25.同級生

「失礼します」

「来たかセーマ」


 メルズ森林区域での戦闘から一週間後、セーマはレイリーナに呼び出された。

 失踪した二人が学院内で見つかって――セーマが見つけやすい場所に寝かせたのだが――二人の話からガイゼルの仕業だと断定したレイリーナはすぐに調査に踏み切った。


 実はレイリーナも生徒失踪については違和感を持っており、権限が無いなりに独自に調査をしていたがついにガイゼルまで辿り着く事はできなかった。

 今回二人から得た証言から大々的な調査に乗り出し、ついにメルズ森林区域で黒幕ガイゼル・セントバーグ……その遺体が食い荒らされた現場へと辿り着いたのである。


「座れ……何の話かはわかるな?」


 セーマが呼び出されたのは相談室。何の変哲もない部屋だが、壁に生えていたはずの木は消えていた。

 レイリーナは入ってきたセーマにソファに座るよう促しながらも、その目は疑いを露わにする。


「いえ、わかりません」

「ガイゼルの遺体の一部から読み取った記憶から、貴様があの場にいる事はわかっている。リュミエもな」


 教師としての生徒への優しさと厳しさを持ち合わせる優しい声色ではなかった。

 まるで罪人に自白を促すような低い声。


「だが問題は……」


 レイリーナは言葉を選ぶように押し黙る。

 リュミエがあそこにいた理由は被害者としてだ。すでにガイゼルの研究室から他の生き物の魔力核を利用した竜の心臓の交換実験の資料は押収済み。

 だがセーマは違う。普通に考えれば友人であるリュミエを助けに行ったのだろうが……レイリーナが読み取った記録はあまりにおかしかった。


「貴様がいた記憶は読み取れても、貴様が何をしたかが全くわからない……私以外の魔術師にはお前の姿が見えてすらいなかった。ガイゼルが違法実験を行おうとしたところ魔力が暴走し、弱った所を魔物に襲われたという結論に至った。

だから今回呼び出したのは私の独断だ……率直に聞こう。あそこで何をした?」

「……リュミエを助けに行ったんですよ。隙をついて拘束を解いて逃げてきたんです」

「ガイゼルには何もしていないと?」

「自分がどうにかできるわけないでしょう?」


 淡々と、何も言う気が無いと暗に言っているようだった。

 当然レイリーナとしては納得できるはずもないが、自分の魔術を使ってもセーマが何をしたのかは見えなかった。

 であれば、このまま追及できるわけもない。この場に呼び出したのすら自分の独断なのだから。


「……ガイゼル・セントバーグは違法実験をしていたという事実からその名は魔術師ではなく犯罪者として残るだろう。そして低級の魔物達に食われた事から今までの功績も疑問視され再考証がされる」

