第2話 悪役貴族、ドライヤーという名の火炎放射器を作る





 フェルシィという姉、ウェンディという妹ができた。

 ゲームの画面越しに見ていた好きなキャラが姉妹になるというのは、不思議な感覚だな。


 まあ、それは一旦置いといて。



「生きにくいっ!!」


「うおっ、びっくりした」



 俺は父上の書斎で、ここ数日の転生ライフで感じたことを叫ぶ。


 思わず机をドンと叩くと、父上ことアスランがビクッと身体を震わせる。


 おっと、領主としてのお仕事をしている父上の邪魔をしちゃまずかったかな。 



「ど、どうしたんだ、クノウ? 急に大きな声を出して。なんで泣いてるんだ?」


「……何でもないです、父上」



 あの日以来、母上の尻に敷かれている。


 元から気の強い母上が家族内カースト上位だったが、あの一件が完全に家庭内での上下関係を定める決定打となった。


 今や母上の中での父上の扱いは使用人以下である。


 まあ、悪いのは完全にアスランなので、俺は何も言わない。

 反省しなさい。



「父上、生きにくいと思ったことはありませんか? 例えばそう、車が無いから移動が不便とか、炊飯器が無くて美味しいお米を炊けないとか。トースターが無くて美味しい焼き立てのパンが食べられないとか」



 この世界は不便だ。


 ゲームの世界だから魔法こそ存在しているが、ちっとも便利じゃない。


 大金持ちじゃない限りは風呂も持ってないし、パンは硬くて不味いし、移動用の馬とかお尻が痛くて仕方がないし。



「くるま? すいはんき? とーすたぁ? すまん、オレにはお前が何を言ってるのか分からん」


「……ですよね。父上に言っても仕方ないですよね」


「な、なんだろう、物凄くガッカリされているような……。オレが悪いのか?」


「欲しいものが存在していなくてショックってだけの話です」


「よく分からんが、無いなら作れば良いじゃないか」


「そんな『パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない』みたいなこと言われても……言われ……ても……あっ!! そうですね!! その手がありましたね!!」



 ゲームの世界のキャラデザすら存在しないちょい役の悪役貴族に転生したり、大好きなヒロインが義姉妹になって完全に忘れていた。


 そうだ、俺には付与魔法がある!!


 付与魔法は、血統魔法という普通とは少し違う魔法だ。

 血統魔法ってのは、その一族の血を引く者にしか使えない特殊な魔法。


 付与魔法は元々、母上の実家であるアンダイン子爵家に伝わる血統魔法だが、母上の血を引く俺はこの魔法を使うことができる。


 本来は剣などの武具に魔法を付与して強化するための魔法だが、上手く使えば前世の家電製品を再現できるかも知れない。


 やってみる価値はある!!



