第71話 悪役貴族、罠に嵌まる





 大神殿。


 聖都の中央に位置する神殿で、『大』と付くだけあって物凄く大きい。

 多分、ガルダナキア王国……改めガルダルタ連邦の首都にある城よりも二回りは大きいと思う。


 大神殿の警備はとにかく厳重だ。


 いつだったか、サリエルが「いつでも遊びに来てねっ♡」と言ってたが、気軽に立ち寄れるような場所ではない。


 見た限りでは完全武装した聖騎士が至るところを練り歩いている。


 それにしても、サリエルは俺にどんな用事があるのだろうか。

 というか用事があるなら、さっきナキアの神殿ですれ違った時に言えば良かったのに。


 わざわざ神殿から大神殿に連れてくる意味が分からない。


 そうこう考えてると、目的地へ到着したらしい。



「こちらで教皇猊下がお待ちです、ドラウセン子爵様」


「この部屋に?」



 ラストーレの案内に従って辿り着いた部屋。


 その扉は荘厳でもなく、神殿で働く神官やシスターたちが寝泊まりするような、到底教皇が使うような部屋ではなさそうだった。


 俺の疑問を察したのか、ラストーレは薄く微笑みながら答える。



「教皇猊下は、ドラウセン子爵様と内密にお話がしたいようなのです」


「内密に?」


「はい。念のため、武器の類いを預からせていただきます」


「ああ、それはまあ」



 俺は義手を取り外して、ラストーレに渡す。



「……ええと、義手は構いませんよ?」


「その義手、結構ギミックがあるので一応危険物かなと。あ、肘の辺りにあるスイッチは押さないでくださいね。爆発するので」


「!? は、はい、注意します。それと、魔法袋も預からせてもらいますね」


「あ、はい」



 腰に下げていた魔法袋もラストーレに渡した。


 魔法袋は貴重なものだが、俺の魔力でないと扱えない。

 中のものは取り出せない以上、悪用される心配も無いし、盗られることもない。


 その後、ラストーレが俺の身体中を触って武器を隠し持っていないかチェックしてきた。



「……大丈夫そうですね。どうぞお入りください」



 俺はラストーレに部屋の中に入るよう促され、扉をゆっくりと開いた。


 その扉の先には――誰もいなかった。



「あの、ラストーレ殿? 誰もいな――がはっ」



 俺の背後に立つラストーレの方に振り向こうとした瞬間、脇腹に衝撃。


 内臓がひっくり返りそうな威力だ。


 その一撃で部屋の中に押し込まれた俺の胴体に、襲撃者が膝蹴りを仕掛けてくる。


 咄嗟にガードするも、攻撃を防ぐことは叶わず、もろに膝蹴りを食らったことで俺は肺の中の空気を全て押し出してしまった。



「ぐっ、かはっ」


「反応は良いですが、所詮は子供ですね。無警戒すぎます」


「……何の、真似ですかね?」



 声を絞り出す。


 襲撃者の正体は他でもない、ラストーレだ。


 十二聖神官である彼女が俺を襲った意味がまるで分からない。


 困惑する。


 でも、ただ分かるのは目の前の女が明確な敵であるということ。


 今はとにかくこの状況を脱する必要がある。



「……教皇猊下はどちらに?」


「いらっしゃいませんよ。今頃は聖女様とお茶でもしているのでしょう。貴方はまんまと罠に嵌まったわけです」



 だろうなあ、ちくしょう。


 魔法袋も義手も預けちまったせいで、こっちには武器が無い。


 床や壁の石材から武器を作ろうにも、まだ錬想造形をものにしていない俺には難しいだろう。


 頼れるのは自分の拳一つ、か。



「……ふむ、私とやる気のようですね。先に言っておきますが……私、そこそこ強いですよ?」


「でしょうね」



 マーサさん程じゃないが、今のウェンディよりは確実に強い。


 正面からやり合うのは避けて、ヒットアンドアウェイを――



「考える暇など与えません」


「っ、ぐあっ」


「やはり、所詮は子供ですね。噂とは大違いです」



 恐ろしく速い一撃だった。


 何をされたのかは、辛うじて俺の目でも捉えることができた。


 ただの蹴りだ。


 頭部を狙った普通のキックで、俺の視界がぐるんと回った。

 どうやら俺は今の一撃で床に倒れ込んでしまったらしい。


 やばい、視界が安定しない……。



「脳震盪ですね。しばらくは動けないでしょう」


「ぐっ、くっそ、なんだよもう……」


「安心してください。別に殺そうというわけではありません。ただドラウセン子爵、貴方が計画の邪魔になりかねないというだけのこと。全てが終わったら解放することをお約束します」



