない。


「そっか……二人だと大変じゃない?」

「かもしれないな。お互い頑張ろう」

「……ふうん」


 アニーはつまらなそうにそう言うとその場から去っていく。

 セーマはその背中を見送っているとアニーは立ち止まって、もう一度セーマのほうを向いた。


「ねぇ、私と会った事……ない?」

「え? 何だ急に……ないと思うけど……?」

「……そっか」


 セーマの言葉を聞くとアニーはそのまま去っていく。


(何かのかまをかけようとしてた……? 最近周りはくすくす笑う奴も見かけるし、同年代の会話って何か恐いな……)


 アニーの背中を見送りながら妙な苦手意識を持ち始めるセーマ。何を探られたのかわからないが妙に恐かった。

 なお最近笑われているのはリュミエが落ちこぼれと揶揄されているからである。貧乏くじを引いたと思われているが……セーマ本人は全くそんな事は思っていない。


「セーマくん……」

「あ、終わったのか?」

「う、うん……終わったよ……」


 そうしてアニーの背中を見送ると、入れ替わるようにリュミエが反対側から姿を現した。

 リュミエは何があったのか少し顔を俯かせている。

 セーマはすぐにベンチの席を一人分空けていると、リュミエはすぐに座らず立ったまま口を開いた。


「よ、よかったの……?」

「え? なにが?」

「何か、話してた、みたいだったから……」

「ああ、何か会った事無いかって聞かれたな。多分会った事無いと思うんだけど……」


 セーマは実験台になる前の記憶はほとんど思い出せず、解放された後は師についていって色々な場所を回っていたのでただでさえ人と深く関わる事があまりない。

 どれだけ思い出そうとしてもアニーと会った記憶は無かった。


「……他には、何を?」

「え?」

「他には……何か話してませんでした?」

「いや別に……? 挨拶したくらいだな」


 セーマがそう言ったかと思うとリュミエはベンチに座った。

 心なしかいつもより距離が近い。


「……ありがとうセーマくん」

「え、こわ……何のお礼……?」


 リュミエが実は今のアニーとの会話を聞いてしまった事などセーマには知る由もない。

 アニーだけでなくリュミエにまで含みのある言葉を掛けられたせいかセーマはうっかり怯えの言葉を零してしまう。


「なんだろうね? ……明日は頑張ろうね?」

「あ、ああ……」

 

 そのまま明日に向けて色々と話し合った後、二人は解散した。

 結局、何故リュミエの雰囲気が急に明るくなったのかセーマにはわからないままだった。















 メルズ森林区域は学院のある都市ミラルドから南東に半日ほど馬車を走らせた場所に広がる広大な森である。

 棲んでいる魔物こそ低級ばかりで一般的な魔術師からすれば大した事はないが、厄介なのは森そのものである。

 森そのものが広大で深い自然の迷路であり、更に厄介な事に魔力が濃い土地なのもあって"神秘"が蔓延している。ただでさえ薄暗い森のそこここに幻覚を見せる魔花まかが咲いている。香りに気付けずその場を離れなければ幻覚の虜だ。

 普段から棲んでいる魔物はその魔花の"神秘"に適応しているため厄介さも増している。

 一般人では通行が難しく、油断した魔術師も呑み込まれる事から……メルズ森林区域は棲む魔物の質が低級でありながら国から迷宮指定される区域となった。


 学院からの移動に半日、近隣の町で一泊した後の早朝……メルズ森林区域に到着した一年生達は班ごとに別れ、監督者であるレイリーナの合図で実習が始まる。

 制限時間は日没前まで。自分達のタイミングで森に入るように指示された。


「じゃあ行こうかリュミエ」

「う、うん!」

「緊張しなくていい。とりあえずは手筈通りにやればいいんだ」

「わ、わかってるんだけど……」


 森の手前で短い杖を握りしめながら足踏みするリュミエを見てセーマは立ち止まる。

 何か声を掛けるべきかとも思ったが、セーマはそのまま森のほうへと歩いていく。


「リュミエが行かないなら先行くぞ」

「せ、セーマくん駄目だよ!」

「だってリュミエが来ないから」

「ご、ごめんなさい! うう……! 行きます! 行くから一緒に!」


 そんなセーマを追い掛けるようにリュミエも後ろに結んだ髪を揺らしながら駆け出す。

 リュックには食料と飲料、武器はリュミエが持つ杖だけ。頼りになるのは自分の体と魔術、そして班での連携だけだ。


 二人が森に入ると一気に急変する。今日は日差しが眩しい快晴。

 だが森に入るとひんやりとした空気と土と葉の濃い匂い、そして森全体を覆う異様な魔力が出迎えた。


「なんだ普通に入れるじゃないか」

「セーマくんが先にいくから……。うう……始まっちゃった……」

「だから緊張しなくていいって」

「け、けど……」

「どうせ落ちこぼれ二人なんだ。誰にも期待されてないなんてこれ以上楽なことない。駄目でも普通でうまくいった時には賞賛が待ってるなんて得な状況は俺達くらいなもんだろ?」


 それはリュミエにとってある意味衝撃でもあった。

 『竜の息吹ブレス』が使えず、落ちこぼれと呼ばれて期待されなくなった事に悩んでいたが……セーマからすればこの実習においてプラスでしかないらしい。

 自身の悩みをまるで前向きなように言われてリュミエはつい笑みを零す。体を震わせていた緊張はいつの間にか消えていた。


「確かに……確かにそうかも」

「だろ? 気楽に行こう」

「うん!」


 開始から少し経って二人は森の中へと。実習開始から十分後という早くもなく遅くもないタイミング。

 二人の姿を見ている誰かに気付かぬまま……森の奥へと歩を進めていった。

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