22.あそこから始まった

「どうやってここに来れた?」

「おいおい、あんたが聞きたいのはそっちじゃないだろ? どうやってここに来れたかなんて一番簡単だ。この二日ずっと門の近くに宿をとって見張ってただけだからな。

あんたが聞きたいのは何故わかった? だろ? ペテン師なら騙せなかった理由を聞いたほうがいいんじゃないか?」


 セーマの口調はまるで挑発。ガイゼルのプライドを逆撫でするように嘲笑う。

 ガイゼルは冷静を装ってはいるが、セーマの態度に業腹なのは額に浮かぶ血管が示していた。


「かっかっか……こんな生意気な小僧だとは思わなかった。では問おう……何故わかった?」

「最初は本当に何もわからなかったよ。生徒失踪についてを調べてたが、犯人がいるとしたら学院にいる人間だろうくらいしかわからなかった。調べていく内に森で死骸を回収していく謎の三人組の事やら一見生徒失踪には関係無い情報まで出てきて本当に頭を抱えたよ」

「そう、今までも調べていた生徒はいたが誰も気付く者はいなかった。密かな自慢だったんじゃがのう……」

「ああ、そうだろうな。生徒失踪だけを追って裏社会のルートを探っても、町に入ってきた犯罪者を探らせても結びつかない。情報網がある貴族様ほど事故と思うしかないだろうよ。俺も色々迷走したよ、町の人攫いを捕まえたいしていた」


 それはそれでいいんだけどな、と付け加えてセーマは続ける。


「そう……生徒失踪の件だけを追っていては辿り着けない。狡猾に慎重に毎年続けられていた生徒失踪はそもそも本当の目的までの過程に過ぎないから。本当の目的は今更言うべくもない」


 そう言ってセーマはリュミエを指差す。

 同時にリュミエはセーマと目が合ったのを感じた。


「リュミエだろ。ガイゼル校長……何年も前からずっと、あんたの狙いはリュミエだった」

「かっかっか……!」


 ガイゼル相手に対峙するその姿は堂々を通り越して不遜にすら届きうる勇ましさ。

 ガイゼルを糾弾しながらも、セーマの視線はリュミエにあった。

 その視線はまるでリュミエの心を繋ぎ止めようとしているかのよう。

 ――心配しなくていい。

 異様な場での恐怖、そして黒幕が恩師だったという絶望で限界に近いリュミエにセーマの姿はそう伝えてくる。


「偉そうに言ってるが違和感を感じたのは偶然だ。俺がリュミエの友達だからってレイリーナ先生からリュミエの話を偶然聞いたんだ……二年前までリュミエは周囲に落ちこぼれって言われ続けていた。それがまるで当たり前かのように。二年前までだぞ?」

「ふむ……? それがどうしたかな?」

「俺の噂の時は上位貴族にあれこれ言われるのを気にしていた割に、リュミエの一件はずっと放置してたんだなあ? 何年も前からいる校長先生?」

「!!」


 それが決定的なわけではなかった。しかし違和感を持つ理由としては十分。

 ガイゼルはリュミエが入学した時にはすでに校長の地位にいた。だとすればあまりにも対応が違い過ぎる。

 セーマの件は実情を調べてフォローを入れ、リュミエの件は放置。

 後から来たレイリーナによってリュミエを馬鹿にしていい空気は変わったというが、レイリーナに出来てガイゼルに出来ない道理はない。


「大方、リュミエを落ちこぼれ扱いしていい空気を作ったのもあんただろ」

「え……?」

「貴族様の事情に疎い俺でも話を聞いてく内に公爵家のお嬢様を馬鹿にするってのがハードル高いのはわかった。学院の長が率先すればそりゃ学院全体にやっていい空気を作れるよな」


 リュミエの表情に影が落ちる。

 長い間、自分を苦しめていた環境がまさか……恩師と慕っていた人物によって誘導されていた?


「かっかっか! そんな事して儂に何の得がある?」

「都合がいいから」

「はて? なんのかな?」

「とぼける振りが下手だな耄碌もうろくじじい……俺相手に騙せると思ってんのか? 俺相手に!」


 わざとらしいガイゼルの身振りにセーマは怒りをぶつける。

 ショックで怒りすらぶつけられないリュミエの代わりに?

