第12話 出発

「改めて、よろしく。セシリア」


「よろしくお願いいたします。テオフィリュス様」


 結婚式の終わったセシリアは早々と着替えさせられ、そのままテオフィリュスにエスコートされて馬車に乗り込む。

 セシリアはエスコートされることに慣れておらず、結婚しているとは思えないようなぎこちなさがありつつも、バハムル王国に向けて出発した。


 バハムル王国の王都クユタまでの旅程は二週間の予定になっている。その多くがリルムガルド王国での馬車移動となり、後は領主への挨拶、行事への参加が決まっていた。

 そして、第一王子は専用の馬車に乗っており、セシリアとテオフィリュスはそのすぐ後ろの馬車。

 テオフィリュスは飛箒術で飛んで、周囲の安全を確認するために出たりはするが、ほとんどが馬車の中だ。

 つまり、移動の長い時間を二人きりで過ごすことになる。


「次は俺だな。じゃあ、好きな食べ物はあるか?」


「食べ物ですか……ええと、柔らかいパンです、ね。テオフィリュス様は?」


「俺はニュトンの実だな。パイにすると旨いんだが、リルムガルド王国にはあるのか?」


「ニュトンのパイ……たしか一時期貴族で流行ったはずです。私は食べたことがありませんが」


「ほう、そうだったのか。我が国では庶民的な食べ物なんだがな。パイを売る店は多い。しばらくしたらニュトンパイの時期がやってくるだろう。食べに行こうか」


 二人はお互いに知るべきだということで質問をし合うことにしていた。というのも、セシリアはこんな時に何を話せばいいのかがわからなかったからだ。

 引きこもりだったセシリアはリルムガルド王国のことにさえ疎い。もちろん、学園には行っていたため知識としてはある。でもそれは王子として教育を受け、他国のことも学んだテオフィリュスも同じこと。

 ほとんどの時間を魔術と共に生きてきたセシリアには、こんな時に使える話題など持っているはずもない。テオフィリュスとしても、セシリアがそんな生活を強いられていたことはわかっている。

 そこで、お互い順番に何かを質問していこうという話になったのだ。そうしているうちに話題は魔術のことになった。


「これは、魔術文字を書き込んだ魔石と魔術環を魔導線で繋いでいるのか。この魔術環は浮遊の魔術文字だな。魔石は吸収、なのか?」


 テオフィリュスはセシリアが持ってきた箒を観察しながら質問した。

 魔術環は魔術文字が彫られた金属の輪で、箒の枝を束ねる部分に付いている。魔導線は魔術の力を伝えるのに適した金属の線で、魔石はバハムル王国で多く産出される石だ。


「よくご存知ですね。これはあまり使われることのない単語なんですけど」


「我が国の単語とは少し異なるが……。それで、吸収した魔力を魔導線で流して魔術環で浮遊に変えるんだな」


「ええ、その通りです。この箒で飛べるようにはなりましたが、それを誇れるほど難しい構造をしていないのです。あと、推進の魔術文字は書いてないので、飛ぶというより浮くだけしかできませんよ」


「いいや、浮くだけ、がどれほど難しいことか。それに、この吸収の書き方とその範囲指定の文字は新しい視点だ。こんなことができるなんてな」


(それは、そうしないと私では発動できなかっただけなんだけど)


「それに発動のタイミングは魔石を手で触れたときとする使い方が良いポイントだな。魔力を使い切った魔石を使っているところも素晴らしい」


「学園の試験で魔石の魔力を使うことが禁止されていましたので」


(あとタダ同然で使える物だったし)


 リルムガルド王国で魔石は高級品だ。セシリアが個人でそれを買うことはできない。

 しかし、魔石はそれに含まれる魔力がなくなればタダの石と同じである。魔術文字を書き換えて周囲の魔力を吸収することもできるが、魔石として利用出来ないほどの魔力しか溜まらない。

 魔石の再利用は国としても研究中だが、まだ実用できるものではないため、使い捨てにされるのが一般的だった。


「魔石の活用方法としても有用だな。しかし、これで本当に飛べるのか。さすがに魔力の量が少ないと思うんだが、この魔術環の魔術文字が重要なのか?」


「そうの通りです。ただ、それだけじゃなくて実は軸の部分にも小さな魔術環があるんですよ。それとの共鳴効果を利用しています。あと結び方も重要ですね」


「そうか、そうすることで……」


 急に言葉が止まるテオフィリュスにセシリアが首をかしげる。


「どうかしましたか?」


「いや魔術の話ばかりですまない。魔術の話になるとつい熱中してしまってな」


「私も魔術の話は楽しいですよ? 今までこんなに魔術の話をできる相手もいなかったですし」


(まぁ魔術の話以外で何を話せばいいのかわからないっていうのもあるけど……)


 にこりと微笑むセシリアにテオフィリュスはホッとしたような表情になる。実はテオフィリュスに婚約者がいなかったのは、魔術好きが一つの原因であった。


 五年前までテオフィリュスは国内の有力な貴族、フェルリンデン公爵家との婚約が決まっていた。しかし、当時のテオフィリュスは魔術の研究に忙しく、政略結婚の相手に興味を持つこともできなかった。

 国にとって重要な研究をしていたため、強制的に止めることも出来ない。たまに会ったとしても魔術の話ばかり。研究が重要な局面では約束を反故にしなければならないこともあった。

 そんな中で公爵令嬢はテオフィリュスと婚約破棄して燐国、トリイトレン王国の第二王子に嫁いだ。そして、テオフィリュスの悪評が巡った。

 それでもテオフィリュスの人気は高かったのだが、フェルリンデン公爵家に気を使って公には婚約の申込ができない。テオフィリュスも社交界に姿を出さないので接点を持つのが難しく、今にいたる。


「俺も研究所以外で話すことはないな。それに、研究所にいると考えが偏るようだ。セシリアと話していると新鮮で楽しいよ」


「えっと、それはよかったです。あの、テオフィリュス様の箒も見せていただいていいですか?」


「あぁいいぞ。しかし、俺の箒は大したことがないがな」


 まっすぐなテオフィリュスの言葉に戸惑いながら、セシリアは箒を受け取る。

 そして、初めて見る他国の箒をじっくりと観察した。


「やっぱり束ね方も素材も違いますね。リルムガルド王国では箒の素材にジェニスタを使っているんですが、バハムル王国では何を使っているんですか?」


「バハムル王国ではカーミカを使うのが一般的だ。ジェニスタ製の箒の方が速いんだが、カーミカ製の方が安定感がある。気候的に育てやすいってこともあるけどな」


「安定感は重要ですね。私もその部分にはかなり労力がかかっていたのでカーミカの方が合っているかもしれません」


 ジェニスタもカーミカも箒の原料になる木の種類である。魔術を使う際に魔力を良く通す木だ。木によって性能が全く異なるので、素材の選別は重要である。

 セシリアもテオフィリュスも魔術についてであれば話は尽きることがない。

 休憩中も話は止まらなかった。


「テオフィリュス様、本日はこちらの町で宿泊となります」


「もう着いたのか」


「意外と早かったですね」


 実際のところ、馬車で六時間以上移動している。昼に出発したため急ぎ足ではあったが長時間の移動である。

 使用人は、そりゃこれだけ仲良く話をしていたら短く感じるでしょう、という気持ちを飲み込んで、二人を案内するのであった。

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