第15話 悪役貴族、お風呂を作る





 女王ことフレイヤがドラーナ領に来てから、既に三日が経った。


 あれからフレイヤはモヒカン肩パッドを装備し、たびたびドラーナ領内を魔力駆動二輪車改で疾走している。



「ふう、やはりこれはよいものだな!! まるで風になったような気分だぞ!!」


「そ、それは良かったです」


「うむ、褒めてつかわす!!」



 この人、いつまでここにいるんだろうなあ。


 初めて謁見した時は女王らしく威厳ある姿だったし、ちらっと見せた母親の顔は慈愛に満ちていて優しそうな人だと思った。


 しかし、今はどうだろうか。


 モヒカン肩パッドを装備して汗を拭う姿は、いっそお笑い芸人のようだった。


 一体誰だよ、モヒカン肩パッドが正装とか言ったのは。

 ……そうだよ、俺だよ。ごめん。



「ドラーナ領はいいな、空気が美味い。……風呂が無いのは残念だが」


「お風呂は高価ですし、うちではとても……」


「ふむ、そなたは作れんのか?」


「え?」


「いや、そなたなら自力で作れるだろう?」


「……」



 そうだ、そうだよおッ!!!!


 なんで今まで気付かなかったんだ!?

 風呂とか水魔法と火魔法を付与すれば簡単に再現できそうじゃねーか!!


 こ、これは早速作業に取りかからねぇと!!


 風呂は古き良き日本人の魂と言っても過言ではない代物。


 作らねば。素材を出し惜しみせず作らねば。



「お、おい、クノウ? どうした? 急にまとうオーラが歴戦の猛者の如く鋭くなっているが……」


「お気になさらず。ちょっと作業場に籠もります」



 俺はフレイヤにお辞儀して、自室にこもる。


 まずは浴槽作りだ。


 屋敷の中に作るならユニットバス一択だが、ドラーナ領には無駄に良い景色があるのだ。

 せっかくなら露天風呂にしたい。……いや、それはやめよう。


 あー、ちっくしょうめ。


 露天風呂ならただのお湯じゃなくて、温泉だったら最高なのに。


 どっかに湧いてたら良いのになあ。


 温泉じゃない露天風呂も有りっちゃ有りだが、それは温泉が見つかった時のために取っておこう。



「ま、無いものは考えても仕方ない。水魔法と火魔法の付与は確定として……。浴槽に浄化魔法を付与して湯を清潔に保つのもありだな」



 前世では毎日しっかり風呂に入るタイプだったが、一番最後に入ると色々浮いてたからな。


 皮脂とか毛とか。


 そういうのが無理だったから、俺は毎日最初に風呂に入っていたのだ。

 どうせなら全員に良い気持ちで風呂に入ってもらいたいし、浄化魔法の採用は有りだ。



「そうだ、浴槽には魔鉱石を使うか」



 扇風機に魔鉱石を使って分かったことだが、魔鉱石には魔力をある程度溜めておくことができるらしい。


 魔力版の電池みたいなもんだな。


 これを使って出力を調節したら、長時間清潔な状態が保たれるはず。



「よし、これで完成っと」



 細かい調節と安全チェックも済ませて、蛇口付き浴槽は完成だ。


 ……そのうち大人数用の浴槽でも作って銭湯を開くのも有りだな。


 この世界は衛生的にどうかと思うところが多々あるし、毎日風呂に入れば皆が健康になって長生きできるはず。


 うむ、やはり風呂は素晴らしいな!!



