第2話 ステータスとクラス

「――失敗しただと!? 貴様それでも名誉あるアチチバーン家の娘か!!」

「申し訳有りません、お父様。でも私にも何が何やらさっぱりで」


 燃える建物から逃げ出した後。

 俺は遅れてやってきたメイド達に捕まり、父親の元へ連行されていた。

 

「あの召喚具を手に入れるのに幾らかかったと思っている!? 上手く貴様に祝福が付けば、王家に高く売れたものを!! おい、聞いているのか!?」


 高そうな調度品が並ぶ部屋に立たされ、お叱りを受ける。

 眼の前で憤怒しているのは、銀色のヒゲを伸ばした中年の男。

 自分だけ豪華な椅子に座り、高そうな机を隔ててプリプリと怒っている。

 徐々に思い出せるようになってきたアビスリンの記憶によると、この男は実の父親であるハナビデン公爵のようだ。


 ついでに俺があの黒い鳥とご対面したのは、大体コイツのせいっぽい。

 たまたま手に入った謎アイテムを使い、娘に祝福を付けて売ろうとしてたみたいだな。たぶん嫁に出すってことなんだろうけど。どっちにしろ酷くね?

 顔を見た瞬間に嫌な予感がしたから、黒鳳凰の祝福については一旦誤魔化したのだけど、正直に喋らなくて正解だったみたいだな。


「この血筋だけのクズが!! やはりあんな女など娶るのでは無かったッ!!!」

「血筋って半分はお父様じゃないですか。公爵家はクズの家系だった?」

「貴様っ!! いちいち口答えするなっ!!!」

「うわっ、あぶなっ!!」


 更にイライラしてきたのか、父親は飾られていた壺を投げてきた。

 俺はそれを咄嗟に躱す。全く持って理不尽だ。


 まぁこの対応で分かると思うが、どうも父親はアビスリンの事が嫌いらしい。

 元を辿れば王家から無理くり嫁いできた母親が、公爵の金で好き勝手やってるせいらしいんだけどね。

 でもだからって俺でうっぷんを晴らすのは止めて欲しいよな。ていうか本人に言えよ。


「……チッ!! もうよい、貴様はしばらく謹慎していろ!!」

「分かりました。では失礼します」


 しばくすると許可が出たので、さっさと部屋から撤退。

 メイドにアビスリンの部屋へと案内してもらう。

 自室はアチチバーン公爵家の本拠地たる公爵城の一室だった。最初に居た場所は離れの建物だったっぽい。


「ふぅ~、ようやくひと息つけたわ」

「お嬢様こちらを、紅茶でございます」


 俺はソファーに腰掛け紅茶を入れてもらい一服。この世界について考える。

 スキルが使えてしまったことから、ここはゲームの世界で確定のようだ。

 それも『僕が望んだ救心世界ヤンダーワールドRPG』、通称【ぼくのぞ】の世界である。


 このゲームはは異世界召喚された男子が人類を救う王道のゲームだ。

 ただし話を進めると人間達のせいで聖女神が死に一度世界が崩壊する。

 更に味方に追い込まれて主人公は人間不信となり、最後は全ルートでヒロインに殺されてしまう。頑張るほど人間の醜悪さを見せつけられる絶望ゲーである。


 キャッチコピーは「勇気を持って絶望を知る」。当時は勇気でどうにかなるLvじゃねーぞ!! なんて良くネットで言われていた問題作。


 アビスリンはそこで序盤に主人公を支えるも、結局は旅に置いていかれる不遇ネタキャラだったのでよく覚えている。

 いわゆる種泥棒、あるいは真の仲間じゃない方だ。最後は世界崩壊に巻き込まれて何時の間にか死んでいる。ネットでの渾名は「セルフ追放令嬢」。


 なので今の俺はこのアビスリンにTS憑依した、という形になるのだろう。

 ぶっちゃけ未来が暗すぎてオワコンの世界だが、幸いなことにゲームはやり込んでいたので、重要な所は大体覚えている。


「これはしっかり考えて行動しないと駄目そうね。とりあえずステータスオープンっと」


************ ステータス *************


【基本情報】

 本名:アビスリン・フラム・アチチバーン

 種族:人間族 性別:女 年齢:17

 称号:アチチンバーン公爵家の長女


【能力一覧】

 生命力:1/90 魔力:10/60


********************************


「ブフゥーーーーー!? えっ、なんで???」


