第13話 宿

 町への到着時間が遅かったため、先に食事をしてから宿に向かう。

 ちなみに、セシリアは第一王子と一緒に食事かと緊張していたが、そんなことはなかった。第一王子は町長との会食、セシリアはテオフィリュスと食事だった。


「お部屋はこちらになります」


 宿の部屋に案内され、使用人がドアを開ける。まずは通路があり、壁には柔らかいタッチの絵画、突き当たりには目を引く赤い大輪の生け花が飾ってある。セシリアには正確な価値がわからないが高級な物なのだろうと感じた。

 まず通路になっているのは、ドアを開けてすぐに部屋が見えないようにする配慮と警備を考えてのことだろう。L字の通路を曲がると、ソファやローテーブル、執務机、簡易キッチンなど高級感のある家具が設置されている部屋がある。


「素敵な部屋ですね」


(というか広いわね。ここだけで私が使っていた部屋の倍はありそう。部屋というより家?)


 セシリアの生活は研究室と寝室でほぼ完結している。宿に泊まるようなことはなく、前日は普通の部屋に隠れれるように泊まっていた。これほど豪華な宿に案内されるのは初めてだ。


「右側の扉は使用人用の部屋への扉です。そして、左側の扉が寝室となります」 


 案内されて寝室に入ると、そこには一人掛けのソファが二つとテーブル、そしてキングサイズのベッドが一つあった。


(えっと、ベッドが一つ……?)


 セシリアは、なぜ一人用の部屋になっているのか、自分は使用人部屋に行くのか、ということを一瞬考えてから、二人で一つのベッドを使うのかとハッと気づく。

 男女の関係についてセシリアは疎く、経験もない。それでも、学園の必須科目で淑女教育があり、そこでどのようなことをするのかは知っていた。

 あまりにも縁が無さすぎて、この瞬間まですっかり忘れていたことだったが。急にその授業で学んだことが頭の中を駆け巡り、顔が熱くなっていく。

 

「すでにお二人は結婚されていますからな。この形が望ましいかと」


 部屋を見たまま固まっている二人に執事が冷静に言った。その言葉にテオフィリュスは一つ頷く。


「それは……そうだな」


 今回の結婚は急なことであり、さらにお互いのメリットのために結婚したということを隠して一目惚れという建前がある。

 特にリルムガルド王国内では二人の仲をアピールすることが今後のためにも重要であった。

 ただ、セシリアはいっぱいいっぱいでそんなことを考える余裕はない。


(そっか。初夜、になるのね。初めてで迷惑をかけることにはなるだろうけど、夫婦にとっては重要なことだと聞いているから)


 覚悟を決めるセシリアが隣を見るとテオフィリュスが渋い顔で考えており、執事へと指示を出した。


「ベッドに仕切りをつけてくれ。カーテンのようなものなら用意できるだろう」


 その言葉にセシリアは安堵と共に胸が締め付けられるような思いがする。

 

(そうよね。そんなに魅力的でもないだろうし)


 かつて言われ続けていたことを思い出して、熱を帯びた頭の温度がスッと下がる。

 授業では結婚後初めての夜について、特に気合いを入れて説明されたことを覚えている。様々な都合により女性側から日を改める申し出はあれど、男性側から避けることなどない。

 セシリアはそれが自分の容姿のせいだと感じてしまった。テオフィリュスからは褒められることが多かったが、今までおとしめられ続けてきたことは根深い。前向きに捉えることは難しかった。

 執事はそんなセシリアを見て、一拍おいてから「かしこまりました」と答える。


(いえ、私の一番重要な役目は魔術具の研究をすることだもの。夫婦らしく振る舞うのは外向けに必要な時だけ)


 浴室などの説明を受けている間にセシリアは気持ちを切り替える。そこでハッと気づいた。

 

(ルクエット家から出られたんだから、その見返りに魔術具の成果を出さないと。初夜のことを考えたり、魔術の話を楽しんでいる場合じゃないわ)


 そのことに気づいて、舞い上がっていた自分を恥ずかしく思いながらセシリアはテオフィリュスの方を向く。


「テオフィリュス様、お願いがあります」


「……どうした?」


「テオフィリュス様の箒を改造させてください!」


 急なお願いに身構えていたテオフィリュスは、その予想外の内容に「箒?」とキョトンとした顔を向ける。


「はい。魔術具の職人として、まずはテオフィリュス様の箒から手を加えていきたいと思います」


「箒の改良をするのか? 今、ここで?」


 寝室でするとは思えない話にテオフィリュスは困惑した。

 そんな雰囲気に気づいたセシリアは慌てて言いつくろう。


「えっと、邪魔でしたら隣の部屋で作業しようかと思いますが、ダメでしょうか」


「……いや、この部屋でするといい。俺もその作業は気になる。ただ、俺の箒は護衛のために使う可能性があるから今は渡せない。予備の箒でもいいか?」


「もちろんです。二本あればありがたいのですが」


「わかった。持ってこさせよう」


 仕切りのカーテンを作りにきた使用人に箒を持ってくるように頼む。

 すると、カーテンの設置が終わる頃には二本の箒が用意された。


「今から改良を試みます。あっ、テオフィリュス様は気にせず就寝の準備をしていてくださっていて結構ですので」


「いや、良かったら見せてくれ」


「それは構いませんが、単純な繰り返しの作業になりますよ?」


「それでもいいんだ。それで、最初はどうするんだ?」


 近くによって笑顔で聞いてくるテオフィリュスに鼓動を高めつつ箒をばらしていく。そして、自分の鞄から道具を取り出す。


「えっと、まずは……」


 こうして、二人の初めての夜は更けていくのであった。



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