第7話 悪役貴族、強くなるために弟子入りする




 父上が戦える領民十数名と共にゴブリン退治に向かった。

 改良してブレーキとサスペンションを付けた魔力駆動二輪車に乗って。


 遠くから「ヒャッハァーッ!!!!」という世紀末のモヒカン肩パッドみたいな声が聞こえたが、多分気のせいだ。


 もう俺にできるのは、待つことくらいだろう。



「大丈夫ですよ、クノウ」


「母上……」


「あの人はだらしないけど、あの人魔戦争で生き残った英雄なのだもの。心配要りません」



 人魔戦争。

 『ファンタジスタストーリーズ』の本編よりも十数年前に起こった、人間と魔族の大戦。


 父上はその戦争で傭兵として手柄を立てたことで男爵位と領地を国王から賜った。


 多分、大丈夫だ。


 ゴブリンキングがいることと、罠があることを信じてもらえた。

 だからきっと、大丈夫だと思いたい。


 そうして部屋に戻った俺は、ある物が無くなっていることに気付いた。



「あれ?」


「お兄様、どうかなさいましたか?」


「あー、えっと、火炎放射ドライヤーが無くなっててな。知らないか?」


「それならお父様がゴブリン退治に持って行くのを見ました!!」


「え? まじ?」



 ちょっと想像してしまう。


 父上が魔力駆動二輪車バイクを乗り回しながら、火炎放射ドライヤーを片手に「ヒャッハァーッ!!!!」している様を。


 ……完全に世紀末の人間じゃねーか。



「父上が無事に帰ってきたら、肩パッドでもプレゼントしようかな」



 ついでにモヒカンの被り物も作っておこう。



「……作るだけじゃ、駄目かなあ」



 この世界は危険で満ちている。


 生活を豊かにすることも大切だが、優先すべきは自身の強さだろう。

 銃を作っても、自分に扱うだけの力が無ければ意味が無い。


 よし、決めた。


 俺は部屋を飛び出して、台所へと向かった。



「あら、坊ちゃま。お食事の時間はまだですよ?」


「俺を食いしん坊みたいに言わないでよ、マーサさん」



 マーサさん。


 俺たちが住む屋敷の掃除や食事の用意をしてくれている、いわゆるお手伝いさんだ。


 この世界ではかなり長寿な御年七十歳の老女だが、彼女には屋敷のお手伝いさん以外にもう一つの役割がある。


 それが、屋敷の警護だ。


 年寄りのおばあちゃんにそんな仕事が出来るのかって?


 マーサさんを舐めちゃいけない。


 一線を退いたとはいえ、大きな戦争で手柄を立てた父上を一歩も動かず片手でぶちのめす人だ。


 実力は折り紙付き。

 肉弾戦闘を学びたいなら、この人に弟子入りするしかない。



「マーサさん、俺に戦い方を教えてください」


「おやまあ。坊ちゃまはそういうことに興味が無いと思ってましたが……」


「ついさっき興味を持ったんです」


「……ふむ。どの程度まで?」



 それは、どれくらい強くすれば良いのか、という意味だろう。



「無手で自分と身近な人を守れるくらいには」


「畏まりました。ただ、坊ちゃまをしごくとなると、奥様にお叱りを受けるかも知れないので内密にやりましょう」



 し、しごく……。ちょっと怖いけど、まあ、頼りにはなりそうだ。



「ありがとう!!」


「……この時間帯なら、奥様は自室で書類整理中ですね。早速、やりましょうか」



 そう言うと、マーサさんが掃除用のモップを片手に庭へ出た。


 え、モップで戦うの?


 俺が少し驚いて目を瞬かせていると、マーサさんは曲がった腰をピンと伸ばした。

 そして、全身を運動させてバキバキという不気味な音が庭に響く。



「坊ちゃま、戦闘で最も必要なものは何だと思いますか?」


「え? き、筋力とか?」


「たしかに筋力も大事です。ですが、それ以上に大切なのが目です」


「目?」



 俺は首を傾げた。



「人間が外界から得る情報の殆どが視覚です。故にまずは、坊ちゃまの目を鍛えます」


「目を鍛えるって、どうやって?」


「こうやって」


「え? ぐごおっ!!」



 シュバッ!!


