第22話 再出発
部屋にノックが響いた瞬間にセシリアの微笑みが固まる。
二人で向かい合って微笑む雰囲気は、端から見て仲睦まじい。そのことに気づいて気恥ずかしさに顔を赤らめた。
(なんだか恋人同士みたいな雰囲気だったんじゃ……って夫婦だから! 話していた内容も物騒だし!)
表情が変化するセシリアをテオフィリュスは少しの間見てから表情を引き締める。
そして、執事に合図を出して、ドアを開けさせた。
「ご歓談中失礼します」
そう挨拶したのは護衛隊の兵士だ。
テオフィリュスの部下であり、第一王子の護衛をしていたが、今回の件を受けて何人かセシリアの護衛に引き抜いている。
第一王子が優先されることに変わりはないが、明らかにセシリアが狙われている状況で配置を変えるのは当然だ。
「どうした」
兵士はチラリとセシリアに目を向けて発言するかどうかを迷った。
テオフィリュスはそれを見て大丈夫だというように頷くと、兵士は敬礼をして答える。
「この宿の周辺で怪しい動きがあり、おそらくルクエット家が雇った者とビュルシンク家の兵士だと考えられます」
「焦っているようだな。今準備をしているということは、夜になれば仕掛けてくるつもりか」
(今晩仕掛けるって? しかもルクエットとビュルシンクってことは、また私を狙って?)
セシリアが驚きに目を丸くする。
すでに昼に襲われたばかり。それなのにまたすぐに狙われるとは思ってもいないことであった。
しかし、そんな心情とは裏腹に兵士は力強く頷く。
「その可能性が高いかと」
「出発準備は?」
(えっ? 出発準備?)
「至急進めています。二十分後に出発予定です」
「わかった。すぐに準備しよう」
兵士は敬礼をして出ていき、テオフィリュスは執事や侍女に指示を出す。
テオフィリュスたちはルクエット家の動きをいくつか想定しており、様々な状況での動きを事前に決めていた。今回の件も想定済みである。
自分を置いて平然と進んでいく話に、セシリアは呆然としていた。
(どういう状況なの?)
再び自分が狙われており、それで次の町に出発する。そんな急な話に戸惑いを隠せなかった。
指示を出し終わったテオフィリュスはセシリアに向き直る。
「急なことですまないが、今から次の町に向かう」
「今から、ですか?」
「ああ、このままこの宿に留まるのは危険だ」
セシリアはフッと競技場での事件を思い出し、不安が押し寄せる。
「狙われている状況で外に出て大丈夫なんですか? 睡眠薬の件もありますし……」
「睡眠薬の対策は考えている。それに、守りを固めて動けば手出しはできないだろう。相手はここに突入する計画を立てているはずだ。移動することでその作戦を崩し、さらに怪しい人物が実際に敵かどうかを判断することもできる。こちらが動けば必ず相手にも動きがあるからな」
テオフィリュスはスラスラと自信を持って答えた。所属は軍の魔術研究部だが、護衛の任を受けることは多い。このような事態にも慣れている。
(当然一番安全な方法を考えているわよね。素人の私が口を出さない方がいい、というか、またルクエット家……)
「申し訳ありません。また私が原因でこんなことになって」
「それについてはセシリアは悪くないと言っただろ? 気にしなくていいし、必ず守るから安心してほしい」
その言葉でセシリアを助けるために飛んできたテオフィリュスのことを思い出す。
それでも、守られているだけでは駄目だと考える。
(できることをしないと。私が当事者であることは変わりないんだから)
「私が知っているアンネケの薬をお伝えします。それに、できれば対抗する魔術薬を作ってください。あとは箒の調整も」
テオフィリュスは少し驚いた表情をして「さすがだな」と呟く。
「なにですか?」
不思議そうにするセシリアは理性的だ。
通常、こんな緊急事態に慣れているはずがない。しかも自分が狙われているとなれば、もう少し取り乱してもいいはず。
それなのにセシリアは家を出る時でも急な予定変更でも、文句も言わずに合わせられる。その胆力と行動力はテオフィリュスにとってありがたいものであり、また好ましいものだった。
「いや、なんでもない。薬の話は変装してからにしよう」
「わかりました……変装?」
「ああ、使用人の姿で馬車に乗り込む。敵を欺くため、そして動きやすくするためだな。男装がいい」
その言葉にセシリアはきょとんとして「男装ですか?」と答える。
もちろん男装はしたことがない。それほど服にこだわりの無いセシリアだが、男装には少し戸惑いがあった。
「使用人になったところで男女が同じ馬車に乗っているのは不自然だ。俺の従者として乗ってもらう」
「……わかりました」
こうしてセシリアは従者の姿になって馬車に乗り込み、次の町へと出発するのであった。
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