第15話 視察
朝食の後、セシリアは第一王子一行と共に町の店を視察しつつ、競技場へと向かう。第一王子と共に行動するのは警備の問題だ。
テオフィリュスは現在軍部に所属しているとはいえ第三王子、そして、セシリアは王子妃になっている。
もともと第一王子とテオフィリュスは共に行動することになっていたため、その内容で警備の計画がされていた。余剰人員を確保しているとはいっても、バラバラに行動されると十分な警備ができなくなるのだ。
(それにしても、私に付きっきりでいいのかしら)
テオフィリュスとセシリアはずっと一緒にいて、第一王子から少し後ろを歩いていた。第一王子は視察であるため、説明を受けて商品を確認している。
ただ、セシリアたちにそんな仕事はない。ということで、二人は普通に観光を楽しんでいた。様々な店を冷やかしながら歩き、あるジュエリーショップに着く。
「ほぅ、ここがジュエリーの店メルティーキュービィか」
「なんというか、すごく煌びやかな店ですね」
「さすがは王国一の店と言われるだけあるな」
「王国一の店……ここがそうなんですね」
セシリアは感嘆の声を上げつつ店内を見回す。
リルムガルド王国民であるセシリアよりテオフィリュスの方が町について詳しく、教えてもらうことの方が多かった。
(さすがね。私がここにいて大丈夫なのかな? ドレスコードとかある?)
店の中は王宮の中かと思うほど豪華で綺麗に整えられており、セシリアは入るのを躊躇ってしまったくらいだ。
テオフィリュスは慣れているのか、さらりと商品を見ていく。セシリアは目をキョロキョロとさせているが、実質何も見えていないような状態だった。
「これとかいいんじゃないか?」
それは箒に使われる植物ジェニスタの葉をモチーフにしたブローチ。中央には虹色に輝く宝石、そして葉の先まで惜しげなく散りばめられたダイヤによって煌めいている。
「わっ、綺麗……! すごく、綺麗ですね!」
(って、語彙が! もっと何かあるでしょう!)
セシリアはジュエリーの素晴らしさを表現しようとしたが、言葉が『綺麗』しか出てこずもどかしく思う。
そんな姿を見ながらテオフィリュスが微笑みをこぼした。
「セシリアに似合いそうだ。着けてみるか?」
セシリアはチラリと価格を見て「ひぁっ」と変な声を出した。
(これがこんな価格なの!? それだけあれば研究の材料がどれだけ買えることか)
「あの、そんなに豪華なブローチはちょっと……」
「ある程度豪華でないと困るぞ。バハムル王国に入るときはそれなりの服装になるべきだからな」
「私としては今のままでも問題ないのですが……」
(いや、さすがに問題か)
今のセシリアは無地の黒いローブというラフな格好である。
魔法使いらしいといえばそうだが、それにしても地味な服装だ。
「まぁ俺としては気にしないが、ドレスを着なきゃならない場面もあるだろう。そんな時、周りにうるさく言われるのも嫌じゃないか?」
「それは……嫌ですね」
(ドレスを着る時は当然あるわよね。一応第三王子妃になるんだし。何も持ってないのはまずいかな)
もともとドレスに合うような装飾品などまったく持っていない。
多少は社交界に出なければならないことを考えると、少なくとも数点は持っている必要があるだろう
「後々どうせ購入することになるんだ。それなら自分で好みの物を選んだ方がいいだろう?」
(そう言われたらね。でも、この値段を見て決めるのは勇気がいるなぁ。もう少し安く購入できる所で買いたい。むしろ、この店なら私じゃなくて、テオフィリュス様の装飾品を選んだ方がいいでしょ)
「私のものだけでなくとも良いのではないですか? テオフィリュス様の好みの装飾品とかありませんか?」
その言葉にテオフィリュスはニヤりと笑う。
「なるほど。俺の好みでセシリアの物を選んで欲しい、ということか」
「違います! テオフィリュス様の装飾品を買いましょう! ほら、あちらに男性向けの物がありますよ」
そこにはブレスレットや指輪、マントを留めるブローチ、箒に目印としてつける輪など、様々な商品が並んでいる。
女性向けと比べると種類は少ないが、服や帽子、箒につけるタイプは男性にも人気だ。
しかし、テオフィリュスはそれを見て少し悩む。
「バハムル王国で男はこういった装飾品を着けないな」
「そうなのですか?」
「特に宝石が付いている物は女性向けだけだ。男性向けは金属のみで作られることはあるが、そもそも着けない方が多い」
テオフィリュスは黒の軍服で、ボタンや襟章は付いているがほぼ真っ黒。
周囲の護衛たちも同じようなものだった。
「そういえば、第一王子殿下も着けておられないですね。テオフィリュス様の箒にも付いていませんでしたし」
「そういうことだ」
「じゃあお互いにつけてみませんか?」
セシリアの提案にきょとんとするテオフィリュス。
セシリアとしては、自分のためだけに買うというのではなく、テオフィリュスと一緒であれば気が楽だと考えたのだ。
それに、テオフィリュスが自分も付けるとなれば無難な物を選ぶだろうという魂胆もある。
テオフィリュスとしてはお揃いでジュエリーを身につけることをセシリアが提案するということが意外であった。
「お互いに? 俺もセシリアと同じものをつけるということか?」
「そうです。ここはリルムガルト王国ですし、ジュエリーに挑戦してみてはいかがですか?」
テオフィリュスは少し考えて答える。セシリアがあまりにも平然としているので文化の違いなのかと考えていた。
「二人で同じものをつけるというのはよくあることなのか?」
「えっ? え、えぇ、まぁ、そうですね。ほら、あそこにはペアで売っている物がありますよ」
セシリアはお揃いでつけるという意味を意識していなかったため、慌てながらもそう答える。
学園で婚約した人たちがそんなことをしているのを見聞きしたことがあった。そんな記憶の片隅に残っていたことを掘り出して答えたのだが、実際は状況や年齢で変化するものだ。
ペアでジュエリーを買う人は若く、また既婚者ではないことが多い。学園を出てから家に閉じ込められていたセシリアは、そのことまでは知らなかった。
「たしかに売ってはいるが……まぁ、夫婦なら普通のことなのか」
「そうですね。普通のことです。行きましょうか」
努めて平然としながら断言するセシリア。それがこの国の文化なら受け入れようと考えているテオフィリュスを連れて進む。
(失敗した……! もう少し落ち着いた雰囲気にしてくれればいいのに!)
愛を全面に押し出してキラキラしている一画は、セシリアにとって近づくだけで精神力が削られるような場所だ。
それでも言ったからには突き進むしかない。
セシリアはギクシャクしながらテオフィリュスと共にお揃いのピン留めを購入するのであった。
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