第10話 Side. テオフィリュス

 バハムル王国第三王子テオフィリュス・ヴォルテルス・バハムルは第一王子の付き添いでリルムガルド王国に来ていた。

 表向きは第三王子結婚の祝福だが、それだけではない。リルムガルドの国王と第一王子は同い年ということもあって交流がある。そこで、魔術関連の協力関係をより強化したいという意図もあった。

 舞踏会の後には国王と王子の談話が予定されている。

 そこで決めた内容を国に持ち帰り、承認を得て国として条約を結ぶ流れだ。


 そこにテオフィリュスが参加していることにも理由がある。

 テオフィリュスは魔術が堪能だった。魔術に優れていると言われている王子、王女の中でも頭一つ抜けている。

 次の国王となる王太子に選ばれるのは基本的に第一王子であるのだが、第三王子がいいのではないかという話が上がり始めるほどに。

 

 そのため、テオフィリュスは政治的な混乱を避けるため、王宮を抜けて軍部に入り、その中で最も興味を持っていた魔術研究部に所属したのである。

 とはいえ第三王子であることに代わりはなく、王位継承権は残るのだが、さすがに軍部にまで入る者を王太子として擁立するような者はいなかった。

 

 第一王子からの信頼は厚く、魔術に精通し、さらに留学経験もあるテオフィリュスだからこそ談話に参加し、バハムル王国が不利益を被らないようにする役目を担ったのだ。

 そして、それまでの間は暇だったので、別の場所でのんびりしようと思っていたのだが、第一王子から舞踏会には参加して、花嫁でも連れてこいと言われた。

 

 半分冗談半分本気である。

 国で最も魔術に長けたテオフィリュスが子供を作らないというのは国として黙っていられることではない。三十歳になれば強制的に結婚することになるだろう。

 そして、それを待つ令嬢がいることも一つの問題となっていた。テオフィリュスが来年三十歳になるのを見越して結婚をせずにいる高位貴族の令嬢が複数いるのだ。


 テオフィリュスは結婚がしたくなかったわけではなく、興味がなかっただけ。というよりも、気を使うのに疲れてしまうので結婚していなかった。

 研究のことばかりにかまけていたため、流行のことも芸術のこともわからない。そんな中で令嬢と話が合うはずもない。


 結局、テオフィリュスとしてはもう結婚しなきゃいけないなら勝手に決めてくれという気持ちになっていた。

 それを許さなかったのは国王である。国王は公爵、侯爵家ではなく伯爵家、その中でもパッとしない家の令嬢と結婚した。

 それはかなり珍しいことで批判も出たが、産まれてくる子供たちが優秀だったため、称賛する声が高まった。

 国王は強い愛があったからこそだと信じ、子供たちは三十歳になるまでに運命の花嫁を探すように言いつけられていた。


 ただ、それとは別に花嫁探しはするべきだともわかっている。

 操天術や調薬術などの魔術は国益に直結することだ。

 リルムガルド王国に公爵などという位は存在せず、法貴族、政貴族、軍貴族という三つに別れており、それぞれで順位がつけられている。

 序列第十位の者であっても、バハムル王国の公爵より強い力を持っているだろう。

 それほどまでに力の差があるため、この会場にいるなら誰とでも結婚が国益となるくらいだった。

 

 それがわかっているテオフィリュスは、意を決して名も知らぬ令嬢にダンスを申し込んだのだが、ことごとく振られることになる。

 テオフィリュスはダンスすらも断られることに衝撃を受け、第一王子からは何とも言えない目で見られ、会場を出てフラフラとさ迷った。

 そして、たまたま見つけた王宮に入ろうとして追い払われ、今度は別方向にと思って歩いていた時のこと。何かを探すような動作の後に庭の奥に駆けていく令嬢が目に入った。

 

 何か緊急事態かと追いかけると、ちょうど猫が飛び降りるところだった。

 タタタッと走り去る猫。引き裂かれたドレス。怒ることもなく哀しみを湛えた表情で天を仰ぐ令嬢が口を開く。


「こんな世界は滅べばいいのよ。そんな魔術なかったかしら。ねぇ、貴方は知らない?」


 テオフィリュスは月に語りかける令嬢の姿が神々しく女神のように見え、暗くなりゆく時間も相まって、本当に世界が滅びゆくのではないかと錯覚するかのようだった。

 思わず踏み出すとガサッと草木が鳴り、バッと令嬢がこちらを向く。

 その驚きの表情は人間味に溢れていてテオフィリュスはむしろ安心した。

 そして、しまったという表情や訝しげな表情、後悔する表情などを経て、澄ました表情を作る。


「何か御用?」


 そのぎこちない平然とした態度と、凛とした顔立ちとのギャップ。

 テオフィリュスは思わず微笑んでしまいそうになるのを堪え平然とした表情を作る。ただ、向かい合った二人がお互いに表情を堪えあった状態に、むしろ笑いが込み上げてきて笑ってしまった。