 ――否。

 これは被害者としての、本人の正統な怒りだった。


「あんたがやろうとしてんのは違法実験・・・・だ。内容は違っても、生き残りの俺が気付かないとでも思ったか?」

「おやおや! 流石は死にぞこないじゃな!」

「胸糞悪い事にこの類の実験は対象にストレスや負の感情を蓄積させるのが当たり前のように過程に含まれてる……それに調べたらすぐに見つかったよ。

数百年前、竜族の心臓と人間の心臓を入れ替えて魔力核を強化する実験が行われてたってな……いかれた魔術師ってのはほんとこういう実験好きだなおい」


 竜族は例外なく貴族となっている。それは魔術の起源とも言える"神秘"を多く扱い、人間と関わる事で魔術開発にも大きく貢献したからとされている。

 正確にはそれだけが理由ではない。魔術開発後、心臓が魔力核という事が判明すると一部の人間は魔術の高みを間違った形で目指し……魔術開発の恩を忘れ、竜族の心臓を狙い始める者が現れた。

 竜族の心臓を移植すればさらに、と。

 無論、何の確証も無い実験であり失敗の連続。それでも実験は続けられ、若い竜族が狙われていく。

 そんな一部の魔術師の凶行を人間と竜族は結託して排除し、魔術開発の感謝と詫びとして竜族は人間社会でも地位を得るようになるのだ。


「このタイミングなのはリュミエの成長を待っていたからだろ。子供サイズの心臓じゃ魔力の生成量も変わるから」

「かっかっか! 見事見事! 正解じゃ! 正解じゃよ!」


 ガイゼルは目的を言い当てられても悪びれる様子は無く、セーマを面白おかしく笑っている。まるで死ぬ前の遺言を聞いてやっているというかのスタンスで。

 そんな本性を見てリュミエの表情に再び恐怖が這い上がってくる。こんな人間に何年も相談をしていたのかと。


「いやはや中々優秀な男じゃないか……セーマだったかな? 学院では品行方正、誰にでも好かれる人格者を演じていたつもりだったんじゃがこんなあっさりばれてしまうとはな」

「最初からあんま好きじゃなかったからな。俺に実験の事を聞いてたきたのはあんただけだった」

「ほうほう、なるほどなるほど……つい自分の実験と重ねて好奇心が勝ってしまったのが不覚じゃな。憐れな実験台の、かんさわってしまったか」


 ガイゼルは嗜虐しぎゃくの笑みを浮かべながら立派に蓄えた髭を撫でる。

 先程まで心臓を持っていた手で撫でており、白い髭が赤く染まっていった。

 そんなガイゼルの姿を見て、リュミエは後退ろうとする。無論縛られて下げれるわけもないのだが……この男から一刻も早く離れたいと本気で思った。

 恐い。怖い。こわい。

 記憶の中にある校長との思い出が全て、竜族の心臓を手に入れるための過程に過ぎないのだと考えるだけで吐き気がした。


 理解を示してくれた全員が必ずしも善人とは限らない。


 先程セーマはそう言った。その通りだった。カウンセリングと称して悩みや苦しみを打ち明けていた時……この男はどんな思いで聞いていたのだろう。

 笑いを堪えて? あるいは周囲と同じように馬鹿にしながら?

 自分は何て滑稽なのだろう。恐怖の端に悔しさが滲む。これじゃあ手の平で踊っていただけのピエロだ。いやピエロなら自分で踊っている自覚があるだけ上等だろう。


(ただの……馬鹿な子供……。やっぱり、私は落ちこぼれなんだ……)


