第18話 ババンデット村

「ご主人さま、起きてください。もう朝っす」

「うぅ~ん、あと5分だけ……」


 野営ポイントで一泊した翌日。

 ビビットに起こされると、すでに日が昇った時間帯だった。


「ぜんぜん寝た気がしない……」

「テントと寝袋があるんで、これでもかなりマシな方っすよ?」

「……そうなんだ。野営舐めてたわ」


 初めての野外泊は予想以上に辛かった。

 使ったテントと寝袋はただの布製で、地面の硬さを誤魔化しきれていない。

 おかげで体がガチガチだ。まだ一泊しただけなのに、もう日本の柔らか布団が恋しくなってきた。


「それで私が寝てる間に何かあった?」

「特に何も。でも早めに移動した方が良いと思うっす」

「オッケー、ご飯を食べたら移動しましょう」


 ビビットは俺と違い元気そうだ。

 完全に起きたら顔を洗い、パンを水で流し込む。

 モタモタして誰かに会うと面倒なので、食べ終えたらすぐに移動開始。


 ビビットが居た村には無事に着くことが出来た。

 だがその村の様子が少々おかしい……。


「ねぇ、ここ本当に村であってるの? なんだか砦っぽいんだけど」


 ビビットの案内で村近くの小高い丘に上り、伏せて村全体を見渡す。

 驚くことに村には立派な防護柵が張り巡らされていた。

 地面に刺さった太い丸太が、ぐるっと村を囲んでいる。高さも3mはある。これなら大抵のモンスターを阻めるだろう。


「……2ヶ月前はあんな囲い無かったっす」

「見張り塔はないけど、ここまで来ると完全に砦ね。ビビットが居た場所はカルネ村(オバロ)だった? とつぜん丸太の柵って、覇王様でも生まれたのかしら?」

「いや、覇王なんて大層な人は居なかったっすよ? 防備だって元々は薄い木の板を結んだだけのボロボロな柵ぐらいしか」

「とするとあの立派な防護柵は、ビビットが売られた後に出来たって訳ね。これは何かありそう」


 防護柵はかなり立派で、村人だけで作ると1年以上かかりそうな出来だ。

 流石に村外の畑は入っていないが、外れにある一軒以外は全てが囲まれている。

 もしかしてビビットを売った金で誰かに依頼したのだろうか? もしそうなら意外と頭の回る村長なのかもしれない。


「確認して見るからちょっと待って」


 俺はすぐに頭の中でグーグルマッp、じゃなかった世界地図を広げ村を確認する。

 拡大表示すると村全体がよく分かる。防護柵は全周400m、内部の家は15軒ほどで、中央には小さな広場があるようだ。


 うーん、なんだかんだでこのスキルが一番ヤバイ気がするな。

 なんせどんな場所でも建物から高低差までバッチリだ。流石に内部までは分からないが、それでもバレたら幽閉されて一生地図を書かされそう。


「柵は隙間無く村を覆っていて、出入り口は南側に一箇所のみ。これは面倒になったわね。忍び込めそう?」

「うーん、夜なら何とか。もう少し近づいて見てもいいっすか?」

「オッケー、気づかれないように寄ってみましょう」


 俺たちはカイエンをこの場に残し、死角からコソコソと村に近づく。


『おーい! 商人がきたぞぉーーー!!』

『ヒャッホー、急いで村長に知らせろ!!』

『みんな門の前に集合だぜ!!』


 すると丁度、商人の来訪を喜ぶ村人たちの声が聞こえてきた。


「……ふむ、これは忍び込むチャンスかも知れないわね」

「んー、個人的には夜まで待つのが一番だと思うっすけど」

「なら少し様子をみてみましょうか」


 俺たちは頭を低くして茂みに隠れ、村の出入り門の様子を伺う。

 おっ、ちょうど風下だ。おかげで村人の声がよく聞こえる。


『これはこれは商人殿。よく来てくれましたのぉ』


 門の前には村人たちがずらりと並ぶ。

 中央には偉そうなハゲがいた。登山家が持ってそうな黄色い杖を付いた、白いあご髭を蓄えた初老の男だ。ビビットに尋ねると、コイツが村長らしい。


『お久しぶりです村長殿。また色々と物資を持って参りました』


 それから対面しているのが、一頭立ての幌馬車に乗った商人だ。

