第21話 興味

 セシリアの作る原料がなかったら、アンネケは神薬を作ることができない。

 そんなテオフィリュスの言葉に、セシリアは「まさか、そんなはずは……」と眉根を寄せる。


(原料を作る素材の質にもこだわって作ってはいたけれど、物自体は同じだし。細部は違っても基本的な作り方は学園で教わったもの。特別なことはなにもしてないわ)


「密偵が調べたことなんだが、アンネケはどの魔術薬を作る時も必ずセシリアが作った原料を使用していたようだ」


「それはアンネケが忙しいから時間短縮のためで……」


「表向きはそうだな。ただ、アンネケは最近、ブルス家の者に騙されてセシリアの物ではない別の原料を使ったことがあるらしい。その時できた薬は神薬と言えるようなものではなかったようだ」


(そんな話があったなんて一度も聞いたことがないけど……最近は一度も家を出てないものね)


 現在、セシリアの情報源はほとんどない。研究に関わるもの以外になると全くと言っていいほどなく、話せるのは猫や鳥くらいである。

 噂話すら届かない環境では仕方がないだろう。


「アンネケが作るところは秘匿されていることもあって、それを直接見たものはいないんだがな。ただ、ブルス家は神薬の秘密がアンネケではなく原料、つまりセシリアにあるのではないかと考えた。この頃から外出を制限されたりしたのではないか? 半年ほど前のことなんだが」


(たしかに、一歩も部屋から出なくなった頃がそれくらいだったかも)


 それまではもう少し緩かった。

 邸宅内であれば自由に行動できたし、原料作製に使う素材を確認したいと言って店に行くこともできる。一人で自由に、というわけではなかったが、まだマシではあった。


(店に行くのは気分転換にもなるし、あれができなくなったのは辛かったな)


 それが、ある時から全く外出が許されなくなった。

 素材も自分で選ぶことはなく、届けられるものを使用する。頼めば大抵のものは手に入るが、外の様子を知る機会は全くと言っていいほどなくなっていた。


(それが私をブルス家から隠すためだったってこと?)


「心当たりがあるようだな」


「ええまぁ……それでもにわかには信じがたいことですけど」


「想像でしかない部分はあるんだが、そう考えるのにも理由はある。ブルス家がセシリアに縁談の申し出をしたんだが、ビュルシンク家との縁談を理由に断っている。しかも、その縁談は急遽作られたもののようだ」


(そんな話も聞いたことがないわ。私のいないところでどうなってるのよ)


 ビュルシンク家はヒューホの家だ。ブルス家と比べれば力は弱く、因縁などがなければブルス家との縁談を考えるだろう。


「当主がセシリアの力を知っていて、調薬術師のいない家を選んだ可能性が高い。ブルス家は調薬術の名門。確実にセシリアの原料の価値に気づき、力関係は大きく変わる。さらに、王家にそれを隠していたとなると、窮地に立たされることになるだろう。それを防ぐためとなれば説明もつく」


 そこでセシリアはアンネケの披露宴で聞いたことを思い出す。ヒューホとダンスをした後に盗み聞きした内容だ。


『おいおい、どうしたんだ。手応えあっただろ? 結婚して、ビュルシンク家の研究室に入れりゃ依頼は完了じゃねぇか。その後は原料を作らせていればいいだけなんだぜ? 時間かける必要はねぇって。その後にいい魔女を捕まえりゃいいんだよ』


『それに噂ではブルス家のバルトが狙ってるらしいぞ。早くしねぇと取られるかもな。そうしたらお前の立場もヤバイんだぜ?』


(そっか。あれはそういうことだったのね)


 セシリアがその話をするとテオフィリュスは目を鋭くさせる。


「それは聞いたことがなかったな。低俗なやつらだ。しかし、これで話の信憑性は上がったともいえる」


「そうですね。私の原料にそんな効果があるなんてまだ信じられないですけど……検証はしてみたいですね」


(これが本当なら何か私の方法の中で効果的な手順があるはず。それがわかれば発展させることも応用することも可能かもしれないし)


 テオフィリュスは考え込むセシリアをきょとんと見て、少し笑った。


「そうか、そうだよな。検証は重要だ」


「なんですか? 馬鹿にしてます?」


 セシリアが軽く睨むが、テオフィリュスは「いや、そんなことはないぞ」と首を振る。 


「恨みよりも興味が強いのだなと思ってな」


「恨みより興味……確かにそうかもしれません」


「優しすぎないか? ここにリルムガルド王国の者はいない。恨み事を言って咎めることはないぞ」


「優しいわけではなくて、どうでもいいというか。次女の結婚式にいろいろとあって、プツンと何かが切れたんですよね」


 セシリアはその時を懐かしく思う。

 三女の結婚式で扱いが酷くとも達観した気持ちになっていたのは、慣れだけでなく諦めがあったからだ。


「その時ようやく周囲に対して欠片も期待が無くなったんです。期待がなくなると、失望とかそういうものがなくなって冷静になれるというか。恨みが無くなるわけではないですけど、生きるのが楽になりました」


「楽……それは、楽と言っていいものなのか?」


「どうでしょうか。でも、気持ちさえ整理されると酷い環境でもなかったですから。魔術薬の原料さえ作れば文句は言われず、それなりの生活が保証されて、道具が揃っていて、研究に必要だといえば高価な素材であっても簡単に手に入る。もしかしたら、全く部屋から出られなくならなければ、ここまで強引なことはしなかったのかもしれません」


 テオフィリュスと出会ったとき、結婚を申し込むなど大胆なことをしたのは、その影響が強かった。もし強制引きこもりの前であれば、そこまでしなかったかもしれない。


「セシリアを隠すためにしたことが、むしろ国外にまで出てしまう結果になるとは皮肉なものだな」


「本当にそうであったら……少しすっきりするかもしれませんね」


 ふふふっと笑うセシリアにテオフィリュスも微笑む。

 その時、コンコンと部屋にノックが響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る