第3話 悪役貴族、ブレーキ無しバイクを作る





「はふー。気持ちいいです、お兄様!!」


「す、凄いわね、クノウくん。これは然るべきところに出せばきっと売れに売れると思うわ」


「量産が難しいので無理ですねー」



 早朝。


 フェルシィがウェンディの濡れた髪をドライヤーで乾かしていた。

 無論、火炎放射器ではない。出力の調整を済ませた普通のドライヤーだ。


 俺の生活を豊かにするための魔導具第一号は、見事に完成した。


 しかし、一つを作るのに細かい調整が必要なため、大量生産して売り捌くのは難しい。

 量産できたら領地が潤うだろうし、いつかはしてみたいけどね。



「フェルシィ姉様にもしてあげます!!」


「ありがとう、ウェンディ」



 ゲームの好きな姉妹キャラが、目の前で互いの髪を乾かしている。


 目の保養だぜ。視力がマサイ族並みになりそう。



「っと、そろそろ畑の手伝いに行かなきゃ」


「いってらっしゃいです、お兄様!!」


「気を付けてね、クノウくん」


「はい。お二人も勉強、頑張ってください」



 俺は屋敷を飛び出して、畑に向かう。


 男爵家と言っても、所詮は周囲を畑に囲まれているド田舎領地だ。

 領民の数はわずか三百余名しかおらず、土地のほぼ全てが畑となっている。


 そのため、領主である父上やその息子である俺も畑仕事に駆り出されるのだ。


 母上はその間に書類をまとめたり、フェルシィとウェンディに貴族の作法を叩き込んでいる。

 後から父上がその書類を確認してサインするって感じだな。


 そういう背景もあってか、うちは領民との距離感が普通の貴族と平民よりも近い。

 父上が元傭兵の平民だったこともあるだろう。


 畑に着くと、畑仕事をしている農民が笑顔で話しかけてくる。



「おや、今日は坊っちゃんも手伝ってくれるんですかい?」


「バトラーさん、坊っちゃんはやめてください。俺はもう十歳です」


「はっはっはっ。儂らからすれば十分坊っちゃんですな」



 快活に笑う大柄のこの男はバトラー。


 領民のまとめ役みたいな人物で、傭兵時代の父上の仲間だ。



「ところで坊っちゃん、聞きたいことがあるんだが」


「なんですか?」


「その、アスランがよ。なんかすげー落ち込んでんだよ。何かあったのか?」



 バトラーさんが指差した先には、魂が抜けたかのようにクワを振るう父上の姿があった。


 僕はつい先日の出来事を思い出す。



「僕のやらかしで倉庫が全焼しました!!」


「いや、そんな満面の笑みで言うようなことじゃねぇでしょう!?」


「どうせ使わないものが押し込んであるだけでしたし、大丈夫ですよ」



 母上が捨てろと言っても「思い出の防具だから!!」と父上が頑なに捨てなかったものばかりで、使われているものは無かった。


 父上は物を捨てられない性分なのだろう。前世の友達にもいたから分かる。



「うーん、でも流石にここまでショックが長引くのは想定外ですね」


「なんとかしてくれねーですかね? 話しかけても上の空で、畑仕事がちっとも進まないんですよ」


「そうは言っても、どうしたものか……」



 父上に付与魔法を施した武器をプレゼントするという案が浮かぶが、すぐに消す。


 付与魔法は、使い道によっては危険な代物だ。


 戦いの素人でも魔導具化した武具で装備を固めたら、その脅威は測り知れなくなる。

 まあ、そこまで大量に武具を魔導具化するには魔力が足りないけどね。


 仮に父上に付与魔法を施した武器をプレゼントして、何らかの理由でそれが第三者の手に渡ったら一大事である。


 だから、付与魔法を施した武器をプレゼントするのは絶対にナシだ。



「んー。あ、そうだ」



 俺の父さん――あっ、前世の父親な。


 父さんは何か仕事でイライラすることがあったら、大型二輪のバイクに乗って高速道路を爆走する人物だった。


 アスランとは違う性格だが、男は誰しもバイクに憧れるもの。


 よし、バイクを作ろう。

 そうと決まればバイク作りに必要な素材を集めなきゃならないが……。



「あ、バトラーさん!! あれ、くれませんか?」


「ん? ああ、壊れた荷車ですかい? 別に構いやせんが……」


「ありがとう!!」



 俺は畑の隅に放置されている壊れた荷車に駆け寄った。


 欲しいのは荷車そのものではなく、車輪だ。


 造形魔法は手で捏ねくり回す都合上、どうしても綺麗な円形を作ることができない。

 そういう場合は、既存のものを流用するのがベストだろう。



「うーん、車輪はどうやって回そうか。風魔法で回すだけだとパワー不足だろうし……」



 バイク……エンジン……モーター……モーター。モーターだ!!