 そう言いながら、ラストーレが俺の左足首に何かを取り付ける。



「それは犯罪を犯した魔法使いを拘束するために使う、魔封じの足枷です。貴方はそれを身に付けている限り、魔法を使えません」


「な、なん、だと!?」



 困惑する俺に向かって、ラストーレが更に言葉を続けた。



「この部屋にはある仕掛けがありまして。魔力を流すと、それに反応して床の一部が開いて、光一つ刺さない暗闇に落とすことができます」


「どんな仕組みだよ、気になるじゃねーか」


「……この状況で仕組みを気にしますか? いえ、今から貴方を落とす私が言うことではないかも知れませんが」



 ラストーレが壁に触れ、魔力を流す。


 すると、俺が倒れている辺りの床がガシャンと開いて、俺は数mほど落下した。



「あがっ!! い、痛い。顔から行っちまった……」


「全てが終わるまで、そこで大人しくしていてください。……まあ、人間は真の暗闇では三日と正気でいられないと聞きますが」



 俺を上から見下ろしながら、ラストーレが申し訳なさそうに言う。


 そして、何かを俺に投げ渡してきた。


 随分と斬れ味の良さそうな一本のナイフで、素人の俺でも腕のいい鍛冶師が手掛けたものだと分かる。



「辛くなったら、そのナイフで自害なさい。全てが終わったあとで蘇生魔法をかけますので」


「あ、ちょ!!」



 ラストーレのその言葉を最後に、開いた床が閉じてしまった。


 辺りは真っ暗で、明かり一つ無い。完全な暗闇の中だ。


 いつだったか、人間は完全な暗闇の中では三日と精神を保ってはいられないと、前世のテレビか何かで見た気がする。



「さて、どうしようかな」



 完全な暗闇の中、俺は思案する。


 造形魔法が使えたなら、ここから抜け出すことは簡単だろう。


 問題は魔封じの足枷だ。


 これがある限り、俺は造形魔法も含めたあらゆる魔法を使うことができなくなってしまう。

 普通の足枷よりも頑丈で、腕力頼りに破壊するのは難しいだろう。


 手元にはナイフが一本。さて、どうするか。



「解決方法。あるにはあるけど、やりたくないなあ!!」



 真っ先に一つの案を思いつく。


 自分でも気が狂ってるとしか思えないような、頭のおかしい対処法だ。


 しかし、今はそれが一番ベストだと思う。なら、やらねば。



「……やるか」



 俺はズボンを捲り、左膝の関節にナイフをゆっくり押し当てる。


 魔封じの足枷を外す方法はシンプルだ。



「脚ごと取っちゃえばいい」



 不幸中の幸いと言って良いのか分からないが、ラストーレがナイフを寄越してくれたのはラッキーだった。


 このナイフが無かったら、自分の脚を折った挙げ句に捻り切る必要があったからな。


 流石にそれは痛みでショック死しそう。



「すぅー、ふぅー、はぁー」



 一度は切断された脚である。大丈夫。ちょっと痛いだけだ。


 完全に切断すれば回復魔法で傷口は塞げる。


 しかし、失血死するリスクはあるので、血が全て流れ出る前にやらねばならない。


 ……大丈夫……大丈夫……。



「……いや、ちょっと待とう。覚悟が決まるまで、あと十分だけ……いや、やっぱ一時間くらい……」



 戦闘中に脚を斬られるのと、自分で脚を斬るのとではまるで違う。


 覚悟のための時間が必要だ。



「くっ、自分の手足を簡単に切り捨てるカニやザリガニを心から尊敬したくなるな!!」



 俺は一人大きな声で話す。


 まずいな。もう暗闇にやられて頭がおかしくなっているのかも知れない。


 早く覚悟を決めなきゃだな。


 





――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントクノウの自切

作者がユー◯ューブでザリガニが自切する動画を見てこの展開を閃いた。


「暗闇のせいにするな、元からやろ」「この主人公、怖い」「ザリガニの動画って何だよ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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