 見た目は推定40代の人間男性。スラリとした体躯に品の良い服を着ていて、幌馬車には物資が沢山ある。


 あと周りには武器を持った護衛っぽい男も3人いる。

 全員が動きやすそうな革鎧を着て、手にはそれぞれの武器を持っている。

 おっ、もしかして冒険者かな? ファンタジーで定番の人たちだ。少数ということは個々が強いのだろう。ちょっとワクワクしてきた。


『しかし立派な防護柵ですな。これほどの柵は付近でもこの村だけでしょう』

『ええ、この村の自慢でございますわい』

『確か前に来た時には無かったと思いますが、一体いつの間にお作りに?』

『それは少し前に便利な魔導具を手に入れましてな。ほれ、このように!!』


 村長が手に持った黄色い杖で地面を叩く。

 すると何もない空間から「岩で出来た巨人」が出てきた。

 茶色い3mサイズな分銅型胴体から、ぶっとい手足が生えていて、頭は小さく目が1つ。ゲームでも召喚魔法で呼べた「岩人形ストーンゴーレム」というモンスターだ。


『フォフォフォ、どうですかな? このゴーレムのおかげで簡単に柵が作れ、モンスターの被害もほとんど無くなりましてのぉ』

『なんと、それは素晴らしい。では詳しい商談は中でも構いませんかな?』

『もちろんですわい。商人殿には何時もお世話になっておりますからの』

『フフフ。と言いつつ、この防護柵を自慢したくて出張ってきた、という所ですか』

『フォッフォッフォ!! 分かって頂けますか!!』


 村長と商人は朗らかに軽口をたたき合う。

 村長と親しげに話す様子から、長年付き合いのある商人のようだ。

 何というか、お互いに気を置ける仲って感じがするね。


『では村の中へ案内いたしましょう』

『村長自らとは、ご厚意に感謝いたします』


 どうやらこの後は村の中で商売を始めるようだ。

 歩き始めた村長の後ろを追い、商人は笑顔で馬車を進める。

 対して村長も笑顔のまま、手に持った黄色い杖で再び地面を強く叩いた。


 ――グワシッ!!!


 すると突然、門の横に直立していたゴーレムが腕を伸ばし、商人を片手で捕まえてしまった。……おいおい、一体何をする気だ?


『そ、村長殿!! これは一体どういうことですか!?』

『ああ、気にしなくても大丈夫じゃよ。なんせお主は……死ぬんじゃからのぉ!!』

『……はっ?』


 突然の事態に商人が慌ててゴーレムの手を振りほどこうとする。

 だが拘束から解かれるよりも、村長が再び黄色い杖で地面を叩く方が早い。


『そーれ、やってしまえい!!』

『な、なにを!? ぐぁあああああ!!!!』


 ――グシャッ!!


 村長が指示を出すと、ゴーレムが商人を握り潰してしまった。

 商人から吹き出した血が絞られた果実のように、ボタボタと地面に落ちていく。

 うわっ、グッロッ!!!


『お、おい! どういうことだ!!』

『てめぇ何してやがる!?』

『なんだこれはぁ!?』

『カカカカカ!!! 今じゃ!! やれい!!!』

『『『『『ヒャッハーッ!!!』』』』』


 更に村人たちの凶行は続く。

 慌てる3人の護衛に向かって、村人たちは隠し持っていた剣を突き刺したのだ。

 場所は主に首と胸。どれも致命傷だろう。信じれないという顔で倒れる護衛達。


 ……うわぁ、なんだか良くわからない内に4人が死んでしまったぞ。


『やりましたね村長!! これで荷物はぜんぶ俺らのもんだ!!』

『あの野郎、今まで散々ぼったくりやがったからな!! いい気味だぜ!!』

『ちげえねぇ!! ガハハハハハ!!!!』

『フォッフォッフォオ、うまく行ったわい。なんとも呆気ないもんじゃのぉ。フォーフォッフォッフォッ!!』


 そんな殺戮現場を見て、村長は心のそこから愉快そうに口元を緩ませていた。

 それは余りにも邪悪な笑顔だった。周りの村人もザマアミロとばかりに笑っている。

 どうやらココはただの村ではないようだ。


 ……野盗化してるじゃねーか!!

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