 俺はダッシュで屋敷に戻り、倉庫があった場所まで急ぐ。



「たしかここら辺に、あった!! 銅の剣!!」



 革製の装備なんかは全て塵になってしまったが、金属製の武具が埋まっていて良かった。


 こいつを造形魔法で紐状にすれば……。



「銅線の完成!! あとは鉄で『コ』の字を造って……磁石は……雷魔法で行けるかな?」



 都合良く磁石なんてものはないので、これも作る。

 鉄塊に銅線を巻いて、全力の雷魔法を何度も当ててみる。


 人を一人くらいなら殺せる出力で、ようやく磁石が完成した。


 あ、原理とか聞かないでね? ドクタース◯ーンの漫画で知ったことだから。



「あとはこいつらを組み合わせれば、モーターの完成だ!!」



 不格好だけど、試しに雷魔法で電流を流してみたら普通に動いた。


 気になるところはあるが、まあ、大丈夫だろう。



「あ、そうだ。雷魔法を何かに付与して、アクセルを回すとそこからモーターに電気が流れるようにすれば……」



 ふっふっふっ、完成したぞ。


 と、ちょうどそのタイミングで父上が屋敷に戻ってきた。



「クノウ? 何をしてるんだ?」


「父上、ちょうど良いところに。前に倉庫を燃やしてしまったお詫びに、プレゼントを作ってました」


「プレゼント? それのことか? なんだ、それ」


「自動二輪車……いや、構造的にミニ四駆みたいなもんだし、魔力で動くし、名付けるなら魔力駆動二輪車、ですかね。コホン。では改めて」



 秘密じゃないが、道具を見せる時はドラ◯もんをリスペクトして行こう。



「てれてれってれー、魔力駆動二輪車ぁ」


「いや、だからこれは何なんだ?」


「実はこれ、乗り物なんです。馬を使わない馬車って感じですね!!」


「馬を使わない馬車?」


「はい!! 取り敢えず跨ってみてください!!」


「あ、ああ。こうか?」



 父上がバイクに跨がった。



「あとはハンドルを握って、右側のハンドルを捻ってみてください」


「こう、か? ――ッ!!!!」



 ギュオンッ!!!!


 という凄まじい音と共に父上の姿が消えた。いや、消えたように見えた。


 父上の姿を目で追うと、そこには屋敷を囲む塀に勢い良く突っ込む父上の姿があった。



「大丈夫ですか、父上」


「な、なんなんだ、これは!? 凄いスピードだったぞ!?」



 地面にひっくり返ったまま、父上が驚いた様子で叫ぶ。



「す、凄いな!! これがあれば重たいものの運搬が相当楽になるぞ!!」


「あ、そういう使い方もありますね。本当は父上のストレス解消に乗り回してもらうために作ったんですが」


「そ、そうか!! ちょ、ちょっと適当な道を走ってくる!!」


「いってらっしゃーい」



 そう言って屋敷の外へ出る父上。


 どこからか「ヒャッハァーッ!!」という世紀末のモヒカン肩パッドが叫びそうな声が聞こえてきたが、気にしない。


 ……あっ。



「ブレーキ付けてなかった……。というか、冷静に考えたら木製の車輪で舗装されてない道とか危ないかな? それにサスペンションも無いからお尻が痛くなるかも……。ま、父上なら大丈夫か」



 十数分後。


 小石に躓いて重傷を負った父上がバトラーさんに担がれて屋敷に戻ってきた。


 幸いにも母上の治癒魔法で大事には至らなかったが、俺も父上も説教6時間コースに突入する羽目に。


 事故ったのは父上なのに……。


 俺はもう怒られないために、魔力駆動二輪車の改良を心に誓うのであった。







――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント世界観説明

この世界では朝に行水をする。寝汗を掻くから。だから基本的に臭い。


ワンポイントヒロイン設定

何故かヒロインからはいい匂いがする。


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