 そうなると百面相のように変わった表情も、全てが面白く感じてしまう。


 その後、何とか気を取り直して話をしたが、何やらわけありの令嬢の様子で、いろいろと気になる点が多い。

 そうしているうちに「……帰らせていただきますので、お名前をお聞かせください」と言われた。


「名前?」


「後ほど上着をお返しいたしますので」


「あぁそういうことか。私の名前はテオ……テオだ」


「家名を聞かせていただけますか?」


「忘れてしまったな」


 こんなことを言ってしまったのには、自分自身でも驚くことだった。

 猫を見つけた強大な念話術の力、複雑そうな環境に興味を持ったというのもあるが、もう少し話してみたいと感じたのである。

 散歩に誘うと意外とすんなり「少しだけなら」と答えてくれた。


 リアと名乗る令嬢との会話は意外なほどに楽しかった。

 変化する表情に引き込まれて、からかうようなことをつい言ってしまうが、それでも腕から手は離さず、散歩に付き合ってくれる。

 庭にある花は見事だったはずだが、全く見えていなかった。

 そして、そんな浮かれた気分を正すような言葉がリアから出てくる。


「ほとんど飛べない私は魔女と言えないような存在なんです」


 これは不可解な話だった。

 バハムル王国の最新の研究では、魔術使いは3タイプに分かれる。

 タイプ1は体内にある魔術の力、魔力を道具に移すことができる者、タイプ2は魔力を放出・拡散ができる者、タイプ3は魔力を体内で使うことができる者。

 念話術を使うということはタイプ2で間違いないはずで、通常はタイプ1の飛箒術が使えるはずがない。

 そこには何か未知の技術があるはずだった。

 しかし、リアは平然と言った。


「そんなわけないでしょう。私は家でずっと魔術薬を作っているだけですわ」


 テオフィリュスはそのことに怒りさえ覚えた。

 そこまでの技術を持った者を閉じ込め、冷遇するリルムガルド王国に対して。

 同じく魔術研究をする者だからこそ、その発見、技術、成果に正当な報酬を出すべきだと憤ったのである。


「もし良かったらなんだが……その知識、我が国バハムルで使ってみる気はないか?」


 そう言ってから冷静になり、急すぎる提案だったと思った。けれど、意外と真剣に考えている様子に安堵する。

 そして、リアから「結婚しませんか?」と提案され、全てが吹き飛ぶような衝撃を受けた。


「はっ? ……本気か?」


「本気でなければこんなことは言いません。テオも私も結婚相手を探しています。それに、私は家を出たい、テオは私に仕事をさせたい。お互いにメリットがあるとは思いませんか? ただ一つの問題が私が魔女で国外に出られないということ。でも、結婚すれば出られる可能性があります」


 この時、テオフィリュスは気づいた。リアの力の強さに、国の意向でそんな待遇になっているのかと思っていたが、実際は家だけの問題ではないのかと。


(家……家を出たいのか。国が関わっていないなら結婚で出られる?)


「なるほど、たしかにそれなら可能性はあるが……」


 それと同時に、まだ自分がバハムル王国第三王子だと明かしていないことにも気づいた。

 そして、それを明かしたときに結婚の話が無くなることを恐れてしまう。


「今より窮屈ということはないでしょうから……あの、断っていただいても全く気にしませんので遠慮せずに言ってください」


 そう言われて、我ながら情けないと思い覚悟を決める。そして、婚約者になり、本当の名前を明かした。


「さて、これから忙しくなるな。リアは今から引っ越しの準備をしてほしい」


(リアが隠されていたとなると、当主は必ず関わっている。絶対に手放そうとはしないだろう。先に結婚を決めてやる)


 テオフィリュスはそう考えて動き出すのであった。



*************



次もテオ様編、その次から本編に戻りますー

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