7.集まれメルズ森林区域
フローレンスとリオンから逃げた二人は後ろから追いかけてこない事を確認すると、木を背にして一息つく。周囲には魔物の姿も無い。
「これくらい離れれば大丈夫か……。ふぅ……あんないかれた連中がいるとは……!」
「でもフローレンスさんは前に見掛けた時は優しい人だったような……? パーティで嫌がらせされてる女の子を何度も助けたって話もあって……」
魔術には下級、中級、上級、そして超級の四段階がある。
下級は平民でも使える者がいたりする基礎、中級からは魔術師の実戦クラスとなり、上級は対人以上の範囲や威力を持つ大規模魔術、そして魔法には届かなかった魔術として最高クラスの超級だ。
一部の天才を除いて魔術師が実戦で使える攻撃魔術は上級魔術が限界であり、魔術師が人に向けて上級魔術を向けるという事はそれだけ大きな事態なのである。
「同級生に上級魔術を撃ってくるようなやばいやつだぞ……?」
「そ、そうなんだけど……」
そんな上級魔術を撃たれたセーマからすれば、リュミエの言葉は信じられない。セーマの中のあの二人の評価はやばい奴等で固まってしまっている。
常識で言えば魔術師は実戦や魔術大会でもない限り上級魔術を人に向けたりしない。同じ実習に臨んでいる学友相手ならなおさらだ。
「ここの生徒ってやばいやつしかいないのか……?」
「そんな事無い……と思うよ?」
「今の所リュミエ以外ろくな絡まれ方をしてないんだが……」
息を整えて辺りを見回す。
ここまで騒がしくしたのだから当たり前だが、がさがさと茂みをかき分けるような音と妙な足音が聞こえてきた。
「とりあえずあの二人から逃げやすくするためにも課題を終わらせるか……」
「うん、集まってきてる」
「狼型の魔物だなこりゃ。森だからそりゃ出るか」
瞬間、茂みから一匹の狼型の魔物――
セーマは大口を開けて飛び掛かってきた
牙は当然、セーマの腕に突き立てられるのだが……セーマは先程森に入った時に一回、リオンの上級魔術の時に一回と身体強化の重ね掛けをしているためただの牙は通らない。
「ふん」
「きゃうん!」
セーマに襲い掛かった
「わぁ……」
「手筈通り任せるぞリュミエ」
「う、うん!」
容赦の無いセーマに感心しながらもリュミエが前に出る。
メルズ森林区域には低級の魔物しか生息していない。この区域が危険とされ迷宮指定とされているのは土地の魔力が発生させている幻覚の"神秘"によるものだからだ。
つまり――
「きゃっ!」
竜族であるリュミエを狩れる魔物などいるはずがない。
二匹の
リュミエは今人型であるため竜族本来の力は全く出せていないが……全身に魔力を張り巡らせればその体は竜状態における鱗を纏っているのと同じ魔術防御力を誇る。低級の魔物がいくら魔力を込めた所で竜の鱗を貫けるはずもない。
リュミエはそのまま噛みついてきた
「グラァアアアア!!」
「……っ」
森魔狼の唸り声にリュミエは一瞬怯む。
敵意や殺意は普段生活しているだけでは向けられる事が無くまず慣れない。実戦の経験とは技術だけでなく精神的なものも大きいのだ。
リュミエはこうした実戦は初めて……竜族であってもこうして怯んでしまうのだからままならない。
「躊躇うな。分かり合える相手じゃないぞ」
「う、うん!」
そんなリュミエをセーマは後押しする。
今日に至るまで二人は話し合い、実戦が初めてというリュミエが魔物との戦闘をこなし、そのリュミエを戦い慣れしているセーマがサポートするという形を基本にする事に決めていた。
まるでセーマがリュミエの背後に隠れるような構図ではあるが、リュミエに実戦を経験して貰って自信をつける目的とどんな課題であれ他チームの妨害を想定してセーマが対人戦に備える二つの理由でこの形が最良と判断していた。
「うう……!」
向かってくる
心臓の魔力核が鼓動し、術式となるイメージが魔術の形を作り上げた。
「『
リュミエの口から火炎が放たれ、
『
一匹はセーマに地面に叩きつけられたまま動かず、もう一匹が火に包まれたのを見て……最後の一匹は全速力で逃げ出していった。
こうして、リュミエの初実戦は無事に終わりを告げたのだった。
「あ! わ! 火事……!」
「大丈夫だ。湿気塗れで風もない。術式を解けば延焼しないよ」
「本当だ……ちゃんと消えてる……」
「とりあえず課題用に"魔物と戦った証"とやらをとるか……耳とか牙でいいだろう」
「うん……」
「どうする? 俺がやってもいいぞ」
焼け焦げた森魔狼の死体を前に躊躇っているリュミエにセーマがそう声を掛けると、リュミエは勢いよく首を横に振る。
「ううん、自分でやるよ……やります!」
「ああ、そのほうがいい」
震えながらも自分でやると宣言したリュミエに感心しつつ、セーマはナイフを取り出すと倒れている森魔狼にとどめを刺し、そのまま手早く耳と牙を回収した。
(セーマくん手慣れてる……。さっきも飛び掛かってきた狼の口の中を逆に攻撃したり……戦い慣れてるって言ってたし、前から魔物と戦ってたのかな……?)
