18.浮き出てくる謎

「レイリーナ先生……どうも」

「む? セーマか。まさか私のほうが先に会うとはな」


 話を聞き終わって食堂から出てきたセーマとカウンセリングから帰ってきたレイリーナは廊下で偶然出会う。

 レイリーナの口ぶりから、セーマも先程までリュミエの今日のカウンセリング相手がレイリーナだった事はすぐにわかった。


「リュミエはどうですか?」

「『竜の息吹ブレス』が使えないというのは竜族にとっては問題だからな……私達人間には原因もよくわからないから根気よくやるしかない。やはり心配か?」

「まぁ、友達なんで……」

「本人に言ってやるといい。友人に心配されているとわかれば精神的にもいいだろう」


 授業以外では基本会う事のないレイリーナとの偶然の邂逅。

 この機に学院側が今どういう方針なのかを探れないかとセーマは話を振ってみる。


「それに生徒が失踪したのもあって、何か不安に駆られてないかと……自分でも少し気にしているくらいですから」

「君が? ああ、そうか……失踪したアニーのほうは君の噂の発端でもあったな……」

「自分は覚えていなかったんですが、子供の頃に同じ村にいたみたいで」

「らしいな。確かに関係ある者が失踪したとあれば気になるか」


 レイリーナはどこまで話したものかと考えているようだった。

 情報が伏せられるのは承知の上。それでも何かが得られるのなら上々だ。

 もしレイリーナが生徒失踪に関わっているのなら危険だが、それはそれで犯人がわかるので手っ取り早いとセーマは表情を変えずにレイリーナを待つ。


「そうだな、少しくらいは話してやろう。君は恐らく学院側があまり動きを見せない事に不安を持っているようだが……まずこの学院では生徒が実習中に事故で亡くなったり、周りとの実力差に打ちひしがれて失踪するのが珍しくない。毎年の事だから必要以上に騒ぐようなことはないのだ。

実習での事故は実力不足から来るもので生徒達からも同意を得ていること。そしてそれ以上にこの環境から逃げ出したいと思うような者を追うような学院でもない」


 その点は学院全体の空気からセーマもなんとなくわかっていた。

 中等部までは生徒がまだ幼さを残しているのもあって魔術師としての知識を蓄えるだけの安全安心な学校らしいが、高等部からは魔術師としての実践を重視するスタンス。

 自然と授業も厳しくなるし、実習では実際の魔物との戦闘も行うため事故も起きる。学院側は勿論生徒側もそれを理解して臨まなければいけない。

 そんな厳しさもあって実力は浮き彫りになる……周りの実力を見て逃げる生徒をわざわざ追うような事もしないというわけだ。


「しかし、何もしないわけではない。最低限の調査はするのだが……失踪した二人、アニーとドシュレが前日に同じ教室に入っていったのを見た者がいてな。この事から二人で共謀しての失踪だろうと結論付けられた」


 ドシュレというのは失踪したもう一人の生徒だ。

 クルシュの話によれば貴族の男爵家……平民ならともかく貴族がいなくなれば騒ぎになるのではないか。セーマは浮かび上がった疑問をそのままぶつけてみる。


「アニーはともかくそのドシュレ? という生徒は貴族様だと聞きましたが……家が騒いだりはしないんですか?」

「ふふ、セーマは貴族という生き物をわかっていないな。噂の時に話した際も似たような事を言ったが、貴族というのは体裁や地位というのを死ぬ気で守る者が多い。ドシュレの家……カスラタ家がこの件で抗議でもすれば学院から逃げ出すような息子がいる事を喧伝けんでんするようなもの。家の恥と思う者が多数派だ。まず無いだろうな」

「息子がいなくなっても……ですか?」

「むしろ、元からいなかった事にする家だってある。この感覚は平民には少しわからないだろうな。ああ、馬鹿にしているわけじゃない。生き方の違いなんだ」


 レイリーナの言う通り、セーマにはピンと来ない考え方だった。

 息子が生きていてくれるよりも家の名誉のほうが大切。

 ……そうであってほしくないと無意識に願ってしまう。

 家族を大切に、なんて高尚な事を語るつもりはない。ただ誰にでも生きていてほしいと願う人がいてほしいと思っただけだ。

 自分自身がかつて、そう願われて今を生きているから。


「レイリーナ先生もですか?」


 つい聞いてしまう。

 話の流れからすればレイリーナを非難していると捉えられてもおかしくない問いだが、レイリーナは変わらぬ顔で答えた。


「私も貴族だから気持ちはわからなくはない。家の名誉はそのまま財に繋がるからな。大切にするのはわかるが……それだけだと思えるほど割り切れてもいない。

家の名誉や誇りだけを見て他者を貶める連中を嫌というほど見てきたからな、実はというと宮廷魔術師を辞めてこの仕事を選んだのもそういったいさかいに疲れたからだ。逃げたと指差される事もあるがな」

