第4話 魔女

 戸惑いつつ「はい」と返事をして、テオの腕をとったセシリアは内心で突っ込みを入れる。

 

(乙女か私は!)


 自分から愛称で呼ぶように言っておいて、顔が火照るのを感じていた。

 そして、それと同時に、暗い気持ちがじわりと滲んでくる。


(やっぱり他国の人なのね。私のことを知っていればこんな扱いにはならないはず)


「テオ様は他国の方ですよね? バハムル王国ですか?」


 庭をゆっくりと歩き出しながらセシリアが聞いた。

 バハムル王国とはリルムガルド王国の隣国である。


「ほぅ、良くわかったな。私は少しの間、この国の魔術研究を学ぶために留学したことがあったんだ。その時の縁もあって行ってこいと言われてな。仕方なく来たんだが、リアとこうして歩けているのだから来た甲斐があったよ」


(またそんな言い方して!)


「それはよかったですね。そんなお方がこんなところで散歩していて良いのですか?」


 セシリアは少し冷たい言い方をするが、テオはやはり気にした様子はない。


「私は付き添いのようなものだからな。それに、こうして散歩していた方がめられるかもしれん」


「褒められる? 散歩が、ですか?」


 セシリアは首をかしげる。散歩をしてなぜ褒められるのか全くわからなかった。


「私は付き添いだが、命令があってな。それが花嫁探しだよ」


「花嫁探しが命令?」


「結婚に興味はなかったが、三十歳が近づいてくるといよいよ周りが五月蝿うるさくてな。形だけでも花嫁探しをしなきゃならんのだ」


(あぁそういうことね。私と同じようなものだけど、私ほど酷くはないか。テオ様は相手に困るなんてことなさそうだし)


 男性は女性より結婚年齢は少し上だが、二十五歳になっても結婚していない者は少ない。三十ともなれば、特殊な例を除いて、いないと言っても過言ではないものだ。


「だから会場でご令嬢に声をかけたんだが上手くいかなかった。やはり見た目の問題か? リアはどう思う」


 そこで、セシリアはテオの顔を見る。

 長い睫毛まつげに切れ長な目、スッと通る鼻筋、端正で少し中性的にも見えた。でも、手からは鍛えられた腕の感触が服越しに伝わってくる。

 セシリアはさらに頬が染まるのを感じてツィと視線をそらすと口を開いた。


「最初見たときは死神かと思いました」


 テオはポカンとしたあと少し笑う。


「なるほど、死神か。それは近づきたくないな」


「ですが、容姿のことよりこの国の貴族は他国の方に興味を持たないことが原因でしょうね。魔術の力で判断されますから」


 リルムガルド王国は魔術大国である。周辺諸国より魔術に関しては上だ。

 バハムル王国は理術大国と言われており、魔煌石をエネルギー源とした道具の開発に長けている。


「なるほど。そこが問題だったか」


「えぇ、男性でしたら……飛箒術と先見術が堪能だと人気があるかと思います」


(たぶんそうよね?)


 その知識は学園の時の話であり、もう少し成長するとそれだけではないのだが、セシリアは知らなかった。


「飛箒術と先見術はバハムル王国では得意な方だがここで見せるわけにもいかないしな。無駄なことをしたようだ。この国で花嫁探しは難しいと報告しておこう」


「もちろんそうでない者もいますので、今回は運が悪かったと思って次に……」


「いや、もともとやる気はなかったからちょうどいい。花嫁探しのフリだけでいいんだ。それにこうしてリアと歩けているからな。それだけで十分だよ」


 バハムル王国では相手にされないなんてことはないのだろうと思いつつ、そんな状態に少しの親近感がわく。


「そういえば、私も結婚相手を探せと言われている身ですから、ちょうどよかったのかもしれません」


(一人とダンスを踊って、一人と庭を歩いたなんて私にとってはかなりいい方ね)


「そうだったのか。早々に外に出ていたから興味がないのかと思っていたよ」


「興味がないというより、苦手なので。正直に言うとこんなところに来たくはなかったですね」


「死神のような他国の男に、こうして散歩に付き合ってくれるくらいだからな」


「それはテオ様が名前を忘れたなどとおっしゃるからです!」


 セシリアはもう少し一緒にいたいという気持ちを思い出して恥ずかしくなり、少し語気が強まった。

 そんなセシリアにテオは優しい笑みを深める。


「そうだったか。そろそろ名前を思い出せそうなんだが、リアは会場に戻るか? 私より早く外に出ていたくらいだ。まだ結婚相手の候補は決まっていないんだろう? 従者に言えばドレスを用意するくらいはできるぞ? サイズを合わせるのに少し時間はかかるだろうが」


「いえ、あの場所に戻るくらいなら家に帰りますわ。戻っても嫌がらせしか受けませんので」


「嫌がらせか。嫉妬だろうな」


「嫉妬?」


 お互いに顔を見合わせてきょとんとする。

 そして、テオか「違うのか?」とセシリアに聞いた。


「嫉妬なんてそんなわけないでしょう?」


「そんなわけない? ここに呼ばれるほどの地位にいて、容姿は優れていて、魔術の力も持っている。嫉妬くらいはありそうなものだが」


「私自身に地位なんてありませんし、容姿を褒められるのはお世辞くらいです。なにより魔術なんて最底辺ですからありえません」


 セシリアは痩せ型で身長が高く、切れ長の目をしており、表情も固いので威圧感があった。

 リルムガルト王国ではふんわりとした可愛らしい女性が求められるので、本当にお世辞でしか容姿をほめられることがない。


「地位も容姿も国によるかもしれないが、魔術の力は並大抵ではないだろう。あの位置から猫の呼び声に気づくなんてそうそうできることではない」


 通常、念話術を使う場合は杖を使って対象に触れる必要がある。

 でも、セシリアは杖を使わなくていいどころか、相手が自分に伝えようとする意思があれば伝わるのだ。

 ただ、その能力はリルムガルド王国では評価されず、さらには、セシリアの念話術を正確に評価できる者もいなかった。


「念話術だけは得意なのです」


「得意というレベルを超えているだろう」


(バハムル王国では念話術だけでも魔女の扱いになるのかしら)


