第19話 目覚め

(昨日の宿?)


 セシリアが起きるとそこは見覚えのあるベッドだった。寝起きで少しぼやけた視界でも、今朝見たばかりの景色は覚えている。


 (また自分の意識がない間に寝かされることになるとは思わなかったわ。テオフィリュス様が運んでくださったのかしら)


 そんなことを思いながら起き上がろうとした。

 しかし、力が入らず、うまく起き上がれない。


「リア! 気がついたか!」


 ベッドのそばにいたテオフィリュスが気づき、起き上がろうとするセシリアを支える。

 リシェは薄暗い部屋の灯りを増やしてくれた。


「ありがとうございます。すみません、まだ力が入りにくいようで」 


「気にするな。睡眠薬の効果がまだ残っているのだろう。そんな状態なのにすまないが、体調を教えてくれるか? どこか痛いところ、気分が悪いなどはないか?」


 セシリアは少し身体を動かす。どこにも痛みはなく、違和感もない。頭も徐々に覚醒していっているので、少しずつ調子が良くなっていっているような気がする。

 心配そうに見つめるテオフィリュスの方が問題を抱えてそうなくらいだ。


「特に問題はないようです」


「無理はしていないだろうな」


「していませんよ。しばらくしたら普通の状態に戻るはずです。ご心配なく」


「本当か? そういえば事件が起きた時も、薬のことをよく知って――」


「失礼いたします」


 テオフィリュスを遮ったのは侍女のリシェ。水を入れたコップをトレイに乗せて持っていた。

 リシェは二人の間に割り込むと「お水はいかがですか?」とたずねる。


「ありがとう、リシェ。助かるわ」


 リシェから聞かれてセシリアはのどが渇いていたことに気がついた。

 コップの中身を飲み干して、ふぅと息をつく。


「もう一度お休みになられますか?」


 リシェは空になったコップを恭しく受け取り、セシリアのことを気遣った。

 まだ力が入りにくい状態でベッドに座っているのは辛いだろうと思ったからだ。


(ベッドに寝たまま話をするなんて……でも今は姿勢よく座るのも難しいし、ベッドに座ったままよりマナー的にはマシかな?)

 

「そうね。少し横になろうかしら」


 正解はわからなかったが、リシェが勧めるならその方が良いだろうと再度横になる。


「すまない。俺が気をつけなければいけなかった」


 そんなやり取りを見ていたテオフィリュスが反省したように言った。

 見たことのないテオフィリュスのしゅんとした態度を見て、可愛らしく思い少し笑ってしまう。


「リシェは私のことによく気がついてくれますから」


「それなら専属侍女として、いつも共に付いていてもらったほうがいいのかもしれないな」


「それは、是非そうしていただけるとうれしいです。あっ、その時はイナも一緒にしてください」


「侍女の配置をすぐに変えることは難しいが、進言はしておこう」


「ありがとうございます」


 リシェと部屋の入口で控えているイナは深々と頭を下げる。

 王子とはいえ、侍女たちのことに口出しはしにくい。むしろセシリアが采配するところではあるが、今の状況ではそれも難しいだろう。

 第一王子妃から間接的に伝えてもらうしかないが、もちろんリシェとイナの役割はセシリアのお世話以外にもあり、専属侍女になるとその仕事を振り分けなければならない。警備のことであれば問題ないが、侍女のことになるとテオフィリュスには手を出しにくい部分だった。


「それで、睡眠薬のことですが……」


「その話は後にしよう。休んでいてくれ」


「体が重いだけで意識ははっきりしていますので大丈夫ですよ」


「そこまで急ぐことではない。しばらくすれば体調は戻るのだろう?」


「ですが、今回の睡眠薬について、私しか知らないこともあるでしょう。早くわかっていたほうが対応しやすいこともあります。むしろ、こんな姿勢でお話ししてもよいのであれば話させてください」


 横になりながらもまっすぐ視線を合わせるセシリア。テオフィリュスは少し悩んだ末に口を開く。


「ありがとう。リアは睡眠薬について詳しいのか?」


「詳しい訳ではありません。睡眠薬の知識としては学園で習ったものくらいで、テオフィリュス様もご存知かと」


 睡眠薬は学園でも習う一般的な魔法薬の一つだ。元は不眠の人のために開発された薬で体に害はない。


「睡眠薬は知っているが、本当にこれは睡眠薬なのか?」


「睡眠薬の香りと今の私の状態から、間違いないと思います。私を守って直接浴びた護衛の方々も、眠りから覚めてしばらくすれば普通の状態に戻るはずです」


「リルムガルドの睡眠薬は蒸気で瞬時に昏倒させられるものなのか?」


 魔術薬の開発が遅れているバハムルであっても睡眠薬の存在は知っている。けれど、それは蒸気を吸っても眠気が出る程度だ。

 睡眠導入剤としての効果であって、人の意識を奪うような薬などない。

 けれど、それはリルムガルドでも同じこと。

 今回は特殊である。


「いえ、普通はできません。そこが問題なのです。あそこまで効果が高い睡眠薬は……私の妹、アンネケが作った物で間違いないでしょう」


 唯一そのような睡眠薬を作れるのはアンネケだけ。三種の神薬があまりにも有名で目立たないが、当然他の魔法薬の効果も高い。

 実際に使っているところは見たことがない。けれど、その噂は聞いている。


「そんなものまで作れるのか」


「睡眠薬の原料は依頼されたことがあるので作っているはずです」


 魔法薬の原料は全てセシリアが作っており、その原料が何に使われるものかを知っている。つまり、アンネケが作った魔法薬のことは全て予想できるということだ。


「あの男がそれを手に入れて使ったということだな」


「えぇ、ですがここまで強力なものは危険なので厳重に保管されているはずです。ヒューホ様個人が手に入れるのは難しいので、誰か別の者が関わっているかと……」


「なるほどな。やはりそうか」 


(テオフィリュス様は何が起こっているのかわかっているのね)


「起きたばかりでいろいろと聞いて悪かった。しばらくしたら昼食にする。少し報告をしてくるから休んでいてくれ。すぐに戻る」


 何かを納得した様子のテオフィリュスがそう言った。

 セシリアは何が起こっているのかを聞こうとしたところで、違和感に気づく。


「昼食? えっ? 今何時ですか?」


「今は十二時前だな」


(えっ!? あれから一時間も経ってないの!?)


 部屋は暗く、灯りをつけている。セシリアの常識では昼に灯りをつけるなどもったいなく、カーテンはそこまで遮光してくれない。


(すっかり夜だと……あれっ? 昼食って会食だったんじゃ……今は無理だわ! 動けないことにしようかしら……)


 そんなことを考えながらベッドでゴロゴロとするセシリアであった。

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