第11話 Side. テオフィリュス
セシリアをバハムル公爵家の馬車に乗せ、引っ越しの準備をしてもらう。
さらにそこからは足取りをおさえられないようにするため、セシリアを路地で馬車を降ろして宿の裏口から入れ、バハムル公爵家の馬車は別の宿に泊めることになっている。
最悪の事態を考えれば念には念を入れるに越したことはない。
「理術道具と魔術薬についてはこんなものか」
「えぇ、そうですね。細かいところは大臣に詰めさせましょう。次に競技会についてですが……」
セシリアを見送ったあと、すぐに会場に戻り、第一王子に報告。
そして、セシリアと結婚する方針を手早く決め、リルムガルド国王との会談に参加した。
まだそのタイミングではないため、テオフィリュスはたまに助言を出しつつ後ろで控えている。
(ルクエット家当主が隠していただけならいいが、もしリルムガルド王国として隠していた場合は、結婚の交渉が厳しいものになるな。最悪は交渉決裂だが、どうなるか)
会談の内容は多岐に渡り、国の方針にも関わることだ。でも、テオフィリュスは国のことよりも、セシリアのことが気がかりで緊張していた。
「農作物も必要なら輸出するぞ? 操天術で今年も豊作だからな」
「それは羨ましいことです。ただ、農作物はバハムル王国も何とか今年は天候に恵まれたのです。それより一つお願いがありまして」
「ほう、どういった用件だ?」
「本日、結婚式をおこなったアンネケ・ルクエットの姉、セシリア・ルクエットについてです」
その言葉に国王は怪訝そうな顔をする。国王はルクエット家にセシリアがいることを知らなかった。
奥にいた比較的若い男が国王に耳打ちする。
会談はバハムル王国側はテオフィリュスも含めて三名、リルムガルド王国側は八名の付き添いがいる。いくら国王、王子と言っても記憶できることに限界はあるので、わからないことがあれば補助してくれるのだ。
(この感じ、いける)
テオフィリュスは国王の表情を見て確信した。
本当に価値がわかっていれば、知らないはずがないからだ。
「セシリア・ルクエットか。我が国の法貴族序列一位の長女であるな。それがどうした」
「ここにいる我が弟テオフィリュスが、セシリア・ルクエット嬢に一目惚れしまして。そこで、バハムル王国に嫁ぐことをお許しいただきたいのです」
「それは難しい話だな。我が国の魔女は我が国の中に嫁ぐことが決まっている」
「そのことについてはお聞きしております。しかし、二人の婚姻はさらなる国同士の結び付きを強くしてくれるのではないでしょうか」
「国同士の結び付き、とは?」
「我々王族と婚姻した者の国に対して、魔石の輸出を優先的に行っています。その他、関税、通行税なども優遇措置がとられ、流通はより多くなるでしょう」
「ほう、魔石の輸出の優先か」
「ええ、生産量の一割を確保いたします」
「一割だと? 他の国にはしているのか?」
「えぇ、私の叔父はバハムル王国の北、シルヴァラ王国の王女と婚姻いたしましたので。それから必ず一割の輸出をしております」
少し驚いた様子の国王に、今度は五十代に見える者から助言が入る。
国王はそれで少し落ち着きを取り戻した。
「ルクエット家は我が国の序列第一位。その優秀な家の魔女を嫁がせるとなると……」
「結婚後一年間に限り、一割半にいたしましょう。明日、セシリア嬢をバハムル王国に連れて行くことを許可していただきたい」
一割半という部分に国王は反応したが耳打ちがまた入る。
「明日、連れて帰るのか? なんとも急だな」
「弟はもう歳が三十になるのですが、お恥ずかしながら結婚をしておりません。連れて帰らなければ別の者と結婚させられるでしょう。ただ、我が国で今回のように気に入るご令嬢が現れるとは思えず、ここで出会ったことが運命のように感じているのです」
「しかし、必ず結婚式を我が国で行う必要があるからな。それは変えられんぞ」
それは法律で決まっていることだ。これも魔術使いを国外に出さないためのものである。
「それはお聞きしました。ですので、明日の朝に結婚式を行い、昼に出発するという予定に変更したいのです」
「急な話だな。一日くらい日程の延ばせば良いではないか」
「本国での行事がありますので日程をずらすことはできません。無理を言って申し訳ありませんが、一年間魔石の輸出量を……二割にいたしましょう。いかがでしょうか」
「ふむ……二割か」
その国王の表情は晴れない。しかし、第一王子は国王の声色から食いついていることが手に取るようにわかった。そこであえて気づかないふりをする。
「御納得いただけない様ですね。貴国のご令嬢との婚約は難しいとわかっていましたが残念です。共に国へ帰られないのであればこの話は――」
「ちょっと待て。待つのだ」
国王は大臣からチラリと見てから続ける。
「二割なら十分な内容になるという意味で言ったのだ。それにしても、よく知りあったものだな」
「舞踏会で見初めたようですね。私はまだ見ていないのですが、女神のように美しい魔女だったとか」
「そうか。それほど気に入ったならルクエット家も喜ぶだろう」
「では、結婚を認めていただけますか?」
「あぁ、良い。明日の結婚式は今日と同じにしよう。めでたいことだ」
「ありがとうございます。では最終確認をしていきましょう」
こうしてセシリアとテオフィリュスの結婚が決まった。
魔石の生産量の二割という話は大きなことだが、もともと国王から許可されていた範囲内だ。
セシリアと結婚ができることの方が大きい。
そんな出来事を経て、テオフィリュスは宿に帰り、セシリアに報告しようと思ったのだがリシェに阻まれた。
「申し訳ありません。セシリア様はもうお休みになっておられます」
その行動にテオフィリュスは少し驚いた。
通常であれば第三王子であるテオフィリュスが会いたいといえば起こしに行くものだ。それを阻むということは、セシリアを主人として優先しているということである。
(こんなに短時間で何があったんだ?)
疑問に思いながらも、使用人から認められる心の持ち主であったことに安堵した。
スピード婚となったのでセシリアのことは深くは知らない。話した雰囲気でいいと思っていたとしても、実際のところはわからないと思っていた。
ただ、しっかりした見た目とは異なって、コロコロと変わる表情を見る限り、悪い人物ではないとは思っていたのだが。
(まぁ何にしても良かった。今日はゆっくり休んでもらうか。急いで伝えたところで何も変わらないし、寝られなくなっても困る)
「明日は結婚式だ。ドレスはリルムガルド王国が用意する。それ以外は頼んだぞ。当日の流れはブラムから聞いておけ。あと、結婚式ということは明日私から伝える」
「かしこまりました」
明日のセシリアの驚く表情を想像して思わず笑みが溢れるテオフィリュスであった。
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