飛べない魔女はどんな魔女?

出井啓

第一章

第1話 結婚式

「お姉様は先に会場に入っていてね」


「……それって……どういうこと?」

 

 ルクエット家の長女セシリアは、妹のアンネケの言葉を聞き返す。

 聞き返したものの、セシリアにはアンネケの意図が手に取るようにわかり、こんなときでもか、と天を仰ぎたい気持ちになった。


 この日はルクエット家の三女アンネケとリルムガルド王国第三王子ステファヌス・ノルデン・リルムガルドの結婚式。今は結婚式の後の披露宴会場であるダンスホールに向かう途中。

 セシリアはアンネケの姉なので当然家族と共に行動すると思っていた。

 

 ルクエット家と王家は王宮内の式場から先に出て控え室に入り、最後に会場入りすることになっている。

 それが控え室に向かう途中で先にダンスホールに入っておけ、というのは明らかにおかしい。


「セシリアお姉様のために、独身男性の多いテーブルを用意したの。年下しかいないけど、もう年上は嫌でしょ? 頑張ってね。応援してるから」


(それが応援? そんなわけないでしょ。見せ物にでもするつもり?)


 そう思っても今日の主役に何も言うことはせず、父親のヘルマンに目を向ける。


「お父様、それでよろしいのですか?」


「当然だろう。こんな機会は最初で最後だと思え」


 そう言い残して家族は控え室の方へ向かった。

 その場に取り残されたセシリアは溜め息を一つついて、仕方なくダンスホールへと足を向ける。

 その足取りは鉛の靴を履いているかのように重い。


(この手の嫌がらせは慣れているけど、さすがに結婚式にまでぶっこんでくるとはね。侮ってたわ)


 セシリアは渡り廊下を進んで、少し困惑した表情の使用人に扉を開けてもらい、エスコートもなく一人で案内人に連れていかれた。


 披露宴ひろうえんが行われるダンスホールは王宮の東端にある。

 ダンスホールは中央に舞踏場があり、正面にはステージのように数段高くなった場所。そして、両サイドには二階建ての歓談スペースがあり、そこの入り口に近い一階に連れられた。

 セシリアはそのまままだ給仕の者や楽団しかいない会場に取り残される。


 深紅の絨毯が敷かれた舞踏場、国の成り立ちを示す天井画、きらめくシャンデリア。豪華なダンスホールだが、気持ちのすさんだセシリアには魅力的には映らない。

 隣には螺旋階段があり、二階に上がることができる。そして、後ろにはガラスでできた両開きの扉があって、そこから美しい庭に出られるようになっていた。

 セシリアはそれらを何気なく見ながら、所在なく立ち尽くすしかない。


(それにしてもお父様まであんなことを言うなんてね。どういう風の吹き回しかしら)


 チラチラと給仕の者からの視線を受けながら、思考を巡らせて居心地の悪さを追いやる。


(今まで録にパーティーへ出さなかったのに。今回、ダンスパーティーに出席しろと言われた時点でおかしかったのよ)


 セシリアは学園を卒業してから、一度もパーティーに出ることはなかった。

 長男や次女の結婚式でも披露宴に出席することなく、すぐに帰らされていたくらいだ。

 それは、セシリアが魔女として落ちこぼれだったからだった。


 このリルムガルト王国は魔術大国と言われている。

 多数の魔男まだん魔女まじょと呼ばれる魔術使いが存在し、魔術によってのし上がった国だ。

 平民にも魔術を使える者はいるが、貴族の方が圧倒的に力が強く、魔術が堪能であることが貴族のステータスとなる。


 魔術使いが使える魔術は大きく分けると五つ。

 飛箒ひそう術、操天そうてん術、先見せんけん術、調薬ちょうやく術、念話ねんわ術である。

 その五つが使えてこそ魔術使いとして認められるのだが、セシリアは念話術以外を満足に扱うことができなかった。


 特に飛箒術は魔術使いの代名詞といえる魔術であり、最も簡単に使える。

 早ければ七歳の子供でも乗れるようになるくらいだ。

 それができなければ貴族ではないと言えるようなものだった。

 

