6.同年代は恐いとセーマは覚えた

「……そろそろ身体強化を使おう」

「え?」


 森に入って三十分ほど経って、セーマが切り出す。

 鬱蒼とした森の中、日差しはほとんど入ってきておらず薄暗い。そして他の生徒も大勢入ってきているはずなのにどこか寂しいくらいの静けさがあった。


「入ってきた所とは違って獣の匂いが混じり始めた。魔物の活動域に入る」

「……セーマくんはこういうのに慣れてるんです?」

「少しはな……『黒衣の足踏みカームステップ』」


 セーマは周囲を警戒しながら身体強化の魔術を唱える。

 そんなセーマを見て、リュミエは魔力を全身に張り巡らせる。


「ふん!」

「え……」

「セーマくん? 行かないの?」

「あ、ああ……」


 しっかりと身体強化を行えているリュミエを見てセーマは唖然とする。

 どうやらリュミエにはセーマの驚愕は伝わってなかったようであるが。


(そうだ、竜族はそもそも"形態変化"できる種だから"神秘"で身体強化が出来るのか……。便利だなぁ……)


 竜族が人間種の中でトップクラスとされている理由はその使える"神秘"の多さ。

 その肉体は魔力と常に寄り添って生きてきた"神秘"そのものであり、魔力核である心臓は膨大な魔力の水源。

 魔力を全身に張り巡らせれば身体強化に、翼に纏えば飛行を可能に、逆鱗に込めれば浄化の息吹を吐く。

 魔力を体の至る所にコントロールするのが得意な種族であるが……反面、頭の中でイメージを思い浮かべて構築する魔術が不得意であり魔術の習得が他種族と比べて困難とされている。

 魔力を場所に込めて現象を引き起こす"神秘"とは違い、イメージというどんな現象であれ頭の中を必ず経由する必要がある魔術と感覚が違い過ぎるためというのが通説だ。


「いいなぁ……」


 そんなリュミエの後ろ姿を見てつい羨ましがるセーマ。

 人間はたまに特異体質の者が現れるとはいえ基本的には"神秘"が無い種族……名称を唱えるのを省略できる手段というのは魅力的に映る。

 だがリュミエは何を勘違いしたのか、その声を聞いて嬉しそうに後ろに結んだ髪をふりふりと揺らし始めた。


「ぽ、ポニーテール好きなんです……?」

「いや、そういう事じゃない」

「そこは嘘でも褒めてくれないと……」

「似合ってはいるよ」

「ふふ、ありがとうございます」


 何故かしょんぼりし、次には笑顔を見せるリュミエにセーマはつい微笑んでしまう。ころころと変わる表情は薄暗い森には似つかわしくない明るさだ。

 どうやら森に入る前の緊張は完全に解けているようである。


「何というか……静か……?」

「ああ、結構な数の生徒が森に入ってるはずなんだけど……土地の"神秘"の影響かもな」

「課題の内容が内容だったのでもう少し騒がしくなるものかと……」


 メルズ森林区域前に集まった一年生に出された課題は"魔物と戦った証を持ってこい"というもので、質や量によって成績が反映されるらしいがどこか曖昧なようにも思える課題だった。

 事実、疑問を持った一年生達もいたがその後すぐに別れる形となったため監督者のレイリーナには質問できずじまいだったようである


「引っ掛かるな……」

「戦った証って……耳とか牙、後は魔力核とかになるのかな……?」

「だったら体の一部や魔物の魔力核を持ってこいでいいはず……。わざわざ曖昧な言い方にしてるって事は意図があるんだな」


 ――実際に戦ったかどうかがわかる魔術がある?