「リュミエのカウンセリングをしているのもそれが理由で?」


 ようやく少し驚いたようにレイリーナの表情が変わる。


「言われるとそうかもしれないな。今でこそ面と向かってなどという事は無くなったが……私が来た頃はリュミエに対する他の生徒達の態度は本当にひどいものだった」

「そういえば……本人に落ちこぼれって言われてるって聞きましたけど、実際言われている所は見た事ないですね」

「私が学院に来たのは二年半前くらいだが、二年前までは周りに言われ続けていたよ。仮にも公爵家の令嬢であるリュミエに向かってだ。私も初めて聞いた時は唖然としたよ。まるでもうそれが当たり前のような空気が生徒の間で流れていて驚いた。

まぁ、私が来てからは私の顔が恐かったのかある程度は収まったがな。ははは」


 本人を前にして笑いにくい冗談……半分冗談でもないかもしれないがレイリーナなりの笑いどころなのだろう。

 だがそれよりもセーマが気になったのは違う部分だった。


「二年前……?」

「ん? ああ、私がリュミエにカウンセリングに参加したのが丁度そのくらいだ」


 セーマの頭の中で何かが引っ掛かる。

 決定的と言えず、それでも何か見落としてはいけないもののような。

 しかしその頭の中で引っ掛かっている何かを思考として落ちてきてはくれなかった。

 何かを考え込むセーマを見てリュミエの境遇について心配していると思われたのか、レイリーナはセーマの肩を優しく叩く。


「今は君という味方もいるから大丈夫だろう。これからの実習も君が一緒になるのだろう? 実習で手助けしてやれとは言いにくいが、友人として精神的な支えになってやれ」

「……はい」

「少なくとも、中等部の頃リュミエには君みたいな友人はいなかった。それだけで今のあの子は救われているはずだ。あの子が実習なんて出来るのかと少し不安だったが……君と一緒に難なくこなしてきたのを見て少し嬉しかったよ。教師として甘い評価をするつもりはないがな」


 そう言って立ち去ろうとするレイリーナ。

 実習の事を言われて、セーマは聞きたかった事をもう一つ思い出す。


「そうだ、実習といえば……あの実習って他人が狩った魔物を持って行っても評価されるんですか?」

「いや? ちゃんと魔物の一部からどうやって倒されたか読み取る魔術があるんだ。記憶の一部を読み取る儀式型の魔術の簡易版で……何故そんな事が気になる? まさかやろうとしたんじゃあるまいな?」


 丁寧に教えてくれる教師の顔が一変、レイリーナは鋭い目付きでセーマを睨む。


「いえ、俺とリュミエが倒した魔物を持っていった三人組の班がいたみたいなんで……どうなったのかなと。俺が殴り倒したのとリュミエが黒焦げにした二体の森魔狼ランドウルフを目の前で持っていったので」

「いや、そんなもの持ってきた生徒はいなかったぞ?」

「……え?」

「それに実習後に君達が倒した魔物の魔力核を回収するために私も森に入ったが……ああ、悪く思わないでくれよ。魔力核は魔道具の動力や魔術の補助をする魔力源にもなるから実習ついでに回収して資金を浮かせているんだ。

……うん、やはり今思い出してもそんなものを持って報告に来た班も無かったし森でそんな死骸も見つけていなかったはずだ」

「そう、ですか……ありがとうございます」

「ああ、リュミエなら中庭に向かったぞ。早く行ってやれ」


 そう言い残して今度こそレイリーナは廊下の向こうへと去っていった。

 廊下にぽつんと残されたセーマは頭を抱える。


「ちょっと待て……? 何でここに来てややこしくなる……!?」


 突如判明する森で遭遇した同級生達の奇妙な行動。

 魔物の死骸を持っていったのと何か関係があるのか? それともあの三人が生徒ではなく人攫い?

 生徒失踪を調査するはずが、繋がりがあるのかどうかもわからない問題の出現にセーマは混乱する。

 もっとも、その生徒失踪の調査すら師匠がセーマを入学させるための方便なので彼が調査する必要もないのだが……そんな事を知る由もないセーマはしっかりと頭を悩ませるのだった。





あとがき

お読み頂きありがとうございます。

後数話で一章として一区切りになります。

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