10.向けられる視線

「関係無いのか……?」

「どうしたのセーマくん?」

「いや、なんでもない」


 メルズ森林区域での実習が終わって数日後、一年生のクラス分けが発表された。

 評価基準は課題の成果と帰還時間、そして班員の消耗度。

 課題の"魔物と戦った証を持ってこい"というものだが……成果ばかり求めて危険な森にタイムリミット直前まで滞在して班員を危険に晒すなど論外だ。これは絶対にクリアしなければいけない国命などではない。

 今回の実習で見られるのは魔術や戦闘の才だけでなく総合的な判断力だ。


 セーマとリュミエは最終的に二人で六匹分の証を持ち返し、帰った時間も日が沈む比較的安全な時間帯、そしてまだ魔力と体力に余裕がある内に帰ってきた事で無事に上位クラスに割り当てられた。

 ……だというのに、セーマの表情はどこか浮かない。


(メルズ森林区域の実習での今年の死傷者は無し……行方不明者も無し……。出たのは怪我人だけってのは喜ばしい事だが俺としては難しくなっちゃったな……)


 そう……生徒失踪が起こるとすればこのタイミングだと思っていたのだが、どうやら今年は問題無かったようだった。

 毎年一人や二人は死傷者が出るのだが、今年の生徒は優秀な者が多かったという説明もあって生徒達にもある程度の自信がついたに違いない。

 生徒失踪はやはり事故だったのではないか。疑っていたセーマもこの結果にはそう思わざるを得なかった。


「セーマくん全然嬉しそうじゃないね……?」

「そういうわけじゃないんだけどなぁ……」


 難しい表情をすセーマを隣に座るリュミエが心配そうに覗き込む。

 同じクラスになったのが嬉しいのか妙に距離が近い。


「私と一緒にいると周りの声……気になる?」

「いやそれは全く」


 リュミエは小声で耳打ちすると、セーマは否定を込めて手を横に振る。

 何故落ちこぼれの竜族が上位クラスに入れたのか。何か間違いがあったんじゃないかと他のクラスではそんな噂が上がっている。

 セーマも一緒の班だったため寮や廊下でわかりやすく聞こえるように嫌味を言われたが、そんなものはどうでもよかった。


「セーマくんのおかげで上位クラスに入れたから……全然間違いでもないんだけど……」

「関係無い無い。ちゃんと役割分担こなして実習で結果出したんだから……それとも教師批判か?」

「ち、違うよ!」

「ならいいだろ。別に"神秘"を使えないからって全部が無能ってわけじゃない。他に能力があるならそれが評価対象なんだろ」

「そういうものなのかな……」

「何だ? じゃあ"神秘"が無い人間は種族まとめて落ちこぼれか? リュミエ……あんたひどいな……」

「言ってない! 言ってません!」

「そうだろ。くだらない事気にするなよ」

「もうセーマくんってば……」


 仕方ない人なんだから、と呆れながらもリュミエは内心の喜びを隠せない。

 落ちこぼれと言われ続けたリュミエにとっては思ってもみなかった好スタートに加えて、友人からの不器用な慰めでつい顔を綻ばせてしまう。


「……あの二人も上位クラスか」

「フローレンスさんとリオンさん?」

「ああ……まぁ、当たり前か」


 セーマの視線の先には森で出会った二人。

 談笑している……というよりもフローレンスがリオンに一方的に話しているように見える。後ろから見ている限り、リオンのほうも相槌を打ったりしているので一応会話にはなっているようだ。いやむしろ二人にとってはあんな会話が当たり前なのかもしれない。


「あんまり関わりたくないな……」

「なんでですか……仲良くできるならしたほうが……」


 二人がそんな事を話しているとフローレンスが視線に気付いたのか手を振ってくる。

 おずおずとリュミエが手を振り返すと、フローレンスは満足そうに微笑んでリオンにまた話しかけ始めた。


「ほら、仲良くしてくれるよ?」

「そりゃリュミエとは仲良くしたいかもしれないけどなあ」


 セーマは絡まれないようにと祈りながら他の生徒を見渡す。

 リュミエに誘われる前はグループで集まって会話しているのを見ると焦りで心穏やかではいられなかったが、今では冷静に見る事ができる。

 すると、一人の女子生徒がこちらを見ている事に気付いた。


(あれは……アニーだったか?)


