26.エピローグ -特別な心-

「待たせて悪いなリュミエ」

「ううん、今来たばかりだよセーマくん」


 学院も休日の昼頃。学院の門の前で待つリュミエはセーマを見て笑顔を見せる。

 リュミエは検査も終わって来週から学院に復帰するのだが……その間に丁度休日が挟まっており、一足早くにセーマと会う事になっていた。

 ついでに、少し前にすっぽかした待ち合わせの約束も果たすために。今日は二人で町を回る予定だ。


「……何か久しぶりみたい」

「病院で会ったろ」

「うん、そうなんだけど……ね」


 休日だが二人は制服を着ている。

 学院の生徒は基本的に制服のほうが都合がいいのもあるが、今回はリュミエの提案だ。

 それでも久しぶりに制服で顔を合わせると病院に見舞いに行った時とはやはり雰囲気が違っていて、リュミエはとても晴れやかな表情をしている。


「町の案内よりも、今日は町をぶらぶらしようと思うんだけどどうかな?」

「体は大丈夫なのか?」

「もう何ともないよ。それに、竜族は頑丈なんです」


 ぐっと両手に力を入れながら笑顔を見せるリュミエ。

 セーマは釣られて笑って、二人は町へと繰り出した。


 町へ出ると流石は都市ミラルドと言うべきか、休日だけあって混雑している。

 大通りには露店も並んでいて、昼という時間帯なのもあって辿りたくなる匂いがそこら中から漂ってくる。

 セーマはきょろきょろとつい周りを見渡す。

 町に出たのは人攫いを捕まえた時以来……その時は人攫いを調べ、その痕跡を追っていたのもあってこんな風に歩く事は無かった。


「すごい賑やかだね」

「ああ、そうだ……な」


 隣を歩くリュミエから手が伸びてセーマの手を握る。

 セーマが隣を見ると、リュミエは耳を赤くしながらセーマのほうを見ないようにしているようだった。


「ほ、ほら……なんだろ……。えっと、はぐれちゃうと危ないから……」

「ああ、なるほど。確かにこの人混みはな」

「!!」


 しどろもどろなリュミエの言葉に納得できたのかセーマはその手を握り返す。

 リュミエはちらっとセーマの横顔を見るとそれだけでによによとほおが緩んでいて、気を抜くと使えるようになった『竜の息吹ブレス』が出てしまいそうなほどだった。


「……よく頑張ったよ」

「え?」


 そんなリュミエに隣から真面目な声色が届く。

 二人の声は大通りの喧騒に混じっていて、周りの人には届いていない。


「本当によく頑張った。何年も何年も呪いのせいで落ちこぼれ扱いされてたのに……リュミエはずっと学院に来て、俺に話し掛けてもくれた。リュミエは悪くなかったのに」

「セーマくん……」

「よくここまで耐えたな。遅くなって悪い」


 セーマの優しい声にリュミエに涙がこみ上げる。

 けれど、今日は楽しい日にしようと朝から意気込んでいたのでぐっとこらえた。

 伝えたい事もある。ここで泣いてしまったらそれで満足してしまうかもしれない。


「なんでセーマくんが謝るの。セーマくんは私を助けてくれただけ。胸を張って、私の"魔法使い"さん……改めてお礼を言う前に謝るなんてずるいよ」

「え? ず、ずるか?」

「そう、助けた側が謝るなんてずるです。反省してね?」

「はい……」


 リュミエに言われて少し肩を落とすセーマ。

 そんな姿がおかしくてリュミエは笑う。くすくすと笑う度、日差しを浴びた金の髪が揺れていた。


「でも……頑張った、なんて初めて言って貰えたかな。森でも私のこと大袈裟に言ってくれてたよね」

「大袈裟じゃない。リュミエが俺に話し掛けてくれなかったらこんな形にはならなかった。師匠の意図にも……」

「お師匠?」

「あー……まぁ、そういう人がいるんだけど……。何が巡り巡ってどうなるかなんてわからないって事だな」


 メルズ森林区域でガイゼルを倒した後、師匠に報告を入れたセーマは真実を知る事になる。

 生徒失踪の黒幕を討伐したという報告をした際に彼女が言った台詞は、


「え!? 本当にいたの!?」


 という驚愕である。

 どういう事かと問いただしてようやく師匠の意図をセーマは知った。

 理不尽に奪われた数年間を取り戻すような経験をしてほしくて学院に入れたとの事。

 呆れて何も言えなくなったセーマの大きなため息に流石の師匠も謝罪の嵐。

 とはいえ……生徒失踪の調査という名目がなければガイゼルに辿り着くまで調べようとは思わなかっただろう。結果オーライというやつか、セーマは怒るに怒れなかった。


「今回はたまたまうまくいっただけだし、これからどうなるかもわからない。でも動かないと何も変わらないって事だけはわかった……正しいか間違っているかわからなくても走らないといけないんだ」

