第5話 結婚
「はい。ここで会ったのも何かの縁。結婚しませんか?」
その言葉にテオは少し固まった後「はっ? 本気か?」と信じられないものを見る目をセシリアに向ける。
「本気でなければこんなことは言いません。テオも私も結婚相手を探しています。それに、私は家を出たい、テオは私に仕事をさせたい。お互いにメリットがあるとは思いませんか? ただ一つの問題が私が魔女で国外に出られないということ。でも、結婚すれば出られる可能性があります」
(私は魔女でも落ちこぼれだから可能性は高い、はず。妻としてより魔術具を作る人として認識してもらえば役立てるし。それにいざとなれば逃げることも……)
「なるほど、たしかにそれなら可能性はあるが……」
テオはなんともいえない表情をする。
そこでセシリアは複雑そうに自分を見つめるテオの目に気づいた。
(相手の気持ちを無視してメリットだけで結婚を申し込む女って頭おかしいのでは? しかも出会ってすぐの……)
「申し訳ありません。テオ様の気持ちも考えずに先走ってしまって、あっ、それにテオ様の家の問題もありますよね……」
「いや、それは問題ない。両親は歓迎してくれるはずだ。一番の問題はリアの気持ちだろう。形だけの結婚だとしても、それを公言するわけにはいかない。夫婦らしく生活する必要がでてくる」
(テオ様と夫婦らしく……一緒にダンスをするとか?)
セシリアは家に引きこもっていたため、夫婦らしさというものがいまいち想像できなかった。
それでも、頭をよぎったヒューホとの結婚生活よりはいいだろうと考える。
「それは承知の上です。このままでは酷い結婚をすることになりそうですし……」
「バハムルに行けば、そうそうこの国には帰ってこれなくなるぞ。家族や友人、住み慣れた環境、生活習慣は全てなくなると思った方がいい。それでもいいのか?」
「それこそ全く問題にならないこと、むしろ全てを投げ捨てたいくらいですから」
「それは良かった、と言うべきか……。あと私の妻となると窮屈な思いもするかもしれない。それも問題だな」
「今より窮屈ということはないでしょうから……あの、断っていただいても全く気にしませんので遠慮せずに言ってください」
セシリアはテオの言葉を否定して、ふと結婚の申し込みを止めさせたいのかと深読みする。
しかし、テオはそんなつもりはなかった。
「いや、すまない。俺が慎重になりすぎていた。そうだな……よし! じゃあ俺がリアに一目惚れして、国に連れて帰って結婚したいと申し込んだという筋書きにしよう」
「そんな嘘だとすぐにバレるのではないですか? そのまま私から結婚を――」
「嘘じゃない。俺がリアを見たときは女神がいるのかと思ったよ」
セシリアはドキリとして、出会ったときのことを思い出す。
その時、テオはひたすら笑っていた。
(絶対に嘘でしょ!)
「これは本当だぞ」
セシリアの心を読んだかのように言い、テオは真剣な眼差しを向ける。
その表情を見て、セシリアはそれについては言及しないことにした。
(男性から結婚を申し込むべきってことかしら。それとも)
「女性から結婚を申し込むのは、はしたないからですか?」
「いや、この国は魔女を出さないようにしているだろ? リアから言ったというより、俺から強引に決めたと言う方が話を通しやすい。それにリアの両親は……そうだ、そろそろ本当の名前を教えてくれるかい?」
そこで、セシリアはお互いにまだ本当の名前も知らないことを思い出す。
「はい……私はセシリア・ルクエットと申します」
「セシリア・ルクエット……ルクエット家といえばこの結婚式の?」
「そうです。私の妹の結婚式ですね」
「そうか、なるほどな。セシリア嬢、これからもリアと呼んでもいいかい?」
「好きに呼んでいただいて結構です。それより、テオ様は? 名前、思い出しましたか?」
セシリアの言い方にテオはククッと笑って答える。
「俺はテオフィリュス・ヴォルテルス・バハムルだ。名前が長くて覚えるのが大変だろう?」
(バハムル……テオフィリュス……それってまさか!?)
「バハムル王国第三王子殿下……!」
「隣国の第三王子の名前なんてよく知っていたな」
「もちろん存じております。テオフィリュス王子殿下とは気づかず大変申し訳――」
「あぁ、これからもテオと呼んでくれ。話し方も普通でいい」
(そんなわけにいかないでしょ!)
心の中では突っ込みを入れるが、そのまま口に出すわけにはいかない。
「いえ、そんなわけには……」
「これから婚約者となるのだ。それくらいの方が自然だろう?」
「そうですかね……?」
(そもそも王子と婚約なんて普通じゃない! 愛称呼びとか不敬で捕まるから!)
「さて、これから忙しくなるな。セシリアは今から引っ越しの準備をしてほしい」
「いっ、今から……ですか?」
「そうだ。ここには付き添いで来ているからな。旅程が決まっている。明日には出発しなきゃならない」
「でも、まだ結婚できると決まったわけでもないですし。また後からバハムル王国に向かう形にしてもいいのではないでしょうか」
「それだと邪魔が入る可能性がある。いや、十中八九、今じゃないと国から出られないだろう。必ず結婚の話を通してくるから信じて待っていてくれ」
(邪魔が入る? どこから? それにしてもどうしてそんなにしてくれるのかしら。テオフィリュス様も切羽詰まっていた? それとも私の魔術具に価値を感じたから? もうわからないことだらけだけど……何にしても、私も覚悟を決めるべきだわ)
「わかりました。よろしくお願いいたします」
こうして、セシリアは国外脱出に向けて一歩踏み出すのであった。
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