第6話 悪役貴族、感動して泣く
ゴブリン。
それは、いわゆる雑魚モンスターだ。
しかし、雑魚という評価は『ファンタジスタストーリーズ』の主人公、つまりはプレイヤーにとってのもの。
戦う力を持たない農民からすれば、十分な脅威として知られている。
そのゴブリンを、狼狩りに出かけた父上が目撃したと言う。
「本当、なのですね?」
「こんなことで嘘は言わない!! まずいのは、連中が狼を捕まえて飼いならしてたことだ!!」
「ゴブリンライダーまで……上位種がいるのは確定ね」
父上と母上が難しい顔を見せる。
「とにかく、領内で戦える者を集めましょう。子供たちは出歩かないようにさせます。クノウたちもしばらく外出は――クノウ? クノウ!? だからそれはどういう感情を表す表情なの!?」
「はっ!! す、すみません、母上」
どうやら俺は父上と母上以上の、難しい顔をしていたらしい。
しかし、無理もないと思って欲しい。
何故ならこのゴブリン襲撃は、ドラーナ領が父ことアスランから俺ことクノウのものになる切っ掛けだからだ。
とどのつまり、このゴブリン襲撃で父上は――死ぬ。
名のある傭兵だった父上が、ゴブリンたちに負けてしまうのだ。
そして、これが俺自身の、クノウの処刑にも繋がってくる。
何故ならクノウは、領民を襲わない代わりに小麦や動物の肉、時には旅人の女性を騙してゴブリンたちに捧げるという契約を交わしたのだ。
ゴブリンたちのボス、ゴブリンキングと。
それが五、六年後に主人公にバレてしまい、ゴブリンキングは討伐。
クノウは魔物と内通した罪で処刑となり、フェルシィとウェンディはクノウの犯した罪を償うため、主人公と共に魔王討伐の旅に出るのだ。
ある意味、幼いクノウが取った選択は領地と領民を守るためのものだったのだろう。
しかし、それが破滅へと繋がる第一歩。
「……やらなきゃ」
小さく呟いて、俺は自室に籠もる。
そして、必要になりそうなものを作り、夜が来るのを待った。
父上と母上には心配をかけるだろうが、父上を含めた戦える領民たちはゴブリンキングの罠によって全滅してしまう。
それを回避するためには、その罠を知っている第三者が場を引っ掻き回すしか無い。
父上の決断で、ゴブリンの集落に攻撃を仕掛けるのは明日の早朝となった。
それまでに、俺がゴブリンたちを可能な限り減らす。
他の誰にも出来ないことだ。
「よし、行こう」
「どこに行くの、クノウくん」
「ヒョア!? あ、姉上!?」
自分の部屋を出たら、速攻でフェルシィに見つかってしまった。
「えっと、ですね」
「ゴブリンを倒しに行くの?」
「ギクッ」
「……やっぱり。駄目です、絶対に行かせません」
「で、でもこのままじゃ……」
いや、なんて説明するつもりだ。
まさかゴブリンキングがいるから父上たちは全滅してしまう、だから俺が倒しに行くなどと説明するわけにはいくまい。
かと言ってここで引き下がったら、俺の死が近づいてくるような気がする。
そもそも、何故ゴブリンキングの存在を知っているのかという話になるはずだ。
前世の記憶があるから、と父上たちに説明しても良いだろう。
説明した場合、俺は確実におかしな子という扱いを受ける。
何より先の出来事を知っている俺が直接動いた方が、確実に良い結果に繋がるはず。
……ここは強行突破しよう。
「あっ、待ちなさい!!」
俺は姉上に背を向けて、玄関まで全力で走った。
「――アイシクルトラップ!!」
「んお!?」
走った、のだが。
俺は急に足元に出現した氷に絡め取られ、転倒してしまった。
い、今のは……ッ!!
「あ、姉上、いつの間に魔法を使えるように?」
アイシクル系の魔法、つまりは氷属性の魔法だ。
『ファンタジスタストーリーズ』では、フェルシィがパーティー加入直後から使える魔法。
しかし、使えるようになる理由は『ゴブリンキングに負けそうな主人公を助けたいと願ったから』だったはず。
なんで使えんの!?
「……お義母様から習いました」
「ガッデム!!」
そういうことか。
俺が母上とフェルシィの間を取り持ったせいで、本来のストーリーよりも早く魔法を習得してしまったのだ。
このアイシクルトラップは、対象の動きを止める効果がある。
ゲーム的に言うと、一回休みの効果だ。
次に行動できるようになるまで、どれくらいの時間がかかるか分からない。
これは、逃げられないな。
「ゴブリンを倒しに行くの?」
「ギクッ。あ、姉上!! お願いだから行かせてください!!」
「駄目よ。危険すぎる」
「で、でも――」
パァンッ!!