「自分には関係無いです」

「君に知る権利があると思って私が勝手に話しているだけだ。そしてリュミエは――」

「リュミエは大丈夫ですか?」


 初めて身を乗り出してきたセーマにレイリーナは面食らう。

 ようやく、レイリーナの表情が少し柔らかくなった。


「安心しろ。検査の結果、特に何も無い……呪いも無くなっている。これで『竜の息吹ブレス』も使えるようになるだろう。近く学院にも復帰できるはずだ。

それにしても、リュミエを悩ませていたのがまさかガイゼルの仕業だとは流石に気付けなかったな」

「仕方ないと思います。そもそもリュミエができない事を誰かのせいにするタイプでもないので、調べてもいなかったんでしょう」

「ああ……」

「レイリーナ先生のせいではないです。勿論リュミエのせいでもない」


 誰が悪いといえば悪いのはガイゼルのみ。

 自分を落ちこぼれだと責めて悩んでいたリュミエも、寄り添っていただけのレイリーナにも罪はない。


「アニーとドシュレも事情聴取が終わって明日には学院に復帰する。君の手柄だ」

「ついでに助けただけですよ。他の遺体になった人達も運べるものなら運びたかったんですけど……」

「それは無理な話だ。それこそ君のせいではない。むしろ当時失踪扱いになっていた者達の遺品が見つかった事で救われる家族もいるだろう」

「校長が生徒失踪の黒幕だなんて……しばらく学院があれこれ言われそうですね」

「生徒がターゲットじゃないだけましさ。それに責任者が黒幕だからな、私達平の教員もむしろ被害者と言える。その方向で批難を分散させるさ」

「それは逞しいですね」


 セーマに伝えるべき顛末を伝え終わると、レイリーナは握手の意を込めて右手を差し出す。


「ありがとうセーマ」

「友達を助けただけです」

「ああ、そういう事でいい。だがせめて、この敬意を受け取ってくれ」


 セーマが少し考えてその手を握って握手する。

 無言で行われた力強い握手の中には確かに、レイリーナからの敬意が込められていた。


「また明日、レイリーナ先生」

「ああ、遅刻はするなよ」


 最後に生徒と教師に戻って、セーマは相談室を後にする。

 一人残されたレイリーナはセーマが出て行った扉を見つめながら小さく呟く。


「まさか、な」


 頭の中によぎった疑問は口にできないまま。

 ――君は"魔法使い"なのか?

 恐らくは否定が返ってきただろう。それでも、何故かそう問いたくなった事をレイリーナは自分の胸の中にしまい込んだ。












「あなたがやったんじゃないの?」

「買い被り過ぎだ。俺は何もしていない」


 翌日、セーマは中庭のベンチに座らされてフローレンスとリオンに問い詰められていた。

 というよりもフローレンスに、が正しいだろうが。リオンはフローレンスがやり過ぎないよう後ろで立って様子を見ているだけだった。

 リュミエはまだ学院に来れておらず不在の間、セーマはこうしてメルズ森林区域で何があったのかを聞かれ続けている。


「正直に言いなさいよ……このフローレンス・ランスターに隠し事する気?」

「隠してない。誤魔化してる」

「なおむかつくわ!」


 フローレンスは自分の青い髪を揺らしながらもセーマの肩を揺らす。


「ね、いいでしょ? リオンには聞かせないから私だけ。ね?」

「どっちにも聞かせない」

「頑なな……!」

「ほらフロー……しつこくするのはやめなよ……」

「気になるわ……。私の中にある魔術師としての血が……なんてものは多分大して関係無いけど私個人の好奇心が疼いているわ……」

「ただの興味じゃねえかよ……」


 リオンに引き剥がされたフローレンスはぶつぶつと不満そうだが、一先ずセーマへの追及を諦める。

 それでも未練がましくちらちらセーマを見ているが、セーマは意に介さない。


「あら、あの子……」


 遠くからこちらに歩いてくる女子生徒をフローレンスが見つける。

 茶色の髪を揺らしながら、今回セーマが助けた一人であるアニーがこちらへ駆け寄ってくるが……その表情は暗い。


「……席外す?」

「何で?」

「何でって……」


 アニーはベンチから少し離れた所まで歩いてくるとその足を止めてしまう。

 まるでセーマが連れていかれた時の馬車との距離のように遠く、その間には壁のでもあるかのよう。


「あ、あの……」

「調子はどうだ、アニー?」

「え? あ、えっと……うん、お陰様で……」


 もじもじと何かを言いたそうにしているアニー。

 そんなアニーに対して、セーマは平然としている。


「その……さ」

「うん」

「えっと……こんな事、私に言われても……だと思うし、何が起こったのかとかはほとんどわからないし……噂の時に迷惑かけてどの面下げてって思うかもなんだけど……。その……えと……」


 自分にセーマと合わせる顔がない事などわかっている。

 昔の事は話さなくていいと釘も刺された。

 けどそれでも……これだけは言わなくてはとアニーは声を振り絞る。


「あの時はごめん……! 助けてくれて……ありが、とう……!」


 あの時とは噂が流れた時? それとも遠い昔に村にいた時?

 言葉を濁しながらもアニーは自分が伝えるべき言葉をセーマに伝えた。

 恐る恐る顔を上げてセーマの反応を見ると、セーマは風のように柔らかく微笑んでいた。


「気にすんな、同級生だろう俺達は」

「同……級生……」


 それは幼馴染よりは遠いけれど、苦い記憶と共に離れ離れになった時よりは近い関係性。

 あの日、冤罪で連れていかれたセーマを信じなかったアニーは自分でセーマとの関係を一度捨ててしまったと自覚している。

 けれど、もう一度……幼馴染としては無理でも、セーマが同級生として新たに関係を結んでくれた事に満足気に笑う。


「うん、そうだね……今度は私が助けるから!」

「ほどほどにな」


 セーマが手を振るとアニーはにっと笑って、踵を返す。

 かつて幼馴染だった少年と再会し、わだかまりを無くす。

 自分がした事は無くならないとわかってはいるけれど、それでも……彼女にとっては大きな一歩だった。

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