 課題の言い方からセーマはそう予測した。リュミエに伝えるとなるほどと頷く。


「そういうのがあれば横取り対策にもなるね?」

「ああ、誰かが戦って弱らせた獲物を狙うなんて誰でも考え付きそうだし……実際俺達も何らかの妨害をされる前提で考えてたからな。課題の割に奪うなと明言していないのは……そういった小狡い手段をとる生徒を見つけるためかもな。魔術師は研究職も多いから、他人の成果を奪うような発想をする奴等は落とされるかクラス分けで隔離されるんだろう」

「小等部や中等部と違ってクラス分けが遅いのはそういう適性を見る為……なのかも?」

「正攻法しか認められないとなると俺みたいな落ちこぼれは普通に辛くなるわけだ……真っ当な方針過ぎて参るな」


 自虐のような言葉を語りながらセーマは少し嬉しそうに笑う。

 調査に来た代理人として学院を疑ってばかりだったからか、魔術師を正しく育てようとする実習の意図に少し感激していた。

 魔術師たるもの正しき行いを。いつかの時代に掲げられた綺麗事ではあるが、そんな綺麗事がセーマは大好きだった。


「全く、その通りですわね」


 セーマとリュミエが課題について話していると、前のほうから声を掛けられる。

 少し開けた場所の岩の上で一人の女子生徒が二人を待っていたかのように座っていて、その後ろには耳が長い男子生徒が杖を抱くようにしながら立っていた。

 女子生徒は整った顔立ちにモデルのようにすらっとした体型で海のような深い髪色をしていて森の中では一層目立っており、男子生徒のほうは逆に森に溶け込むような緑色の髪と雰囲気を纏っている。


「初めましてセーマさん、それにリュミエ様」

「どうも。跪いたほうがいいですか?」

「外でなら満更でもないですが、この学院にいる間は身分は関係ないでしょう? 普通にしなさい」

「それはありがたい」


 身分は関係無いと言いつつも尊大な口調から貴族である事は間違いない。

 後ろにいる男子生徒はセーマも何度か見た事のある同級生の半森人ハーフエルフだ。


「私はフローレンス・ランスター。後ろの子はリオン・ミトクラムよ」

「ランスター家……」


 二人の名前を聞いてリュミエは心当たりがあるように呟く。


「知ってるのか?」

「えっと、家の事業のほとんどを当主の娘さんが担ってるって噂がある……」

「そうそう、そのランスター家よ」


 フローレンスは肯定しながらにこっと笑う。

 つまり実質、親から家を乗っ取っているやり手という事だ。そんなやり手が自分達に何の用かセーマは問う。


「そんなやり手が何か用だろうか? わざわざ待ってたって事は何か用があるんだろ?」

「話が早くて助かるわ。あなたみたいな平民嫌いじゃないわよ」

「それはどうも……」

「あなたの言った通り、待っていたのは少し気になる事があるのよ」


 そう言うとフローレンスはぱちん、と指を鳴らした。

 すると後ろにいたリオンという男子生徒が前に出てきて……突如杖を掲げた。


「!!」

「きゃっ!?」

「――『命散らす花弁リヴメリア祭壇さいだん』」


 瞬間、セーマは咄嗟にリュミエを横に押し飛ばす。次の瞬間、リオンの魔術を唱える声……恐らくはセーマ達が話している間に渦巻いていたであろう魔力が一気に放出した。


(多重言語! 上級魔術か――!)


 唱えられた名称から魔術の規模は上級魔術。

 セーマは立っている地面が突如隆起したのを見て、すぐさま上に跳んだ。

 地面の下から突き上げるように無数の岩の鞭が現れ、その奥から更に……何十枚もの岩の花弁で構成された人喰い花のゴーレムが姿を見せる。ゴーレムの中心には何十もの牙と先に何があるかわからない真っ暗な空間があった。