と、弾けるような音が辺りに響いた。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、すぐに理解する。
フェルシィが俺に平手打ちをしたのだ。
思ったより威力があって痛い。
これは多分、あれだな。
状態異常『混乱』を治す特技『お姉ちゃんビンタ』である。
まじで痛い。
「……急に叩いてごめんなさい。でも、嫌な予感がするの。あそこに行ったら危ないって。無事では済まないって」
「あ、姉上……」
「この不安は、前にベッドで話した時と同じ。夢が覚めてしまうのではという不安だわ。貴方にもしものことがあったら、私は……」
悲しそうに俯くフェルシィ。
や、やめてよお。そういう顔されたら何も出来なくなっちゃうじゃんか!!
ぐぬぬぬ。
「お願い、クノウくん。私を、この幸せな夢から覚まさせないで……」
「分かり、ました」
「……ありがとう」
駄目だな、こりゃ。
父上が死ぬのも嫌だが、フェルシィに辛い思いをさせるのも嫌だ。
どないせいっちゅうねん。
いかんいかん、俺の中の関西の人が出てきてしまった。
……それにしても今のフェルシィの台詞、どこかで聞いたような……。
あ、そうだ。
たしか主人公が魔王城に一人で乗り込もうとした時、フェルシィが主人公を止めて言った台詞と同じだったな。
まさか実際に聞けるとは思いもしなかった。
っと、現実逃避している場合じゃないな。これからどうしようか考えねば。
……。
……。
……。
あかん、何も思い浮かばん。ええい、考えるのが面倒だ!!
そもそも破滅への道を回避するとか、そういう小難しいのは苦手なんだ!!
もう深く考えるのはやめよう。
「クノウくん? どこに行くの?」
「父上と母上のところに!!」
今、二人は明日のゴブリンの集落を襲撃する算段を立てているはず。
もうありのまま起こることを話してしまおう。
おかしな子って思われても知らん。
ゴブリンキングの罠があると知っているだけでも、結果は変わってくるはずだ。
「父上!! 母上!!」
「うお!? び、びっくりした。どうしたんだ、クノウ? こんな時間に――」
「お話があります!! 明日のゴブリン退治についてです!!」
俺は全てを話した。
ゴブリンキングの存在と、その罠について。
しかし、母上は。
「何故ゴブリンキングがいると分かるのです?」
「そ、それは……その……」
当然の疑問だった。
どうしようか。
前世の記憶があって、ここはゲームの世界で、シナリオを知っているからと説明するべきだろうか。
分からない。
言っても信じてもらえないのでは、というのが正直なところだ。
俺が返答に困っていると、不意に父上が俺の頭をわしわしと撫で始めた。
「良いじゃないか、カリーナ」
そう言って、父上が微笑む。
「ゴブリンキングがいて、罠があることを前提で作戦を立てよう」
「あ、あなた……」
「父上……」
「たまには父らしく、カッコ良いところを見せたいからな。お前を信じてゴブリンキングの首を獲ってこようじゃないか」
下半身はだらしないくせに、こういうところは頼りになる。
きっと母上が決定的に父上に愛想を尽かさないのも、こういうところが理由なのだろう。
「それに、最悪を想定して動くのは良いことだ。ゴブリンキングがいなかったらいなかったで楽できるだろうしな。カリーナも、クノウの言うことを信じてあげよう」
「ちょ、ちょっと!! まるで私が息子の言葉を信じてあげない冷酷な母親みたいではありませんか!!」
父上の物言いに、母上が顔を赤くして怒る。
「母上も、信じてくれるんですか? 自分で言うのもなんですけど、結構おかしいこと言ってますよ、俺」
「最初から信じているに決まっているでしょう!! 子を信じない親がどこにいますか!! って、クノウ? だからその表情は何!?」
え、やだ。感動して泣きそう。親ガチャURやんけ。
「は、母上ぇ」
「……ふふ、ほら来なさい」
中身は良い年してるが、俺は本物の十歳の子供のようにカリーナの、母上の腕の中で泣くのであった。
これは、フェルシィに止めてもらって良かったかも知れない。
――――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイント母上(カリーナ)設定。
巨乳。
「面白い!!」「フェルシィの台詞にグッときた」「わいは最後のカリーナの台詞でグッときた」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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