 試しにまたステータスを開いてみると――俺の生命力は「1」しかなかった。

 勝手に減っている生命力に思わず紅茶を吹き出す。


 最初に見た時は 生命力:10/90 だったのが 1/90 に変わっている。

 慌ててステータス項目を一つずつ詳細に確認すると、〈黒炎放出〉は発動時に最大生命力の1割を消費するスキルだと分かった。残り10から9を消費して1になっている訳だ。


「えっ!? もしかして私、死ぬ寸前だった……?」


 あれ? これって父親が投擲した壺が当たってたら死んでたんじゃね?

 普通に考えると生命力:0=死亡だよね?

 ……あっぶねぇー、気づかない内に死にかけてた!!


「いきなりこれは焦るわ。心臓に悪すぎぃ……」


 俺は部屋の引き出しから、瓶詰めの液体を取り出す。

 記憶が確かなら生命回復薬ライフポーションのはずだ。

 ぐいっと煽ると、青汁を牛乳で解いたような味が口内に広がった。結構苦い。

 それでも頑張って飲み切ると、生命力が90まで回復した。


「あ”あ”~~、生き返るぅ~~~!!!」


 これでタンスに小指をぶつけるだけで死にそうな状況からは脱出できた。

 それにしてもポーションで回復するとは、やはりココはゲームの世界で間違いないようだ。


 それからあとステータスで気になったのは、職業の「黒炎の魔剣士」。


 職業:黒炎の魔剣士Lv1

 生命力:90/90 魔力:10/60

 物攻力:9 物防力:5 俊敏性:6

 精密性:3 魔攻力:8 魔防力:5

 取得可能技能:黒炎剣技、炎魔法、汎用


 これはゲームには無かったクラスだ。

 能力値的には物理・魔法共に可能な攻撃型のクラスらしい。

 獲得可能スキルにも「黒炎剣技」「炎魔法」「汎用」と並んでいる。

 本来のアビスリンの職業は「騎士」というタンク型だったから、完全に役割が逆になっているな。まぁこの辺はこれから検証していくしかない。


「うわー、そうなると余計に頭が痛くなってくるわね……。でもアビスリンって、置いてかれる以外はかなり優遇されてるのよね。ビジュアルも固有スキルも家柄も最強だし。キャラガチャ的にはLRレジェンドレアで間違いない。毒親っぽいけど」

「お嬢様、なにかおっしゃりましたか?」

「いいえ、何でも無いわ」

「それではそろそろお着替えください。紅茶で服がビチョビチョですよ?」

「ほんとだ!!」


 どうやら驚いた時に紅茶をこぼしていたようだ。

 焦りと思考で気づかなかった。少しも熱いと感じなかったが、これは炎属性無効のおかげか? こぼしたのは熱々の紅茶だったはずだが、特に火傷もしてないようだ。


「はぁー、また焦った。……それにしてもしっかり鍛えられた体ね。エロさと筋肉がみごとに融合してるわ」


 俺はメイドに連れられ全身鏡の前で服を脱ぐ。

 鏡にはアイドル級の美少女が写っていた。ゲームの姿と全く同じだ。

 腰まで届くストレートな銀髪に碧眼、白くスベスベな肌。

 そして大きな胸と尻。履いてるレース付き黒パンツがよく映える。なんて生意気なドスケベボディなんだ。


「美少女にTバックの組み合わせは最強だと思わない? こう、清楚さとエロさがいい感じに混ざりあうっていうか。うわ、エッッッ!!!」

「お嬢様は下着一枚でも十分エロいですよ。見事なドスケベボディです」

「えー、それほどでもあるぅー?」

「はいはい、分かりましたから。そろそろ服を着ましょうね」

「はーい」


 思わず黒パンツをお尻で挟んでエロポーズを取ってみたり。

 そんな俺を専属のメイドの「ベトレイヤー」が嗜める。

 紫髪に金色瞳の妙齢な女性で、こちらも出る所でたスタイルの美人さん。


 アビスリンの記憶によれば、心を許している親友ポジのようだ。

 今の俺の奇行を見てノッてくるほど仲の良さ。シモネタもOKそう。


「まったく、パンツは食い込ませるものではありませんよ」

「ちょ、ちょっと……んあっ!!」


 ベトレイヤーは俺のお尻に手を伸ばすと、パンツを引っ張って伸ばした。

 柔らかな指先がお尻の表面を撫でるように動いてドキっとする。

 思わず変な声が漏れてしまった。これはもしかして誘っているのか? まさかワンチャンあるぅー?


