19.見るべきもの

「あ、来たわ」

「……」


 セーマが中庭に行くとレイリーナに言われた通り、フローレンスとリオンと一緒にいるリュミエが座っていた。

 風で葉が擦れる音、花々の揺らぎ、そして噴水の音が妙に大きく耳に入ってくる。それは集中からか。

 セーマはベンチに座って嬉しそうに手を振ってくるリュミエの前まで歩いていくと、目線を合わせるように屈む。


「リュミエ、メルズ森林区域での事を覚えているか?」

「え? う、うん……」

「急にどうしたのあなた」

「まだ僕達の事を怒っているのかもよ」

「違う。二人に会った後のことだ」


 言われてリュミエはフローレンスとリオンと会った後の事を思い出す。

 森魔狼ランドウルフを倒して、横取り狙いの生徒をセーマが返り討ちにしてから課題のために数をこなして森を出た。忘れるはずもない。


「クルシュの班を含めて倒した七人のうち、三人が俺達が倒した森魔狼ランドウルフの死骸を持っていったのを覚えてるか?」

「う、うん、覚えてるよ?」

「そうか……やっぱり俺だけ幻覚を見てた説は無いか……」

「セーマくんどんな説立ててるの!?」


 冗談のような事を言っているが、セーマ本人は至って真面目な表情で疑っていたようだった。何が引っ掛かっているのかはわからないが、うーんと唸っている。


「俺だけ魔花まかの幻覚にやられてたってほうが話は簡単だったんだけどな……」

「何その極端な考え方……馬鹿?」

「ある意味そうなんじゃない?」

「うるさいないかれ組」


 茶々を入れてくるフローレンスとリオンは言われた通り一瞬だけ口をつぐむ。

 考え方は極端だが、セーマが何かに本気で悩んでいるのは三人にも伝わってきた。


「あ、でも……そういえば実習が終わってからあの人達一回も見かけた事無いかな」

「……何? 本当か?」

「うん、セーマくんが蹴り飛ばしたジャンくんとかクルシュさんとかはたまに廊下で見かけるけど……私達が倒した魔物を持っていっちゃった三人は見かけないや。やっぱり他人が倒した魔物を持っていくと失格で退学とかになっちゃうのかな?」

「……リュミエもジャンって人を覚えてるのか」

「……? うん、だってセーマくんが戦ってたでしょ?」

「そ、そうだな……」


 改めて自分の対人関係に対する意識の低さを実感するセーマ。

 あの時に会った生徒で覚えていたのは直接話したクルシュだけであり……他の蹴り倒した生徒の名前どころか顔など全く覚えていない。

 こういう所か、とセーマは少し反省する。コミュニケーションとは人に興味を持つ事から。まずはこの学院生活で直接話さずとも同級生の顔くらいは覚えるようにしようと決意する。


