第3話 死神
セシリアは、その黒い男を見返す。
その端正な顔だちも相まって、死神が来たといわれたら信じてしまいそうだ。
でも、月に念話術を使う姿を見られたセシリアはそれどころではない。
(ほんっっっとうに、今この瞬間に滅んでくれないかしら)
今度は心の中で悪態をつきながら澄ました表情を作る。
「何か御用?」
セシリアは努めて平然と聞いた。
すると、その男の端正な顔も我慢ができないとばかりに崩れる。
クツクツと笑い始めると、柔らかい印象になった。
(もういいわ。笑いたきゃ笑いなさいよ)
男は身を振るわせて堪えるように笑った後、険しくなった表情のセシリアに答える。
「いや、庭の奥に走る令嬢の姿が見えてな。何かあったのかと追いかけたら、衝撃的なことが起きていて……でも、何事もなかったかのように振る舞うので笑っては悪い、そう思うと逆に笑ってしまった。すまない」
(はぁ、やっぱり全部見られていたわけね……)
セシリアは小さく溜め息をついて、諦めたように言う。
「別に構いませんわ。どうぞ好きなだけ笑ってください」
「そう言われると逆に笑えなくなるな」
(こいつっ!)
セシリアは睨みつけるが、男は全く意に介さない。
「別に馬鹿にしているわけじゃないんだ。驚いてこちらを見るまでの表情の変化が、フフッ」
(笑ってるし!)
「馬鹿にしてますよね?」
「いやいや。猫を助ける心優しい令嬢だと、フフッ、感心していたんだ」
(思いっきり笑ってるでしょ!)
「あぁ、それよりも……」
「何なんですか。衛兵を呼び――」
男はセシリアに近づき、上着を脱いでふわりとかけた。そこでセシリアは自分のドレスの肩が破れていたことを思い出す。
間近で見た吸い込まれそうな瞳。上着からはシトラスのような良い香りがして少し心臓が跳ねた。
(こんなことでドキドキする程若くはないんだから)
「……ありがとうございます」
セシリアは何ともいえない複雑な感情のままお礼を言う。
「できることならドレスを用意したいところだが、あいにく持ち合わせてなくてな」
(当たり前でしょ!)
「ここで貴方の持ち物からドレスが出てきていたら即座に衛兵を呼んでいましたわ」
「それなら持っていなくて良かったな。先ほど衛兵に追われたばかりなんだ」
「貴方……やっぱり呼んだ方がいいようですね」
「ちょっと待て。本当に何もしていない。ただ、王宮の中を少し見学してみたいと言っただけなんだ。それなのに不審者扱いだぞ」
「それは……まぁ、当然でしょう?」
王宮とは城の中にある王の住居だ。
入るだなんて国の貴族でさえなかなかないこと。
そんな場所に入ろうなんて不審者でしかない。
「厳しい国だな。さて、ドレスが着替えられる場所までエスコートしよう」
「結構です」
セシリアは反射的ともいえる速度で断る。
男が悪い人物とは思わなかったが、どちらかというと不審者寄りだった。
何より、会場には戻りたくないという気持ちが強い。
「着替えの部屋の中までついていくわけではないぞ?」
「それは当たり前です!」
「しかし、それでは会場に戻れないだろ?」
「ちょうどいいですわ。予定より早いですけれど、帰る言い訳ができましたので」
その言い方に少し考えて、男はフムと頷く。
「何か事情があるようだな」
「そう大したことではありません」
「世界を滅ぼそうとしたのに?」
「それは忘れて!」
「さすがに貴女との出会いは忘れられそうにない」
(ほんとこいつは……!)
ドキリとするような表情と声で、からかっているような言葉で、それでも嫌な気持ちになるようなことはなくて。
気持ちをかき混ぜられるような感覚は初めてで戸惑ってしまう。
「……帰らせていただきますので、お名前をお聞かせください」
「名前?」
「後ほど上着をお返しいたしますので」
「あぁそういうことか。私の名前はテオ……テオだ」
(テオ……だけ?)
この式に呼ばれているのは王族や貴族ばかりだ。貴族でも家名が無い国なのかと一瞬よぎったが周辺諸国にそんな国はない。
「家名を聞かせていただけますか?」
「忘れてしまったな」
(そんなはずないでしょお!)
セシリアは思い切り睨むが、テオはニヤリと笑うだけだ。
「思い出すまでの間、少し散歩に付き合ってもらえないか? 実はこうして庭に出てきたのも、時間をもて余していてな」
(ほんとになんなのこいつ……)
セシリアはそれを無視して帰ってもよかった。
でも、そうしなかったのは、久しぶりに気楽な会話をして楽しかったからかもしれない。
本当に別れるとなると足が動かず、もう少し一緒にいたいという気持ちがわいてきたのだ。
(まぁ、私も時間はあるし……)
セシリアは心の中で言い訳しつつ、一つため息をついて「少しだけなら」と答える。
「それでは……そうだ。貴女の名前は?」
「リア、ですわ」
セシリアは仕返しとばかりに愛称だけを答える。テオはそれを聞いてふわりと笑った。
「行こうか、リア」
そう言って腕を出す。
セシリアは戸惑いつつ「はい」と返事をして、少し緊張しながらその腕をとった。
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