第20話 昼食

「お気を使っていただいてありがとうございます」


 会食にはならず、戻ってきたテオフィリュスと一緒に部屋で昼食をとることになった。

 精神的に疲れていたセシリアにとってはありがたいことだ。


「完全に回復するまで部屋で休んでいてほしい。もう公務は何もないしな」


「えっ? 会食の後は選手たちや練習場の視察があるのではなかったのですか?」


 セシリアはきょとんとした顔を向ける。

 今日の流れは事前に聞いており、その視察はバハムル王国にとっても重要なものであるはずだ。それが中止とは大事である。

 けれど、テオフィリュスは澄ました顔で答えた。


「公務は全て中止になった」


「全て中止、ですか?」


「当然だ。王子妃が狙われたんだからな」


(王子妃……? 第一王子妃はその場にいたけど、狙われたという訳ではないというか、むしろ狙われたのは私……あっ!)


 怪訝そうな顔をしていたセシリアは思い出す。テオフィリュスが第三王子で自分がその妻になっている、つまり自分が王子妃ということを。


(私が王子妃!)


 わかっていたことではあるが、いまだに王子妃という単語と自分がリンクせずに驚いてしまう。

 テオフィリュスはそんなセシリアを見て呆れたように笑ったが、すぐに顔を引き締めた。


「それに、あの場には第一王子までいた。しかも、捕らえられたのはこの国の貴族。未遂に終わったからいい、なんてことにはならない」


(それは、そうよね。客観的に聞くと、とんでもない一大事だわ)


 他国の王子を巻き込んで自国の貴族が事件を起こしたというのは通常ありえないような話だ。

 セシリアはやっとこの事件の大きさを実感し始める。今までの生活とはあまりにもかけはなれており、周囲のことまで頭が回っていなかった。


「それなら、明日以降の公務にも影響がありそうですね」


「全て中止だと言っただろう?」


「全てって、まさか明日以降もずっとですか?」


「そうだ。この国でやるべきことなど、もう何一つとない。バハムル王国へ急ぐ。通過する場所の領主に挨拶くらいはするけどな」


 表情は何でもないように繕っているが、発する言葉に少しの怒りが滲んでいる。それをセシリアは読み取り、頭を下げた。


「申し訳ありません」


「何がだ?」


「私が狙われたせいでこんな事態になってしまったので」


(本当にまさかこんなことになってしまうなんて思わなかったわ)


 この事件はセシリアが中心にいる。原因と言っても良い。

 ただセシリアとしては、ヒューホが婚約を狙っていたとはいえ、危険をおかしてまで自分を狙ってくるとは夢にも思わなかったことだ。むしろ、セシリアとしては自分が王国からいなくなることなど、誰も気にも留めないことだと思っていたくらいである。それが国の信頼関係にまで影響するほどの事態になってしまった。

 そのことに申し訳なく思っていると、テオフィリュスが「それは違う」と力を込めて言う。


「セシリアは何も悪くない。悪いのは襲ってきたあいつだろ。それに、リルムガルドから何か仕掛けてくることは予想できたことで、対処できなかったのは俺たちの落ち度だ」


(予想していた? 私が狙われていることを? そういえば、テオフィリュス様はずっと私の警備を気にしていたけれど……)


「なんとか怪我もせずに防ぐことができ、リルムガルト王国に貸しを作ることができた。それにバハムル王国へ急ぐ理由ができたのだから、結果としては良かったと言えるだろう。もちろん、ここまで強行してくると想定できず、セシリアを危険にさらしてしまったことついては申し訳ないと思っているが」


 テオフィリュスとしては元々仕掛けてきたところを捕えて問題にする予定だったのである。王都から遠く離れる前に何かしらアクションを取るだろうという想定で動いていたのだ。しかし、予想外の魔術薬の効果に対応しきれなかったことを反省していた。

 セシリアとしては、自分が不用意に動いてしまったことも原因の一つだと感じていたため申し訳ない気持ちは変わらない。ただ、テオフィリュスからかけられた言葉を少し考え「テオ様はどこまでご存知なのですか?」と問いかける。


「それはどういう意味だ?」


「私が狙われることがわかっていたわけですよね? なぜ狙われているのか、誰から狙われているのか、それも全てわかっているということですか?」


 セシリアとしてはそこが最も気になる部分だった。この誘拐未遂事件がもし成功していたとしても、大変な事態になるのは目に見えている。

 それを天秤にかけてもなお、事件を起こしたということは、それだけの価値があったということだ。そして、自分にそんな価値が備わっているとは信じられなかった。


「そうだな。確定しているわけではないが、想像はできている。そして、それが正しい自信もある」


(やっぱりそうなのね。本人がわかってないのに……まぁ家に引きこもっていたから仕方ないわ)


「よろしければ教えていただけませんか?」


「いい話ではないぞ」


「狙われているので当然です」


 セシリアの言葉に「そりゃそうか」と苦笑するが、すぐに真剣な顔に戻る。


「ルクエット家の話になるが、大丈夫か?」


「気を使っていただかなくて結構です。私の実家が関わっていることは想像できますから。ただ、理由がわからないのです。ここまでして私に執着する理由はなんなのでしょう」


 セシリアとしてはそれが不思議だった。

 飛べない魔女としてルクエット家の恥として、家から出ることもなかったほどだ。そして、少しでも家の役に立てと言われて、魔術具や原料を作るだけの生活を送っていた。

 そんな娘が、隣国の第三王子に嫁ぐ。

 優秀な者が多いルクエット家であればセシリアが一人抜けても問題なく、むしろ隣国との繋がりができることは家にとってもメリットが大きいはず。

 どうしてもルクエット家やヒューホが自分を狙う理由がわからなかった。

 しかし、テオフィリュスは確信を持った想定がある。


「これは想像にはなるが、セシリアの作る魔術薬原料が必要だからだろう」


「私が作った原料、ですか? どうしてでしょう」


「おそらく、セシリアの作る原料がなかったら、アンネケは神薬を作ることができない」


 セシリアは「まさか」と溢し、言葉につまるのであった。

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