「そんな事聞いて何? 何か調べる事があるなら手伝ってあげてもいいわよ?」

「フローは凄いから大体の事がわかると思うよ」


 フローレンスとリオンが協力を申し出てくれるが、セーマは首を横に振る。


「いや、そもそも何を調べればいいのかわかってない状態なんだ……」

「セーマくん、何か困ってるの……?」

「ああ、困ってる。意味が分からなくて困ってる」

「それなら……」

「それなら? なんだ?」

「……ううん、なんでもない」


 リュミエは何かを言い掛けて言葉を飲み込む。

 忙しいなら待っててくれなくても大丈夫だよ、と言い掛けた。けれど言えずに飲み込んだ。

 困らせたくない。迷惑をかけたくない。

 でも、これくらいは甘えたい。

 そんな思いが複雑に混じり合って、心の中でぐるぐると渦巻いて、リュミエは膝の上で手をぎゅっと握る。

 眉に皺を寄せて悩むセーマは今までとは打って変わって忙しそうに見えた。


「もしかして二人失踪した事について考えているのかしら?」

「え? あー……」


 一瞬、言うべきかどうか迷って言葉を選ぶ。

 しかし、その間そのものが答えだった。


「絶対誤魔化そうとしてるじゃない」

「いや、まぁ、そうだな。アニーが消えたからそりゃ少しは気になる。それだけじゃないけどな」

「はぁ……? あんたの噂の発端になった女よ?」

「そこはどうでもいい。逃げ出したなら逃げ出したってわかればそれでいいしな。それがアニーの選んだ事なら引き留めたりはしない」

「ふーん、変わってるわね」

「変わってるか?」

「だって、納得したいって事でしょう? 本人にとって意味がある事なんだって」


 ――そういうわけじゃない。そう言おうとしたはずなのに言葉が出てこなかった。

 何故頭を悩ませているのか。師匠から言い渡された仕事だから、という理由で自分は動いているはずだ。

 だが、それとは別のセーマ個人の動機を言い当てられたかのようにセーマは一瞬固まる。


「セーマくんが一緒になって悩んでくれるのはそういうこだわりみたいなのがあるのかもね」

「セーマにとっては大事な事なんでしょう」

「自分でも気付かずに動いてる辺りがまたね」

「そう、なのかな」


 三人に自分を見透かされているようでほんの少しむず痒かった。

 人間関係を築いていく中で自分が誰かに知られていく感覚。

 セーマは友人の存在を改めて実感する。特別だなんて大袈裟な事ではないけれど、今ここにある関係にはしっかり友人という呼び方が相応しいんだなと思う。

 そんな事を思えたおかげか、眉間に寄っていた皺は無くなって肩の力が少し抜ける。


「はは……わかりやすいなおい」


 何も解決はしていないが、ほんの少しだけ冷静になれた気がした。


「セーマが何を悩んでいるのか僕達にはわからないが……もし行き詰っているなら何か考えるべき事が足りないのかもしれないな。前提となるものがそもそも足りていない」

「前提?」


 リオンは頷いて続ける。


「考えるべき情報が欠けているって言うのかな。二点じゃ繋がらない事も三点目が浮かび上がったら形になったりする。

たとえばフローの呪いだって、フローと森人族エルフの関係なんて直接の繋がりは全くないからその二点だけで考えると意味が分からないけれど……三点目として半森人ハーフエルフの僕が登場すると出来事としての形が想像しやすくなるだろう?

そんな単純な事じゃないのかもしれないけれど、そうやって別の事も一緒になって考えるとまた別の形が見えたりする」

「別の事も一緒に……」


 セーマはふとフローレンスを見る。


「え、な、なによ……?」


 次にリュミエのほうを。


「せ、セーマくん……?」


 セーマに見つめられて視線を逸らすリュミエ。

 リュミエを見つめながら何かが頭の中で書き換わる。

 学院に入ってから今日まで過ごした学院生活がセーマの頭の中で急速に思い出されていく。

 そう……過去と・・・今は・・地続き・・・なのだとセーマ自身の噂が広がった時に思い知った。そしてそれは自分だけではなく他人も例外ではない。

 セーマ一人では決して辿り着けず、セーマだからこそ浮かび上がった推測が感情と体を動かす。


「……悪い、たった今用事が出来た」

「え?」

「ちょ、ちょっと!?」


 セーマは三人の反応を気にする事無く早足で歩いていく。

 気のせいか、その顔には怒りがあったような気がして誰も強く引き留める事は出来なかった。

 そんな後ろ姿をフローレンスとリオンは怪訝な表情で見送る。


「……やっぱり、何かを調べているのね」

「ただの生徒にしては過敏だよね」

「え? どういう事……?」


 リュミエが問うと、フローレンスは頷く。


「リュミエには言ってもいいと思うから言うけど……噂が流れてた時にセーマの事を調べさせたら…、監獄から救出されて以降の痕跡が辿れなかったのよ。

最初は平民だから当然かって思ったんだけど……救助されてから保護された場所とか故郷に送られたとかそういう記録が残っていそうなものじゃない? だから魔術師になる以外の目的があって生徒になったのかもってリオンと少し話したのよね」

「目的……?」

「それこそ、生徒失踪について調べに来たどこかの魔術師見習いとかかもしれない……。監獄から救助されてからそういう機関に引き取られたのかも。妙に戦い慣れしていたのもそれなら納得がいくから」


 リオンの言葉にリュミエはメルズ森林区域でのセーマの姿を思い出す。

 咄嗟に自分を庇ってくれた反応、淡々と向かってきた相手を倒す冷静さ、魔物の一部を切り取る時にも見せた手慣れた手つき。

 確かに、魔術師見習いとしてすでに戦闘訓練をしていたのなら納得がいく。


「まぁ、だからって何が変わるってわけでもないけどね」

「そうだね……。彼が何を目的にしているのであれ最初に会った時と印象は変わらない」

「印象……?」


 フローレンスとリオンは顔を見合わせる。


「「お人好し」」


 声を揃えてフローレンスとリオンは言う。

 リュミエはそれを聞いてこくこくと何度も頷いた。











 もう日没も間近となった時間……学舎から少し離れた図書館の扉が勢いよく開く。

 カウンターにいた司書担当の女子生徒はその勢いに驚きながら、その男子生徒がずかずかと入っていくのを見送るしかない。

 もうすぐ図書館を閉めようという時間、女子生徒は面倒臭そうにカウンターの中で座り直す。


「一年生……? 変な髪……」


 シェオル王立魔法学院にある図書館はそれなりに大きい。

 目的もなく本を選ぼうと思えば無限に時間がかかる蔵書数を誇り、二階部分にあたる高さまで本棚で埋まっている。その男子生徒はすでに目的の本があるのかジャンル別に分かれた本棚を見て目的の本棚をすぐに見つける。

 本棚から一冊。また一冊選んですぐにカウンターへと。その動きに迷いはない。


「こんにちは、お願いします」

「はい、お名前を言ってからその魔道具に触れてください」


 カウンターには水晶玉のような魔道具が設置されている。


「セーマ」


 一度この図書館は利用済みなため、セーマは迷わずその水晶玉のような魔道具に触れた。

 この魔道具は本の貸し借りを記録するための魔道具であり、契約型の術式が刻まれている。


「はい、セーマくんね。借りる本を頂戴」

「お願いします」


 司書の女子生徒はセーマから本を受け取って確認する。


「はい、確認しました。『竜族の生態と神秘』と『竜族との友好の歴史』ね」

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