「さーて、早速庭に運んで入るか!!」



 俺は浴槽を持ち上げようとして――



「お、重い」



 計算外。予想外。想定外。


 まさか浴槽が重くて作業場から運べないとは思いもしなかった。


 うーん、母上から魔法袋を借りて運ぶか。


 魔法袋に入れたら重さとか関係なくなるしね、うん、そうしよう。


 俺は作業場から出て母上の部屋に行こうとして――



「む、もう終わったのか?」


「あ、じょ、女王陛下」



 フレイヤとバッタリ遭遇してしまった。



「よせ。ここではただのフレイヤだ。本来ならケイゴも要らん。と、言いたいところだが、皆して余に気を遣う故、それは言わんようにしておる」


「そ、そうですか」


「して、そんなに慌ててどうした?」



 俺はフレイヤに事情を話し、急いで母上から魔法袋を借りてくると告げると。



「では余が運んでやろう」


「え? 結構重いですよ?」


「くっくっくっ、王族を舐めるなよ? 王家の歴史は長い。国内の血統魔法が使える血族をほぼ全て網羅していると言っても過言ではない」



 そう言うとフレイヤは作業場に入り、軽々と浴槽を持ち上げた。


 すごっ!!



「超人魔法と言ってな。通常の身体強化魔法よりも遥かに少ない魔力で何十倍にも身体能力を引き上げるのだ。で、これはどこに運べばよい?」


「こ、こっちです」



 俺はフレイヤを庭まで案内して、そこに置いてもらう。

 あとは浴槽を適当な土壁で囲めば、お風呂の完成である。



「ふむ。少々手狭だが、悪くない。早速入らせてもらおう!!」


「え?」


「む?」



 あ、いや、そうか。一応、フレイヤの要望だし、フレイヤが先に入るのが筋ってもんか?


 ちくしょう!! 初めて作ったお風呂には俺が最初に入りたかったのに!!



「で、では、俺はこれで――」


「待て。言われてみれば、そなたが作ったものだ。そなたが最初に入るのが筋というものだろう。しかし、余も入りたい」


「え、えっと? ではお先にどうぞ」


「故に、共に入ろうではないか」


「……ふぁ!?」



 何言ってんだ、こいつ!?



「くっくっくっ。なに、余に少年趣味は無い。安心するが良い」


「ぎゃ、逆ですよ!! むしろ心配しか無いです!!」


「む? そなたは熟女趣味か?」


「ちゃ、ちゃいますちゃいます!!」



 俺は熟女好きではない。


 歳上のお姉さんが好きなのだ。

 そして、フレイヤは二人の娘がいるものの、十分お姉さんで通用する若々しさと美貌を兼ねている。

 

 つまり、色々と良くない。


 俺は全力でフレイヤとの入浴を拒否する。ただし、失礼にはならないよう褒め言葉も添えて。



「そ、その、陛下は美人で綺麗ですし、若々しさと女性の魅力に溢れてますけど!! 男と女で風呂に入るのは良くないと思います!! 色々と!!」



 どうだ、相手を褒めながらも倫理的な問題を指摘して断るという素晴らしい戦術!!


 俺はノーと言える日本人なのだ!!



「……そ、そうか。ならば仕方ないな」



 よし!! 俺はガッツポーズを取った。



「そ、そうか、そなたは余を女として見ておるのだな。むぅ……」



 そういうわけで一番風呂をフレイヤに譲り、俺は作業場へ戻ろうとして。


 不意に父上と遭遇した。



「おう、クノウ。どうしたんだ、疲れた顔して」


「実はかくかくしかじかで――」



 俺はさっきあった出来事を父上に話した。


 すると、父上は困った様子で笑う。



「あー、ま、女王陛下はそういうところあるからな。戦場でも男に混じって剣振り回すし」


「勇ましいですね」


「っと、そうそう。お前から借りた魔力駆動二輪車で森を伐採しながら整地してたんだが、変な匂いのするお湯が湧いててな。何か知らねーか?」


「……は?」



 そ、それは、まさか……。



「火傷するくらい熱かったから、危ないし、埋め立てようかと――」


「アカーン!! 絶対に埋め立てたらアカーン!!」


「うお!? ビックリした」



 まさか、まさかドラーナ領に温泉、その源泉が湧くとは!!

 何もない田舎領地かと思ったら最高だぜ、ドラーナ領!!


 俺は早速の有用性を母上に力説し、領民を総動員した大温泉浴場を作るのであった。




――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントフレイヤ設定

本人は自分を男勝りな性格故にモテないと思っている。



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