(そんな私に精々頑張れと言われてもね。頑張ったところで結婚しようと思う貴族なんていないでしょうに)


 貴族は十二歳から十五歳の間、国立魔術学園に通うことが義務付けられている。

 そこで、セシリアは飛べない魔女として有名だった。

 魔術学園にいるのに、魔術使いなら子供でも使える飛箒術すら使えない。飛べないくせに魔女として学園にいる者、という皮肉が込められた二つ名である。

 魔術に長けていることが貴族たる由縁であることから、落ちこぼれ魔女であるセシリアに居場所はなかった。


 続々と入り始めた披露宴の参加者たちはセシリアの方を見てコソコソと言い合っている。


(本当に最悪。まぁいいわ。こんなパーティーに出るのは今日で最後なんだから。少しの間我慢して後はどこかに隠れておきましょう)


 飛べない魔女であるセシリアを父親は早々に諦め、息子や次女と三女に力を注いだ。

 こんな機会は最初で最後、と言ったのはその通りで、今までも一切なかったのである。学園をギリギリで卒業してから、セシリアはルクエット家の恥として今まで家の外に出ることはなかった。


 会場では参加者が揃い、少し緊張感のある空気が漂い始める。

 ルクエット家、そして王家が入場しているからだ。

 ルクエット家は右側二階の最も舞台に近い場所。

 そして、王族は舞台に進む。


(本当に男性ばかりのところに入れたわね。これなら男装している方がマシだわ)


 通常未婚の男女は別れて案内される。最初に王家への挨拶が済めば混ざってダンスなどに興じるのだ。

 それまでは男性の正装の中にポツンとドレス姿のセシリアがいることになる。


(さっさと終わって欲しい。そして出ていきたい)


 最後に入ってきた第三王子とアンネケ。

 アンネケはチラリとセシリアを見て薄く笑い、ゆっくりと正面にむかって進む。

 セシリアはアンネケに固まった微笑みを向けながら、今すぐにでも出ていきたい気持ちを抑える。


(ここにいるくらいなら研究室で永遠薬品を作り続けている方がマシだわ)


 セシリアはルクエット家に閉じ籠められて何をしているかというと、魔術を発動するために使う魔術具や魔術薬を作製したり、研究をしたりしていた。

 生活自体は良好だ。セシリアはルクエット家で一応魔女として扱われ、使用人よりわずかに上の暮らしができている。


 ギリギリだとしても死に物狂いで学園を卒業したのはそのためだった。

 学園を卒業できないなら魔女ではない、つまり貴族の扱いではなくなるので、どんな扱いを受けるかわかったものではない。

 

 ただ、半分軟禁されているような状態は想像以上に辛く、いつか逃げ出すことを目標にしている。

 貴族が勝手に国外へ移ることは重罪になるため、現実的ではなかったが。


 (はぁ。早く終わらないかしらね。きっと誰からも誘われずに一人ポツンと立ち尽くしている私の姿を見たらアンネケも満足するでしょうし。そうなってからサクッと消えましょうか)

 

 心の中でそんな計画を立てているうちに、王家や王子の挨拶が終わり、音楽が流れ始めた。

 ぞろぞろと男女二人組が舞踏場に進んでいく。

 もちろんメインはアンネケと第三王子。あとは高位貴族が踊っていた。

 

(やっぱりみんな上手。アンネケも綺麗ね)


 セシリアは給仕から飲み物を受け取り、傍観者ぼうかんしゃの気分でながめる。

 チラッとアンネケがセシリアの方を向いた時、同じテーブルにいた男が話しかけてきた。


「私はヒューホ・ビュルシンクと申します」


(えっ? 私?)


 セシリアは予想していなかった突然のことに驚き、一瞬固まってしまうのであった。

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