第16話 競技場
視察の最後は角が丸みを帯びた四角形の建造物、アヤクス競技場。都市の中でも一際目立つ建物である。大会の日は多くの人、一般市民だけでなく貴族階級の者や大商人、聖職者までもが集う。
建物の一階と二階は一般市民、三階、四階は高位の者専用の階になり、場所による格差はあるものの、皆が楽しめる娯楽だ。
競技場の最上階、四階に登ったセシリアはその圧巻の光景に感嘆の声を上げた。
テオフィリュスは「ここに来るのは初めてなのか?」とセシリアを見る。
「アヤクス競技場は初めてですわ。王都の学園にも競技場はありましたが、これほど大きくはなかったのです」
「たしかにこれは立派だな。バハムル王国にはここまで大きな競技場はない」
セシリアは「あら?」と不思議そうな声をこぼす。
「意外ですね。バハムル王国ほどの大国であればありそうですが」
「大きくても半分程度だな。飛箒術の競技会ならいいだろうが、バハムル王国では開催されない」
「……あっ、なるほど。そうでしたね」
(そっか。バハムル王国には魔術使いが少なかったわね。それじゃあこれだけ大きい必要もないか)
リルムガルド王国では魔術使いが数多くいる。
上位階級だけでなく、分家で衛兵や文官になっている者も魔術使いだ。中には競技専門の人までいたりする。
バハムル王国には魔術使いが少なく、競技するような規模にならない。
リルムガルド王国でも魔術使いは中央に偏っているため、ここまで大きな競技場はここにしかなかった。
「念話術の競技ならあるんだがな。それでも競技は地上で行われる。こんな高いところから見にくいだろう?」
(それはそうだわ。ここからじゃ地上の細かいところまでわからないもの。競技といえば飛箒術で気が付かなかったわ)
競技場では様々な種目の競技があり、その中でも人気なのが飛箒術の三大競技「輪」「落」「投」の三つ。
「輪」は設置された輪を全て通り抜けて最後にフラッグを取るまでの時間を競う。「落」はボールを落として十ヵ所ある相手陣地の枠に入れると相手の点数が減り、相手の持ち点がなくなれば勝利。「投」はボールを投げてパスしながら相手のゴールに入れ、一定時間内に多くいれた方が勝利。
他にも単純に直線的な速さのみを競う「速」、一定空間の中を踊るように動いて飛行技術を競う「舞」など様々だ。
そして、今日行われる競技は「輪」である。
その舞台は下から順に輪を通り抜けて、最後のフラッグが四階付近になるのだ
「この競技場は飛箒術用の造りをしているのですね」
「そうだな。飛箒術ならこの位置は見やすいが、地上の競技なら二階が程度が見やすい。バハムル王国でこれほど階段を登ることはなかったな」
「すみません。私に付き合わせてしまって」
上の階に行く者はたいてい飛箒術が使える者である。しかし、バハムル王国の者やセシリアは飛べない。
テオフィリュスは先に飛箒術で安全確認した後わざわざ降りてセシリアと共に階段で登っていた。
「それは当然だろう。むしろ俺が箒に乗せて飛べたらよかったんだがな」
「飛箒術は一人用ですからね」
セシリアがそう言うと、テオフィリュスは意味ありげに笑う。
そして、少しトーンを落としてこっそりと話す。
「ここだけの話だが、バハムルの研究所では二人乗り用箒の開発を進めている」
「二人乗り用……それは、人だけを乗せるのですか? それとも?」
「もちろん人だけではない」
(やっぱりそうよね。これはかなり重大ことだわ)
飛箒術で飛べるのは自分の体と箒のみ。服や鞄程度なら問題ないが、十キロも持てばまともに飛べなくなる。人など子供でも運べない。
「それは、私に話しても良いのですか?」
「あぁ、その研究チームにも参加してもらうだろうからな」
なんでもないことのように話すテオフィリュスを複雑な目で見るセシリア。
飛箒術は戦争にも用いられ、主に防衛戦で活躍した。飛箒術を用いた基本攻撃は敵陣に火や油を落とすこと。競技の「落」はこの戦術から考えられたものだと言われている。
火を用いるのは効果的かつ軽いからだ。これがもし、重量物を運べるようになれば、戦略の幅が広がるだろう。国の力に直結するような話だった。
(本当にいいのかしら。私が情報を流したりしたらどうするつもり? もちろん、そんなことはしないけれど)
急な極秘情報で体に力が入っていると、競技が始まった。
一番手はファース・ポストマ。法貴族名門ポストマ家の分家の三男であり、その巧みな飛箒術から騎士の称号を持つ。
ファースは最初からスピードを出し、次々に輪をくぐり抜けていく。
(すごい!)
目が離せなくなるほど巧みに箒を操作するファース。カーブでも素早く飛び、どんどん上への上昇していく。
そして、最後の輪に設置されたフラッグを取りゴール。ファースはその勢いのままくるりと空中で一回転するとフラッグを掲げてみせた。
沸き起こる歓声と拍手で競技場が震えるようだ。
「これは想像以上だな」
「ええ、やはり熟練者は違いますね!」
セシリアが見たことがあるのは、学園の生徒の競技だけ。その時、スピードを出すのは直線的な動きのところだけで、スタートもカーブも慎重に飛んでいた。飛箒術の才能があると言われていた生徒でもここまでではない。
「意外だな。飛箒術の競技が好きなのか」
「意外……? あぁ飛べないからですか?」
はっきりと言うセシリアにテオフィリュスは「まぁ、そうだな」と曖昧に答える。
飛びたくても飛べなかった過去から、飛箒術のことは好きになれないのではないかと考えていた。しかし、セシリアは自分のこととは切り離して考えている。
「飛べませんけど見るのは好きですよ。箒をどう変えるかの参考にもなりますし、単純に目を惹かれますしね。あっ次の人もすごいですよ!」
普段より少しテンションの高いセシリアを見て、テオフィリュスは「これは気合いを入れないといけないな」と呟くのであった。
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