 セシリアはテオの評価に驚きながらも話を続ける。


「テオ様、私は飛べない魔女と呼ばれているのです」


「飛べない魔女?」


「えぇ、私の二つ名ですわ。魔女なのに飛べないなんておかしいでしょう?」


「でも、念話術も立派な魔術だ」


「……そう言ってもらえる国なら良かったのでしょうけど。ここでは念話術以外が重視されているのです」


 実のところリルムガルド王国では念話術をちゃんと使えている魔術使いの方が少ない。

 学園での試験でさえ、念話術を使ったように見せかけて動物の見た目で判断して答えている場合も多いからだ。

 セシリアは見当違いの解答をしているなと思いながら見ていたことを思い出しながら続ける。


「ほとんど飛べない私は魔女と言えないような存在なんです」


「この国だとそうなるのか……ちょっと待て。ほとんど飛べない? 少しは使えるのか? 飛箒術が?」


「えっ? えぇ、飛べないと学園は卒業できませんから」


「まさかそんなことが……」


 テオの想像とは違う反応に戸惑いつつ、セシリアは答える。


「試行錯誤を重ねて、何とか飛べるようになったのです。まぁ飛んでいると言って良いかわからないレベルですし、七歳の子供より下手だと言われながらですけど」


「どうやって飛箒術を使ったんだ? 何かコツがあるのか?」


「それは……そう簡単に言えませんわ」


(隠すほどのことでもないけれど、ルクエット家のことを勝手に話すわけにもいかないし。でも、どうしてそこまで気になるのかしら)


 真剣な表情に変わったテオにセシリアは戸惑いを深める。

 飛べると言っても、移動など実用に耐えるものではないのだ。


「そうだよな。すまない。まさかこの国の研究がそこまで進んでいたとは、予想外だったよ」


「大袈裟ですね」


「大袈裟なもんか。そんな報告は聞いたこともない。リアは国立魔術研究所の研究員なのだろう? その中でも中心的な存在に違いない」


「そんなわけないでしょう。私は家でずっと魔術薬の原料を作っているだけですわ」


 その言葉にポカンとするテオ。予想外過ぎる仕事内容に戸惑ってしまった。


「家で? 魔術薬、の原料を?」


「えぇ、一人で気楽にしてます」


「一人で? 本気で言っているのか?」


「もちろん本気ですけど。どうかしたんですか?」


 テオは足を止めて、しばらく考え込んでから「なるほど」と頷く。そして、決意したように口を開いた。


「もし良かったらなんだが……その知識、我が国、バハムル王国で使ってみる気はないか?」


(どうして?)


「バハムルで原料作り、ですか?」


「いいや。飛箒術が使えないはずの魔術使いが飛んだのだ。この技術があるならばバハムル国立研究所の研究室長として迎えよう。待遇は我が国の貴族と同等だ。この国の基準ではわからないが、悪くはないだろう。もちろん今言ったことが本当であれば、だが」


「本当のことですけど……飛んだというより浮いただけという方が正しいですよ? 地面を蹴ったり風がなければ動けません。箒も自分用に調整した物ですし」


「やはり箒を調整したんだな? その技術は凄まじい。前に進まないことなどどうとでもなる。リア、君は浮いただけ、というが、その浮くことがどれだけ難しいことか」


 その表情は今までにないほど真剣なものだ。

 自分の研究について、ここまで興味を持ってくれる人なんて今までにいなかった。


(……本当のことのようね)


「私の研究にそこまでの価値があるとは思わないけれど、使えるなら使ってみたいです。けど、バハムル王国には……」


「魔術使い狩りが心配か? あれは誤りだぞ。我が国では魔術使いを歓迎している」


 バハムル王国には魔術使いが少ない。それは過去の事件が原因だった。

 でも、セシリアが言い淀んだのはリルムガルド王国の問題である。


「いいえ、そうじゃなくて、この国から出られないだけなのです。連れ出せるものならお願いしたいくらいですけど。飛べない魔女でも魔女は魔女。国外に出ることは禁止されています」


(国外に出れるものなら出たいけれどね。仕事のために国外に行くなんて確実に止められるわ)


「この国は今まで国外との婚姻をほとんど許していないとは思っていたが、そこまで制限されるのか」


 周辺諸国は王族、貴族で婚姻を結び、関係性を深めることで争いを避けようとしてきた。しかし、リルムガルトだけは異なり、国内だけである。

 それは魔術使いが戦争にも利用されてきたからだ。特に空を飛べるということの優位性は非常に高い。

 他国に優秀な魔術使いが流出することで、その優位性が落ちることを恐れているのである。


(でも、力の弱い魔女がバハムル王国に嫁いだ例はあったわね。資源を輸入する代わりに嫁がせる契約だったとか。でも、魔術学園を卒業できない魔女を無理矢理卒業させて送り込んだって話だし。でも、卒業できないレベルっていうのは私も同じ……)


「テオ様、花嫁を探していましたよね?」


「あぁ、そうだが、まさかリアが花嫁になってくれるのか?」


 からかうようなテオの表情に、セシリアは真剣な目を向ける。


「はい。ここで会ったのも何かの縁。結婚しませんか?」

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