 実習の前に中庭で話しかけてきたアニーはセーマが気付いたのを見てさっと目を逸らした。

 話しかけられた時といい、何かあるのだろうかとセーマが首を傾げていると時間の鐘と同時に教師のレイリーナ教室に入ってくる。


「上位クラス担当のレイリーナだ。実習で優秀な成績を収めた諸君……まずはおめでとう」


 レイリーナは教壇まで歩いていくと生徒が座るのを待つ間もなく口を開く。

 レイリーナが入ってきただけで緊張感ある雰囲気に変わったのもあって、そのまま騒がしくするような命知らずはいなかった。


「だが今回で上位クラスになったからと安心するのは早い。高等部は定期的に今回のような実習があり、成績によってその都度クラスは入れ替わる。ずっと上位でいられるものは少ない。なにせ下のクラスは上位クラスとの入れ替わりを狙って色々と仕掛けてくるからな」


 初実習後の一年生のクラスは三つ。総合的に優秀とされる上位クラス、実戦の経験に乏しいため能力が発揮できなかったと判断された中位クラス、そして残りの下位クラス……今上位クラスにいる者も次の実習の結果次第では下位クラスに落とされてもおかしくない。

 自信を持つのは結構。だが油断するようならそれまで。

 シェオル王立魔法学院は中等部までは貴族ばかりなので大人しい教育が続くが、高等部からは外部からの人間も積極的に採用するのもあって徹底的に実力で判断されるのだ。


「実習では色々な環境や課題の変更もある。相性の良さから一度は上位クラスに上がれる者もいるが……定着できなければ意味はない。努々ゆめゆめ忘れるな」


 教室全体が引き締まるような忠告の後は授業についてや必要事項を伝えて終わりとなった。

 実技の授業などがクラスで別れたりとここから本格的な授業が始まる。

 実習帰りなのもあって今日は午前中で授業も終わりらしい。クラスが決まった事によって教師側も色々と忙しいのかもしれない。


「セーマくんは午後どうするの?」

「昼を食べて寮に帰るよ。その後は……町に出て買い物でもしようか」

「ついて行ってもいい?」

「いいけど、つまらなくても文句言わないでくれよ? 本当に必要なものを買いに行くだけだから」

「うん、よかったら知ってる所案内しようか?」

「リュミエの知ってる所って貴族用だろ……俺みたいな平民じゃ何も買えんよ」


 リュミエと午後の予定を話しながら立ち上がると、二人の近くに先程セーマのほうを見ていた女子生徒……アニーが駆け寄ってくる。


「ん? 確かアニーだよな、どうした?」

「やっぱり……」


 アニーとは中庭で実習の班に誘われた時以来話していない。

 実習の時も遭遇していないはずだが、アニーは何かの確信を持っているようだった。


「セーマってやっぱり……あのセーマだ……!」

「あのって……?」

「わからない……? 覚えてないの……?」


 最初に話しかけられた時の続きなのだろうか。だが何を言われてもセーマの中にアニーと出会った記憶はない。

 アニーの尋常じゃない雰囲気にいつの間にか教室中の視線がセーマとアニーに集まっていた。


「嘘でしょ……? 隣に住んでた友達なんてもう忘れた……?」

「隣……?」

「あなた……あの日、領主様に連れていかれたセーマでしょう?」

「……まさか」


 擦り切れて思い出せなくなっていた過去が記憶となって一瞬再生される。

 ガンガンと殴られるような頭痛と共に目の前のアニーと村に住んでいた頃の幼馴染が重なった。

 自分が連れていかれる際、恐怖を浮かべてきたあの幼馴染の姿が。


「あの後、監獄に連れていかれたって聞いたけど……何でここに、いるの……?」

「!!」


 アニーの言葉に教室中の視線がセーマに集まる。

 落ちこぼれだと噂されてリュミエに向けられていた奇異の視線さえも……まるで標的が変わったように。





あとがき

読んで頂きありがとうございます。

ここで一区切りとなるので夜の更新は本筋ではなく閑話になります。

続きが気になったら☆やコメントなどで応援して貰えると嬉しいです。

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