 何年も手の平で踊って、それでピエロにもなれない愚者。

 ルティルス家に生まれながら、何物にもなれない。用意された舞台の上でさえ。

 自分がどこまでも不出来な出来損ないだと卑下し、自分自身を諦めかけた時――


「好奇心? ただ不安だっただけだろ?」

「…………なんじゃと?」


 セーマがガイゼルを鼻で笑う。

 ガイゼルのプライドに触れたのか、一瞬前まで浮かんでいた笑みが徐々に消えていく。


「不安でたまらなくて、せめて成功するかもって安心が欲しかったからつい聞いてしまったんだろ? あんたはずっとリュミエを恐がっていたから」

「わた……し……?」

「かっかっか! こんな落ちこぼれを誰が恐がるというんじゃ!? 『竜の息吹ブレス』も使えない竜族をこの儂が!? 四人目の魔法使いと名高いこの儂が恐がる!?」


 悔しいけどその通りだとリュミエはガイゼルの言葉のほうに納得してしまう。

 いくら竜族とはいえ、『竜の息吹ブレス』も使えない竜族を魔法すら手にしている一流の魔術師であるガイゼルが恐がるわけがない。

 セーマの言葉はただの挑発? リュミエは顔を上げてセーマの目を見る。

 その目は、真実を語っていた。


「リュミエは『竜の息吹ブレス』が使えないんじゃない。あんたが使えなくしたんだろ……あんたの魔法でさ」

「かっかっか! 馬鹿な事を言うでない……確かの儂の樹木魔法は魔術の領域から外れてはおるが、そんな事はできんよ!」

「いやあんた樹木魔法なんて使えないだろ」

「!!」

「え……!?」


 さらっと突き付けるセーマの言葉に初めてガイゼルの表情に焦りが浮かぶ。

 それを見てセーマはにやっとわざとらしく口角を上げた。


「あんたの魔法は呪いだろ。周りにいる数十人がその証拠だ。リュミエを含めてこんな人数どうやってここにこっそり移動させられるってんだよ」


 確かにこの円を作っている数十人はどこから来たのだろう。

 いくら校長とはいえこれだけの生徒を引き連れてメルズ森林区域まで来れば目立って仕方ない。目撃情報からすぐにこの凶行がばれるはずだ。


「ずっとこの森に置いておいたんだろ? 魔法で人間を木に変えてさ」

「む……ぅ……!」

「"樹木じゅもく"ならぬ"呪木じゅもく"ってとこか。木に変えた奴は死んで操っているのかそれとも意識だけ剥奪しているのか。流石にそこまではわからないが、本質は木じゃなくて呪いだ。

リュミエにも小等部の頃からずっと呪いをかけてたんだろ? もしリュミエが『竜の息吹ブレス』を使えるようになったら……ばれちまうもんな? 学院のあちこちにある木が生徒に戻って、あんたの魔法の正体が」


 竜族の『竜の息吹ブレス』には例外なく浄化の力を持つ光属性がある。

 ガイゼルの魔法が本当に呪詛の類であるならば『竜の息吹ブレス』はどれほどの脅威か。

 だから、封じた。小等部の頃からずっとずっと……呪いなのではなく落ちこぼれだから使えないのだという空気を学院に作って。


「じゃあ……私……」


 もう確認する術はない。過去には戻れない。

 けどもしかしたら……自分には違う未来があったのかもしれない。

 見抜かれて怒りを露わにするガイゼルと堂々と向かい合うセーマ。

 どちらの言葉が真実かなど言うまでもない。


「そりゃずっと魔法認定を受けないはずだよなぁ! 人間を別のものに変える呪いなんてありふれてる……とっくに魔術化された分野だ。魔法認定されるわけないってわかってたんだろ!? プライドが許さなかったか? 必死こいて辿り着いたと思った魔法が、一瞬で魔術扱いされるようになるのが」

「若造……! 貴様に何が……!」

「ずっと恐かったんだろ? だから実習の時に丸焦げになった森魔狼ランドウルフも三人組を操って回収してた。リュミエが『竜の息吹ブレス』を使えるようになったかどうかを調べるために。魔術のほうでさぞ安心しただろうよ」

「黙れぇえい!!」


 憤怒を声に込め、好々爺の化けの皮が剥がれたガイゼルがリュミエのほうを向く。


「かっかっか! 見ろリュミエ……貴様が人と関わったばかりに犠牲が出る! 貴様のせいで友人が今から儂に殺されるぞ! 大人しくうつむいて誰とも関わらず落ちこぼれとして過ごしていれば貴様一人の犠牲で何もかも終わったというのに……。待っておれ! 貴様のお友達を殺してから我が悲願を果たそうではないか!」

「っ――!」


 ガイゼルは凶器と化した笑みを浮かべながら、的確にリュミエが言われたくない言葉を選ぶ。自分が『竜の息吹ブレス』を使えたかもしれないという一瞬の高揚も一気に地に落とされた。

 ずっと友達が欲しかった。でも周りの人間に落ちこぼれと言われ続けて出来なかった。

 やっと出来た友人を目の前で殺されたら……きっと耐えられない。

 自分のせい。自分のせい。自分のせい自分のせい自分のせい。

 ――自分のせいでセーマくんが死ぬ。

 心の中で繰り返される自分を責める声に心臓を押し潰されそうになって、声も出せない。

 友達が欲しい。そんな願いに手を伸ばさないで、俯いて目を閉じて、そうやって生きていけば……誰にも迷惑を掛けずに死ねたのだろうか?