 という風を切るような音と共にマーサさんの姿が霞んだ。

 かと思ったら、俺は首に恐ろしく重い一撃を食らって吹っ飛んだ。


 地面をしばらく転がってから、ようやく何が起こったのか察する。


 モップだ。


 モップで首をぶん殴られて吹っ飛んだ。ただ、それだけである。



「な、なんていうスピード……」


「坊ちゃまにはまずこれを回避、あるいは防御できるようになってもらいます。もちろん、魔法も武器も無しです。では、もう一度」


「え? ちょ、ま、まだ準備が――」


「実戦で相手は待ってくれませんよ? ほらほらほら!!」



 心なしか楽しそうなマーサさん。


 こんの、バトルジャンキーめ!! こちとら十歳児やぞ!! もっと優しくせんかい!!


 いや、指導を頼んだのは俺だけどさあ!!



「がふっ、ごふっ、おごっ、げばっ」



 実を言うと、あまり痛みはない。


 いや、悶絶するような痛みではあるが、痣が残るような本気の打撃ではない。


 ない、のだが……。


 あまりにも一方的だった。

 コンボ技の連発でハメ殺しされる格ゲーのキャラって、こんな気持ちなのだろうか。


 延々とマーサさんの攻撃を食らっているうちに、少し分かったことがある。


 攻撃が速いというか、早い。


 次の攻撃をするための予備動作が、一手一手に組み込まれているとでも言うのだろうか。


 無駄のない、合理的な動きをしているように見える。

 勘で避けようとしても、モップ攻撃が的確に俺を捉えてくるのだ。


 あまりにも速く、早い攻撃。


 しかし、その攻撃を見切るために必要な動体視力が俺には無かった。


 なるほど、目が重要ってのはこういうことか。



「くっ、そおっ!!」



 とにもかくにも、無防備でいては良い的だ。俺は拳を握り、構える。


 そして、目をマーサさんの攻撃に慣れさせる。



「ふんっ!!」


「うおおおおおおおッ!!」



 マーサさんのモップ攻撃を、辛うじて首を捻って回避する。


 しかし、そこまでだった。


 回避したと思った次の瞬間、次のモップ攻撃が俺の顎を打ち抜いた。

 俺は宙を舞い、そのまま地面に落下する。


 K・O!!


 下が柔らかい土でよかった。


 コンクリートだったら確実に血を流してたと思うね、これは。



「ぜはあ、ぜはあ、動きがでたらめ過ぎる!!」


「ほっほっほっ、年寄りだからと侮るからこうなるのですよ」



 別に侮ってないよ!! 結構身構えてたよ!!



「ですが、正直驚きましたね。もう回避されるとは思いもしませんでした。最近の子供は物覚えがいいんですねぇ。この間もウェンディお嬢様が……あっ」


「ウェンディ? え、何? どういうこと?」


「あー、えっと、ほっほっほっ」


「おいコラ、笑って誤魔化さないでください!!」



 その後。

 マーサさんを問い詰めると、なんとウェンディも俺と同様に戦い方を教えて欲しいと言ってきたらしい。


 毎日こっそり、母上がフェルシィと勉強している間に戦い方を教えていたのだとか。


 俺はそれを聞いてハッとする。


 言われてみれば、マーサさんの動きはゲームでのウェンディと同じだった。


 ゲームでは回復も攻撃も防御もこなせる汎用性の高い魔法使いであるフェルシィに対して、ウェンディはいわゆる武闘家。


 超攻撃特化で会心の一撃を連発するような可愛くて強いヒロインだ。


 なるほど、合点が行く。


 おそらく、ゲームでのウェンディは俺や母上にいじめられる裏側で、マーサさんに弟子入りしていたのかも知れない。



「……まあ、母上には内緒にしてきます」


「よ、よろしいので?」


「ウェンディが自分から望んだことでしょう? なら止めることはできません。でも、大きな怪我をするような鍛え方はやめてください。絶対に。もしやったらその時は……」


「その時は?」


「縄で縛って領内をバイクで引きずり回します」


「ほっほっほっ、バイオレンスですなぁ」



 そうこうしているうちに日は落ちて。


 翌朝、満身創痍となった父上がゴブリン退治から帰ってくるのであった。










――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントヒロイン設定

フェルシィは攻守優れた序盤から終盤まで活躍する魔法使い。

ウェンディは序盤イマイチだけど、レベル上げまくったら会心の一撃を繰り返す終盤鬼強武闘家。


ワンポイントマーサ設定

強いのにゴブリン退治へ行かないのは、仕事じゃないから(屋敷の管理、警護は仕事)。弟子を取るのは趣味。


「面白い!!」「マーサさんが強い」「ウェンディが肉弾戦特化なの意外」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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