「でもいざ作ろうと思うと、何を作るか迷うなあ」


「何のお話ですか、お兄様!!」


「お、ウェンディ!!」



 俺が頭を抱えていると、父上の書斎に白銀色の髪の幼い女の子が入ってきた。


 新しい家族、義妹のウェンディである。



「姉上は?」


「フェルシィお姉ちゃん――じゃなくて、フェルシィお姉様はお義母様とマナーのお勉強をしています!!」


「そっか、勉強熱心だなあ」



 ちなみに、母上とウェンディたちの関係は今のところ良好だ。


 やはり俺の説得が大きいのだろう。

 原作とは扱いが大分違っていて、食事は全員で一緒に摂るし、ご飯もちゃんとしたものを食べている。


 ゲームでは離れにほぼ監禁状態で、食べ物は廃棄する残飯ばかりだったのに……。


 フェルシィとウェンディが幸せそうで、二人を推していた俺にとっては嬉しい事だ。



「それで、何の話をしてたんですか、お兄様!!」


「んー、いや、ちょっと付与魔法で便利なものを作ろうかなって思ってるんだけど、何から作ろうか迷ってるんだ」


「便利なもの?」


「そ。ウェンディは何か困ってることとか、こういうものがあったらなあってものはないか?」


「うーん」



 俺の膝の上に乗って小首を傾げるウェンディ。


 あらやだ。うちの妹ってばいちいち仕草が可愛いわね。


 ……いかんいかん。心の中のオネエが出てきた。



「あっ。髪をお湯で洗った後、中々乾かなくて大変です!!」


「む」



 たしかに女の子は髪が長いから、乾くまで時間がかかって大変か。

 髪も痛むだろうし、女の子ならではの困り事だな。


 となると、必要なのはドライヤーか。


 それくらいなら風魔法と火魔法ですぐに再現できそうだ。



「じゃあまずは素材を集めないとな。あ、そうだ。父上、今は使ってない剣とかありましたよね?」


「え? あ、ああ。倉庫に置いてあるが……」



 父上は元々傭兵で、戦争で武勲を立てて貴族になった成り上がりだ。

 そのため、普通の貴族は持っていないような量の武具を屋敷に保管している。


 俺はウェンディと一緒に倉庫へ向かい、使い古されている鉄製の剣を手に取った。



「お兄様、何をするのですか?」


「ふっふっふっ。付与魔法の使い手は、その力を十全に発揮するために昔から相性の良い血統魔法を持つ一族と婚姻を繰り返してきた歴史があるんだ」


「あ、お義母様から習いました!!」



 その中には、物体の形状を粘土みたいに自在に変えることができる魔法も存在する。



「――造形魔法、発動!!」



 俺は鉄の剣をぐにぐにと捏ね回し、一旦丸めて鉄球にする。



「お、お兄様、凄いです!!」


「ふふんっ。まだまだ!!」



 今度は鉄球をドライヤーっぽい形に変えた。少し不格好だが、問題は無い。

 あとはこれに付与魔法で火魔法と風魔法を付与すれば……。



「てれてれってれー、ドライヤー!!」



 俺はド◯えもんっぽくドライヤーの使い道を説明する。



「お兄様、それは?」


「髪を乾かすための道具だよ。試しに魔力を流してみようか」



 普通、魔法を使うには複雑な詠唱や魔法陣が必要になってくる。


 しかし、付与魔法で物品に魔法を付与した場合、それらが必要無くなるのだ。

 ただ魔力を流すだけで、誰でも魔法を使えるようになる。


 これが付与魔法の強みである。


 と、付与魔法の説明はここまでにしておいて、実際にドライヤーを使ってみよう。


 俺はドライヤーに魔力を流した。



――ブゴォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!



 炎の柱が天へと昇る。


 俺は慌ててドライヤーに魔力を流すのを止めた。



「……」


「……」


「……」


「お兄様」


「すぅー、ふぅー」


「お兄様!! 天を仰がないでください!! これで髪の毛を乾かしたら燃え滓になっちゃいます!!」


「あれ? おっかしいなー? ってか熱っ!!」



 ドライヤー(仮)の熱で持ち手の部分が赤く変わっていて、手から肉がこんがり焼けた匂いが漂ってくる。



「お、お兄様、酷い火傷です!! すぐに手当を!!」



 ウェンディに火傷の手当てをしてもらいながら、俺は首を捻らせる。



「うーん、まさかドライヤーが火炎放射器になっちゃうとは。少し出力を調整してみよっと。でもまあ、これはこれで使い道ありそうだし、試作一号ということにしておくか」


「まだやるのですか!?」



 ウェンディが驚愕しているが、こればっかりは前世からの性分だな。

 元々プラモデルとか作るのが好きだったし、こういうのは無性に凝りたくなる。



「持ち手の部分は熱が伝わらないように木製にしてみるか。出力も抑えて……。よし、完成」


「だ、大丈夫ですか?」



 俺からサッと距離を取るウェンディ。


 最初のでかなり怖がらせてしまったらしい。でも今度こそ大丈夫だ。



「大丈夫大丈夫。見てろって」



 俺は魔力を流した。



――ドッゴォオオオオオオオオンッ!!!!



 ドライヤーが爆発した。

 ドライヤーだったものの破片が辺り一帯に飛び散ってしまう。



「どこが大丈夫なんですか!!」


「けほっ、けほっ。いやー、失敗失敗。中々上手く行かないなー」



 でもこれ、すっごく楽しいや。



「お兄様、お兄様!!」


「ん? 大丈夫大丈夫!! 今度こそ大丈夫だから!!」


「そうじゃないです!! 倉庫!! 倉庫に火が!!」


「え?」



 ウェンディが指差す方をちらりと見ると、大きな火柱が立っていた。

 父上の思い出が詰まった武具を保管している倉庫が、見事に燃えていたのだ。



「あっ」


「お、おい、なんか二回も凄い音がしなかったか!? 一体何が――」



 そこにやってくる父上。



「お、オレの大事な装備があああああああああああああああああああああああッ!!!!」


「いやー、てへっ☆ すみません、父上」


「おま、クノウ!? い、いや、叱るのは後!! 水!! まずは水で消火しないと!!」



 数十分後、騒ぎを聞きつけた母上がやってきて水魔法で消火してくれた。


 俺は母上から4時間のお説教を食らったが……。



「オレの……オレの……装備が……」



 燃え滓となった倉庫の前で呆然と立ち尽くす父上の姿は、ちょっと面白かった。


 やっぱり俺は、悪役の素質があるのかも知れない。





――――――――――――――――――――――

あとがき

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