 いつの間にかフローレンスとリオン開けたこの場から離れている。それも当然、今いた場所は人喰い花のゴーレムで埋め尽くされていた。


「『不出来な円舞ドランクワルツ』!」


 上に跳び、空中で身動きがとれないセーマに向かって岩の鞭が容赦なく降り注ぐ。

 セーマは二つ目の身体強化を唱えると、向かってくる岩の鞭を一つ蹴り、二つ目を受け止めるように蹴り上げて、その衝撃でに森の中へと弾き飛ばされるように跳んだ。


「セーマくん!!」


 リュミエはセーマが飛ばされた方向に迂回して駆け寄る。

 どうやら人喰い花のゴーレムはリュミエを狙っていないようで岩の鞭を向ける事はない。

 リュミエがセーマが飛ばされた場所まで走ると、木の上からがさがさと落ちるようにセーマが降ってきた。


「ぶはっ……! 逃げるぞ!!」

「う、うん!」

「殺し合いでも魔術大会でもないのに同級生に上級魔術ぶっ放すか普通!? いかれてるのかあの二人!?」


 愚痴を零しながらも全速力でその場から離れるセーマとリュミエ。

 魔物と遭遇してもとりあえずあの二人よりはましだろうとひたすらに距離を取ったのだった。


「やっぱり同年代ってこわいんだな……」

「か、関係あるかなぁ……?」














「庇ったわね」

「庇ったね」


 セーマとリュミエが逃げていくのを眺めながら、フローレンスとリオンは魔術を解除する。人喰い花のゴーレムは獰猛さを潜め、地面の中でただの土へと戻っていった。


「わざわざあのセーマさんが対処するって事は……どうやら『竜の息吹ブレス』が使えないのは本当みたい。確かに竜族にしては珍しいわね」

「……本当だとしてもたった数年芽が出ないだけで落ちこぼれ呼ばわりしている人間の神経はよくわからないな」


 杖で地面をとんとんと整えながらリオンは呟く。


「自分より上の立場にいる人間が明確な欠点を克服できないのよ? 他の人間からすればつつきたい放題でおかしくて仕方ないんでしょう。一時の優越感に快感を覚えているんじゃない?」

「やっぱりわからない……けど」

「けど?」

「気になるのはむしろあの男のほう……あんな魔術・・・・・でよく僕の魔術から逃れたなって」


 フローレンスとリオンが確かめたかったのはリュミエの噂についてだが、リオンの興味はむしろセーマのほうに移っているようだった。

 フローレンスにはあんな魔術の意味はわからなかったが、半森人ハーフエルフのリオンは何かを感じ取ったらしい。


「魔術の名称は魔術が引き起こす現象を表す大事なものだ。『水の刃アクアカッター』を唱えれば水の斬撃が出ないと術式としておかしいだろ……? でも彼の魔術は名称と効果が滅茶苦茶で非効率すぎる」

「あちらも何か訳アリって事?」

「多分……でも問題はその非効率な魔術で僕の魔術を切り抜けたって事」

「手加減してたんでしょう?」

「手加減はしていたけど……フロー・・・のお願いだったからしっかり捕まえる気ではいたよ。あの反応はだいぶ戦い慣れしてる。平民らしいけど、もしかしたら地方の狩猟民族かも。独自の民間魔術なら非効率なのも納得できる。いや、ああしないといけない理由が何かあるのかな……? だとしたら気になるな……」


 饒舌なリオンを見てフローレンスもセーマに興味がわく。

 最初は噂で傷心しているリュミエによからぬ事を企み近付いた平民と警戒していたが今度は別の意味で。


「まぁ、リュミエ様を庇ったのを見ると悪い人ではなさそうだし……追跡する必要はないかしら?」

「そうだね、フローが警戒するような人じゃないようだよ」

「……リオンが初対面の人間をそんな風に言うのは珍しいわね」


 フローレンスの言葉にリオンはため息をつく。


「人間が竜族を迷いなく庇ったんだよ? 普通しないよ」

「……それもそうね」

「あの人はお人好しだよ。フローと同じ」

「普段静かな癖に一言多いのよあなた」


 竜族は人間よりも遥かに強い種族……逆ならばともかく人間が普通竜族を庇う事など有り得ない。

 リオンの上級魔術を前に迷いなくリュミエを庇ったセーマの姿を見て、二人からの評価は固まった。人の弱みに付け込んで取り入る悪党からお人好しへと。

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