第17話 輪

 セシリアたちは、選手が次々に速さを競って挑む「輪」を観覧していた。


「この選手は加速減速が多いですね」


「直線で急ぎすぎだな。減速せずに曲がれるならいいが、そうでないならむしろもう少し速度を落とした方がいい」


「速さより操作性を重視した箒の調整が良さそうです」


「操作性を重視する箒か。箒の調整はどうやってするか聞いてもいいか?」


「ええ、もちろんです。箒の枝の向きが一番重要なんですが、もっと言うと枝の選定から始まって……」


 その間、テオフィリュスと箒の調整についてや、この選手の箒はどんなタイプか、あの選手にはどんな箒が合っているか、などという話をして過ごす。

 そうしているうちに、大会の関係者がテオフィリュスを呼びに来た。


「そろそろ俺も準備か」


 テオフィリュスはこの競技に参加する予定だ。選手としてではなく特別演技であり、最後の方に登場する。

 本当はそれでも最初から控え室で準備しておくものなのだが、第一王子の護衛という名目で特別に出番まで四階の方にきていた。

 実際はセシリアの護衛で、第一王子とは少しはなれているのだが。


「競技、頑張ってくださいね。応援しています」


「あぁ、誰よりも早く駆け抜けてやろう」


「いえ、無茶はしないでください。勝ち負けも無いんですから」


 自信を持って言うテオフィリュスを、セシリアは真面目な顔で止める。

 「輪」は順番通りに輪の中を通ってゴールに進むという単純なルールの競技。飛箒術が使えるなら子供でもできるほど安全だ。けれど、タイムを競ってスピードを出すような場合は、それが一転する。

 高速で飛んでいるときに、少しでも輪に当たれば大怪我につながるということは明らかだ。もし、その衝撃で大きく弾かれたりして、箒から手が離れてしまえば、高所から真っ逆さま。死人が出る可能性さえある。


 大会を見ている中でも、数名の選手は輪に当たってしまっていた。その中の一人は弾かれた先にあった別の輪に当たり、その衝撃で意識を失って墜落。会場に悲鳴が響いたが、安全のために周囲を飛んでいる救助人が助けて命は無事だった。

 経験のある選手でさえそうなのだ。ましてや、テオフィリュスは競技にも慣れていないだろう。

 セシリアは本当に大丈夫なのかと心配だった。

 しかし、その心配をよそにテオフィリュスは軽く笑う。


「無茶はしないさ。この箒があれば問題ない」


 そう言って示したのはセシリアが改造した箒。

 ただ、それを見たところで安心はできなかった。それどころか、より不安になる。


「テオフィリュス様がいつも使っている箒にしてください! これはまだ使い始めたばかりじゃないですか!」


「それでも明らかにこちらの方が飛びやすい」


 テオフィリュスの率直な意見に言い返そうとするが言葉が詰まった。

 その箒はセシリアが手掛けた物。箒の作り手として、それを褒められることは純粋に嬉しかったのだ。


「それは、光栄ですけど……!」


「まぁ見ていてくれ」


 そう言い残してテオフィリュスは競技の準備に向かう。


(本当に大丈夫なの?)


 テオフィリュスの実力を知らないセシリアは不安だったが、もう行ってしまった後。できることはなく、無事なことを祈るしかない。


(おとなしく観覧しているしかないかな。でも、ちょっと気まずいわね)


 テオフィリュスには護衛が数人だけついていき、大多数の護衛はここに残っている。それでも、その中にリシェとイナのような知っている人はいない。 

 侍女が一人ついているが、セシリアのそばにいるだけだ。セシリアが侍女を必要とする場面がほとんどないから、ということもある。


(やっぱりリシェとイナに来てもらったらよかったかしら。でも、そんなことをしたら角が立つのよね)


 セシリアは急遽王子妃になったため、専属の侍女はいない。今ついている侍女は、王子の侍女を仮でつけただけだった。

 使用人には上級と下級にわかれており、リシェとイナは下級使用人だ。上級使用人は貴族令嬢しかなれない。王子の侍女を断り、下級使用人をつけたなどとなれば問題になる。

 専属侍女は別枠にはなるが、上級使用人から選ばれることが多い。


(バハムル王国は難しいわ。その辺りはリルムガルド王国の方が……いえ、同じことね)


 セシリアはふぅと溜め息を吐く。

 リルムガルド王国では使用人に上級、下級という区切りはなかった。それぞれの役割の中での上下関係だけである。

 そもそも、貴族出身なら魔法が使えるので、それに適した職につき、使用人になる人など滅多にいない。


(あれ? どうしたのかしら)


 リムルガルド王国の兵士らしき人がバハムル王国の護衛と言い争っていた。そして、その話の中にセシリアの名前が出ていることがわかる。


(私に何か用?)


 聞き耳を立てていると、テオフィリュスがセシリアを呼んでいるから連れていきたい、とのことだった。しかし、バハムルの護衛はセシリアを守るように厳命されているため了承することはない。


(何かあったの?)


 セシリアは立ち上がりそちらへと近づこうとすると、護衛がすぐに反応する。

 

「お騒がせして申し訳ありません。こちらでお待ちください」


「でも、あの方々は私に用があるのですよね」


「テオフィリュス様よりセシリア様を守るようにとのご命令です」


 その時「セシリア様!」と呼ぶ声が聞こえた。声の方向に目を向けると、五名の兵士の後ろから出てきた人が見える。それは、舞踏会で一緒に踊ったヒューホであった。


(あれは、ビュルシンク家のヒューホ様? どうしてこんな所に?)


「やはりそこでしたか! セシリア様!」


 そんなことを言いながら貴族証を見せて割り込んでくるヒューホ。護衛としても他国の貴族を無碍にはできない。


(ヒューホ様がここの運営に関わることなんてあるのかしら)


 兵士は通さないがヒューホは一人護衛を抜けて歩いてくる。


「ヒューホ・ビュルシンクです! 舞踏会であなたと踊った!」


 セシリアが不思議思って見ていると、気づかれていないと思ったヒューホがそうアピールする。


(どうしてそんなことを!)


 セシリアは周囲からの視線を感じた。

 何もやましいことはないが、テオフィリュスと結婚しておいて別の男とダンスを踊っていたとなると、印象は悪いだろう。しかし、ダンスを踊ったことは本当のことだ。それを隠すことはできない。

 ヒューホにダンスを誘われて、とっさに応じてしまったことを後悔する。

 セシリアは睨み付けながら護衛を連れてヒューホに相対した。

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