「ところでベトレイヤーは女同士のグチョ濡れックスってどう思う?」

「それはご遠慮させて頂きます。私は素敵なショタ王子様に見初められて、優しい筆おろしでハッピーになる予定ですので。……10歳以上はジジイなんですよ?」

「そ、そう。貴方は(頭が)ハッピーお花畑だったのね」


 ダメ元で誘ってみたらダメだった。どうやら振られてしまったようだ。

 てか10歳未満のショタ王子様じゃなきゃダメって、ストライクゾーン狭すぎてドン引きだよ。頭がメルヘンな女性だったようだな。これは完全に脈なしだろう。


「それよりお嬢様、救援が遅れて申し訳ございませんでした」

「別に構わないわ、貴方も忙しかったでしょうし。……美人メイドとドキドキ☆愛人プレイは駄目だったかー」

「では風邪を引かないうちに服を着ましょう」

「はーい」


 俺は悲しみにくれながら服を着ることにした。

 まぁ女性の服なんて良くわからないけどね。


 なので動きやすそう格好にする。ジャケットにミニスカートとハイソックス。

 エロさも追求した所、最終的にはモンハンのアスール装備っぽい格好になった。

 谷間とおヘソ丸出しなのがかなりセクシー。オンゲのマイキャラを着せ替えてるようで興奮してくるな。


「それじゃあ片付けの方はよろしくね? その、派手に燃えちゃったけど」

「大丈夫でございます。そちらはお任せください。では一旦、失礼いたします」

「ありがとうベトレ。いつも悪いわね」


 俺が服を着終わると、ベトレイヤーはキビキビした動作で部屋から退出した。

 恐らく黒い鳥野郎の後始末で忙しいのだろう。最初に居た建物は全焼だったからな。あの鳥野郎、手加減しなさすぎ。



「あぁ~~、もう嫌にりますよぉ~~~~~!!」


 ようやく一人になれた俺は、勢いよく寝室のベッドへダイブ。

 枕に顔を埋めたとたんに緊張が途切れ、全身から力が抜けていく。

 まるで紛争地帯から帰還したような気分だ。いや一度も行ったこと無いけど。


 俺はベッドにダイブしたまま手足をパタパタと動かす。

 しばらくすると今度は憑依した時の事を思い出して、だんだんムカついてきた。


「気づいたら女(全裸)になっててヤバそうな鳥とコンニチワ!! なんて幾らなんでもコレはないわー。一体どこのスカイリムよ? しかも祝福をやるとか言って呪いだったし。おファックですわ!!」


 自動変換されるお嬢様言葉も荒ぶっておられる。

 目が覚めたらTS憑依してて強制祝福で余命2年、酷いホットスタートだ。

 最近のクソゲでもココまで酷いのは中々ないぞ。


「しかし、そうすると困ったわね。これからどうしたらいいの? このままアビスリンになりきる? 毎日震えながら生きていく?? ……いや逆に考えるのよ、ここならゲーム知識で好き勝手できると。何事もポジティブに行かないとね!! とすると一番良いのは――」


 とにかく今必要なのは、ここが何処までゲームと一致してるかの確認だろう。

 もし完全でなくても、ほぼゲームと一緒なら黒い鳥野郎を殺せる目が出てくる。

 ならばゲームをしなければ知ることができない、そんな場所に行ってみるのが一番ではなかろうか? こうなったらもうヤケだ。


「――よし、!!」


 えっ、謹慎するよう言われた? でも大事なのは自分の意志だよね。

 俺は部屋にあった剣を持って、公爵城の自室を抜け出した。

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