「走らないと……うん、そうだね」

「そうしたら回り回って一人くらいは俺みたいな人間を減らせるってわかったしな」


 セーマはそう言って隣のリュミエを見る。

 リュミエはこくこくと頷き、握る手がほんの少しだけ強くなった。


「……じゃあ、あの」

「ん?」


 リュミエはもじもじとしながら頬を赤らめていた。

 ちらっとセーマを見て、すぐに視線を逸らす。かと思えば意を決したように拳を作り、気合いを入れたかと思うとセーマの腕を引っ張って人混みをするりとかわす。

 その勢いにセーマの体が少しよろける。


「うお、な、なんだ、どうした?」

「……私、隣で見ていてもいいかな?」

「見ていてって……何を?」

「セーマくんの隣で、セーマくんが走る先を見てみたい……。私を助けた人がどんな風に幸せになるのかを、隣で、ず、ずっと。もし不幸な道に行きかけたら、こんな風に引っ張って……戻してあげたい。私の事をセーマくんが助けてくれたように」


 リュミエは耳まで顔を赤くしながらぐいぐいとセーマを引っ張る。

 よく見れば制服で隠れた背中の下では何かが動いていて、リュミエの感情が高ぶっているのがよくわかる。


「はは、それはいいな。もしやばくなったリュミエに戻してもらうか」

「……いい、の?」

「こっちから頼むよ。俺はあんまり勘が鋭くないっぽいから……余裕で間違った道にいきそうだ」

「ほ、ほんと……?」

「ああ、リュミエも勘は鋭くなさそうだけどな」

「あはは、それは確かに……でも二人で見れば何とかなるよきっと」

「今回みたいにな」


 大通りから抜けて人混みが落ち着くと、リュミエはセーマの腕に抱き着く。


「……セーマくん、本当にありがとう」

「たまたまうまくいっただけだって」

「そんな事無いよ。私はそう思ってる。恐くて心細くて、もう駄目なんだって思った時に現れてくれたセーマくんは……私にとって特別な人だから……」

「――――」


 子供の頃から誰かにとって"特別な人間"になりたかった。

 何故なりたかったかなど覚えていない。

 それでも……なりたかった理由だけは何となくわかる気がする。


「ああ……俺って単純なんだなぁ……」


 驚くほど単純でそして得難い喜びがセーマの胸から湧き上がる。

 リュミエの感謝だけでこんなにも自分が誇らしい。

 感謝のためにやった事ではないけれど、きっと子供の頃の自分はこうして同じように誰かから感謝されたに違いない。

 誰かのために手を伸ばす。その理由は単純でも偽善でもいい。何もできないよりはきっと。


 空は晴天。日差しは良好。活気ある町の中で少年少女は歩幅を合わせて歩く。

 何をするでもなく、ただ二人で町の平穏を眺めながら。

 そんなセーマの視界に入るように、リュミエはセーマの顔を覗き込む。


「これからもよろしくねセーマくん」

「ああ」

「安心してください。竜族と人間の間にも子供は生まれますから」

「……………………ん?」


 今までの会話が言外の告白だと気付くにはセーマはあまりに経験が少なく。

 自分の事には少し気付けても、隣に立つ少女の心を理解するにはまだまだ時間がかかりそうであった。







――――――

あとがき

これにて「仮面の下のステラ」一章完結となります。短い間でしたがいかがだったでしょうか?自分らしさを感じて頂けたら嬉しいです。

もしよろしければこれを機に応援コメント、☆などで応援して頂けると嬉しいです。

これからもこうして投稿し続けようと思っていますので、よろしければフォローなども!

それではお読み頂きありがとうございました。

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仮面の下のステラ らむなべ @ramunabe

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