リュミエは見様見真似で
「魔術のほうは使えるんだな」
「え?」
「『
先程リュミエが使った攻撃魔術は竜の『
「うん……自分の『
「……そうか。普通に攻撃魔術としても強いから心強いよ」
「ふふ、褒められたの初めて……ありがとうセーマくん」
どこかくすぐったいお礼にセーマは頬を掻く。
大した事を言ったつもりはなかったのだが、リュミエは少し表情が明るくなった。
「少し離れて休もう。休みながら血の匂いに寄ってきた魔物を狩れば課題の成績にもなるだろうけど……」
「う……ん……」
今になって魔物に襲われた恐怖が全身を支配したのかリュミエは震えていた。
竜族が強いなど関係無い。人間社会では向けられない純粋な敵意、そしてその敵意ごと相手を奪った体験が重さとなってリュミエを襲う。
そんなリュミエの手をセーマはぎゅっと握った。
「せ、セーマくん……?」
「よく頑張ったなリュミエ」
「……」
「よく頑張ったよ。初めてでこれなら上出来だ」
セーマはそのままリュミエの手を引いてその場を離れる。
少し歩いた場所にひらけた場所を見つけ、先程の二人がまた待っていないかを慎重に確認してその場に座った。
「大丈夫か?」
セーマはすぐに持参した水筒をリュミエに渡す。
リュミエは何とかそれを口に運んで、にこっと力無く笑った。
「ありがとう……セーマくん」
「最初にしては上出来だ。すぐに慣れる」
「うん……」
リュミエの様子を見てセーマはしばらく移動はやめようと決めて周囲を警戒する。
そんなセーマを見てリュミエはぎゅっと唇を結んだかと思うと、大きく深呼吸をしてセーマに渡して貰った水筒をセーマに返した。
「もう大丈夫だよセーマくん、ありがとう」
「いや、戻るにしろこのまま狩るにしろ休憩は必要だ。しっかり休もう」
「うん、だからセーマくんもお水飲まないと……休むんだよね?」
「ああ、確かに。俺も休まないとな」
セーマはリュミエから水筒を受け取るとそのままのどを潤す。
「あ……」
「ん?」
つい自分が口をつけた水筒をそのまま返してしまった事に気付いたリュミエの顔が赤く染まっていく。先程までの青白さが嘘のようだ。
「どうした? 何か見つけたか?」
「なんでもない……よ……?」
「……? そ、そうか?」
そのまま水を飲むセーマにリュミエは勝手にあわあわと慌ただしい。一方、セーマはそんな事を気にする素振りは全くなく、それがリュミエにとって余計に恥ずかしかったのか顔を伏せてしまった。
「ん、顔色も戻ってきたな?」
「ソ、ソウダネ……」
「じゃあ少し休んでてくれ」
「え?」
リュミエが顔を上げると、セーマは先程リュミエに向けていた柔らかい表情とは正反対の険しい表情を浮かべている。
気付けばがさがさ、と辺りから茂みをかき分ける音や小枝を踏む音がどんどんと近付いていた。
「魔物……じゃない……?」
薄っすらと薄暗い森の中に自分達と同じ制服が見えるのにリュミエは気付く。
この森には百人近くの生徒が入っているため遭遇するのは別におかしい事ではないが……音が一直線でこちらに向かってきているのは奇妙だった。
「生徒が相手なら俺の出番だな……さっきの二人みたいに上級魔術ぶっ放すような奴じゃなきゃだけど」
「わ、私も――!」
「魔物相手にも一瞬躊躇ってたのに同じ生徒を攻撃できるわけないだろうが。戦闘経験したての赤ちゃんは休んでていい」
「赤ちゃん!? うう……カメレオン扱いしたりセーマくんはレディの扱いがちょっとひどいよ……」
「はは、周りにレディがいなかったからな」
リュミエの文句を受け付けず、セーマは敵の的になるかのように堂々と歩き出す。
周囲から近付いてきたのは男女合わせて七人……先程出会ったフローレンスとリオンとは明確に違う雰囲気。
よく知る雰囲気を感じ取ったからかセーマは不敵に笑う。
「奇遇だな同級生。友達にでもなりにきたか?」
軽口を叩きながらセーマは魔力を湧き上がらせる。
リュミエのような初々しい反応はセーマには期待できない。
あとがき
本作における魔力による現象のおさらい。
『魔術』人間の生んだ技術。詠唱不要・名称必須。
『神秘』生き物や土地が魔力によって引き起こす現象。詠唱不要・名称不要。
【魔法】法則が無く特定の使い手でしか再現できない超常。詠唱必須・名称必須。
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