第9話 Side. ヘルマン・ルクエット
ルクエット家当主ヘルマンは突如として参列することになったテオフィリュスとセシリアの結婚式を、ギリギリと歯を噛みしめながら見ていた。
(クソッ! どうしてこんなことに!)
ヘルマンは昨日の晩から心の中で何度も思った悪態をつく。
披露宴が終わった後、これでルクエット家も安泰だと意気揚々と館に帰ろうとした時のこと。
突然、王宮に呼び出されたところから、ヘルマンの計画が崩れ始めたのである。
王宮に呼び出された当初はまだ余裕があり、王族と繋がりができたことによって何か良いことがあるのかと思っていたくらいだ。
連れられた謁見の間は部屋としては広いが、普段城で行う謁見と比べたらかなり小さい。部屋の奥中央にある玉座から十メートルほど離れた位置に、扇状に椅子が並べられていた。
ヘルマンは初めて入る王宮内の謁見の間に感動しながら、玉座の正面に置かれた椅子の横に立つ。
ほどなくして王が部屋に入り、結婚式やアンネケの作る三種の神薬の話となった。
王はまだ三十五歳。前王が早逝したため、若くして王になったのだ。ヘルマンより年下ではあるが、その威厳に緊張感を持つ。
それでも、王との距離がかなり近く、ヘルマンは自分が王に近しい存在になった気持ちにもなっていた。
そして、国への貢献に対するねぎらいの言葉が終わり、本題に移った時、ヘルマンの気分は急降下する。
「バハムル王国第三王子からセシリア・ルクエットに求婚があった」
それを聞いたヘルマンは「はぇ?」と変な声を漏らした。
「明日、結婚式を執り行う。準備をしておけ」
その一方的な言葉にヘルマンは慌てる。
「へ、陛下、恐れながら、その、あまりにも急なことではございませんか?」
「一目惚れをして、どうしても明日連れて帰りたいという第三王子からの希望だ。あんな顔がバハムルでは好まれるんだろう。なに、今日の結婚式と同じようにすれば良い。時間の都合で舞踏会もないのだ。楽なものだろ」
「楽なもの、ですか……」
(参列者もいないのであれば問題はない。問題はないのだがっ……!)
急遽結婚式に予定が変更になって城内は大騒ぎになっているのだが、王やヘルマンにはあまり関係がない。
それよりもヘルマンとしてはセシリアが出ていくことが問題だった。
「セシリア・ルクエットは魔術がほとんど使えない、と聞いている。飛べない魔女と言われているらしいな。お前にそんな娘がいたとは知らなかったぞ。優秀な子供ばかりかと思っていたが、隠していたとはな」
ヘルマンの息子二人は飛箒術と先見術、次女と三女は操天術と調薬術で優れた才能を発揮していた。
それはリルムガルト王国で有名なことである。
ヘルマンがルクエット家を継いだ時は序列九位でパッとしない貴族であった。
それが序列一位まで上がったのは、その息子と娘たちの活躍があったからだ。
「いえ、隠していたというわけではありませんが……」
「よいよい、表に出したくはなかったのだろう? だがな、その娘も国に貢献したのだ。結婚によって国同士の関係が深まったことを示すため、バハムル王国で産出する魔石の二割を優先的に我が国へ輸出すると言ってきた」
クハハハッと楽しげに笑う国王にヘルマンはひきつった笑みを向ける。
かつて、リルムガルト王国でも魔石が産出していた。しかし、近年は加速度的に減り、高まる需要に追い付かず、多くを輸入に頼っている。
「飛べない魔女と産出した魔石の二割だぞ! バハムル王国の産出量からしたら莫大だ! ルクエット家には優先的に分けてやろう!」
ヘルマンにとっても魔石は重要だ。しかし、それよりもセシリアの方が重要だった。
ヘルマンは知っていたのだ。
セシリアの作る魔術薬の原料がないと、アンネケは三種の神薬が作れないことを。
それだけではない。息子たちや次女もセシリアが作る魔術具によって活躍できている。
もし、セシリアがいなくなればルクエット家は終わりだった。
ヘルマンの背中にダラダラと冷や汗が流れる。
(どうすればよいのだ……!)
「おい、どうした?」
「えっ、な、なにがでしょうか……」
「何やら嬉しくはなさそうだな」
(どうにかして結婚を止めなければ、ルクエット家は終わりだ)
「そんなことはありません。セシリアの婚約の話がちょうど上がっていたところでして、まさかこんなことになるとは思っておらず、どうすれば良いかと悩んでいたところなのです」
「ほう、それはブルス家か? 聞いておるぞ」
ブルス家は元序列一位の貴族だ。
ある時、ブルス家の長男はアンネケが普通の原料を使って調薬術を行ったところを見ていた。そして、自分より上の才能があるとは思えなかった。
そこで、セシリアが特殊な原料を作っている可能性が高いと考え、婚約を申し込んだのである。
貴族同士の婚約を理由もなく止めるのは不自然。ブルス家はセシリアの力について確信を得るだろう。そこで、目を付けたのが軍貴族のビュルシンク家である。
ビュルシンク家は年々魔術の力が弱まり、序列十位も危うい状態になっていた。そこで、ルクエット家が支援し、孫を嫁がせる約束をする代わりにセシリアを
ビュルシンク家は飛箒術に長けた家系なので、調薬用の魔術薬原料を作ったところで、その性能はバレないだろうと考えていた。
そこまでしてでも、ヘルマンはセシリアの魔術具や魔術薬原料に頼っていることがバレるわけにはいかなかった。セシリア製のものが出回れば、ルクエット家の優位性はなくなる。そのためにセシリアを外には出さなかったのだ。
それにヘルマンがその才能に気づいたのは、すでに何年もセシリアを冷遇し続けたあと。本当のことを言えばセシリアが出ていくことは明白だった。
さらにはずっと下に見続けていた娘に、自分が間違っていたと言うなどプライドが許さない。
セシリアの存在が王国の発展に繋がるとわかっていて隠し、ルクエット家のみの利益にしていたのである。
こうして、ヘルマンは嘘を重ねて序列一位まで駆け上がったのだ。もう今さら引き返すことはできない。
「ええ、その通りでございます。それに加えて、ビュルシンク家もございまして」
「ビュルシンク家なぞどうでも良い。ブルス家は以前世話になっていたようだが、バハムル王国との婚姻の方が重要だ。そうは思わんか?」
ヘルマンは王からそう聞かれて否定できるほどの言い訳が思い付かなかった。
「はい。その通りでございます」
その後の話をヘルマンは覚えていない。早くセシリアを捕まえて、どこかバレないところに監禁するしかないと考えていた。
セシリアの存在さえバレなければ、バハムル王国に行くのが嫌で逃げ出した、などといくらでも言い訳が立つ。
ヘルマンは謁見後に急いで館に帰ったが、そこにはもうセシリアの姿はなかった。秘密裏に都中を探させたが、まったく見つからない。
ヘルマンは眠れない夜を過ごし、そして、そのまま結婚式に参列していた。
(こうなったら……道中を襲って行方不明に……)
体は疲労困憊なのに、妙にハッキリとした頭で、ヘルマンは決意するのであった。
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