「そうだな。あんたからすればリュミエのせいって言いたくなるだろう」


 セーマの声でリュミエは目を開ける。

 気のせいか。耳に入ってくるその言葉はリュミエにとってどこか心地いい。


「何を……言っておる?」

「俺がリュミエと関わらなかったら、あんたは今頃実験が出来てただろうからな。俺一人だったらあんたに辿り着けるはずがない。今まで調べた奴等と同じようにな。

俺はたまたま、リュミエと友達になったから、リュミエの事を知ったからあんたに辿り着いたんだ」


 リュミエは顔を上げる。

 すると、自然とセーマと目が合った。その目はとても温かくて優しい。


「あの日、リュミエが俺に声を掛けてなかったら……あんたの勝ちだった。リュミエが俯いて生きていたままだったら俺は今も間抜けに首を傾げてただろうよ。でもリュミエは前を向く事を選んだんだ」

「何を、言って……何が言いたい!?」

「リュミエが俺に話しかけた時から反撃は始まったんだ」

「何が言いたい……若造!?」

「まだわからないのか耄碌じじい?」


 どれだけ声を荒げられてもセーマは揺るがない。

 瞳に浮かぶ強い意思が、熟練の魔術師の圧を退ける。


「あんたは負けたんだ。どれだけ周りに落ちこぼれと言われても、自分の未来を少しでもよいものにしたいっていう当たり前の欲望に手を伸ばした……リュミエの意思に!

あの日、俺に話し掛けるために振り絞ったリュミエの勇気にあんたは負けるんだよ!!」


 身をもってその難しさを味わっていたセーマだからこそわかる。

 拒絶される恐怖と一緒に用意される何もしないほうがましかもという逃げ道。

 落ちこぼれと言われ続けてきたリュミエにとってその選択肢の難しさはセーマの比では無かっただろう。

 ……それでも、リュミエは声を掛けた。

 このままじゃ嫌だ。このままじゃいけない。

 ほんの少し、ほんの少しだけでも踏み出せたらと声を掛けたあの一瞬。

 それは誰かにとっては当たり前で、リュミエにとっては何よりも難しかった一欠片の勇気。


"あ、あの……"

"……え?"


 あそこから始まった。

 周りからすれば劇的でもなんでもない不格好なやり取りだったかもしれない。

 それでも、リュミエにとっては願いに手を伸ばした大きな一歩。

 その選択をセーマは真正面から肯定する。

 リュミエのせいなのではなく、リュミエのおかげで今ここに自分は立っているがのだと。


「セーマ、くん……!」


 リュミエの瞳から涙が零れる。

 今度は恐怖からではなく、胸から湧き上がる喜びから。

 本当なら逃げてと言うべきなのかもしれない。これを言ったら死にたくなるほど後悔するかもしれない。

 それでも元凶と対峙して堂々と言い放ったセーマのその姿に……リュミエは自分が言うべき言葉を口にした。


「助けて……! セーマぐん……!」

「ああ、今行くよリュミエ」


 恐怖や不安ごと包み込むような優しい微笑みでセーマは応える。

 そんな二人のやり取りに唾を吐くようにガイゼルが吠えた。


「じゃからどうした!? 貴様みたいな若造に儂を何とか出来ると!? 助けるぅ!? 汎用魔術もろくに使えない貴様のような若造がか!?」

「く……ははは! あんた、俺が勝算無しにここに来たとでも思ってるのか?」

「かっかっか! 勝算じゃと……? 儂の魔法を暴いたからといって実力差が埋まるとでも思っておるのか!? ずいぶん思い上がったな!?」

「どうかな!? あんたの魔法が本当に樹木魔法だったら確かにあんたに分があったかもな。だけど残念……あんた、俺との相性最悪だよ!」


 セーマは勝利を確信するように獰猛な笑みを浮かべる。

 そしてその笑みを自分の手で隠すように覆った。



「――"開宴準備レディ"」



 訪れる一瞬の静寂。

 そこに響くは奇跡の胎動。


スリー

「ま……さか……?」


 三本の指を立てて始まるカウントダウン。

 ガイゼルの表情から笑みが完全に消えた。


ツー

「ば、かな……! 貴様のような若造が……!」


 カウントと同時に立てた指を一つ折る。


ワン

「貴様のような若造が……魔法の詠唱・・・・・だと!?」


 二つ目の指を折って、最後に残った一本の指に魔力が灯った。

 魔術でもない。"神秘"でもない。

 魔力現象の頂点たる奇跡が今ここに。



「一分だけだ――【栄光無き仮面舞踏会マスカレイド】」



 さあ怯えろ有象無象。

 これなるは誰も知らぬ魔法の開宴。

 夜闇より深く、星彩すら照らせぬ虚無の一時ひととき

 万象を受け入れる星において、たった一人の異物がここに生まれる。

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