第11話 悪役貴族、準男爵になる
「ふむ、間違いなくゴブリンキングか。ゴブリンの数も百は下らなかったと」
父上の報告を聞いたフレイヤが、顎に手を当てて難しい顔をする。
フレイヤの側近たる重鎮たちも同様だった。
「……分かった。報告ご苦労、貴様はもう下がって良いぞ」
「はっ!!」
フレイヤにお辞儀して、父上が謁見の間から退室しようとする。
俺もその後ろについて退室しようとした。
しかし。
「ああ、待て。クノウであったな。そなたは残れ、話がある」
「ふぁ?」
急に呼び止められて、俺は硬直した。
父上の方にちらっと視線を向けるが、何かを察したように肩を竦めて出て行ってしまう。
ちょ、え!? なんでぇ!?
俺はフレイヤや重鎮たちが向けてくる視線に居心地の悪さを感じ、早く謁見の間から出るため、フレイヤに呼び止めた理由を訊ねた。
「あ、あの、女王陛下。私が何か無礼をしましたでしょうか?」
「ふむ、無礼か? 強いて言えば余の胸をガン見したことだな」
「それは本当に申し訳ありません」
だって仕方ないじゃん。男は大きいものが大好きなんだよ。
あ、重鎮たちの一部の若い男性が「分かる。気持ちは分かるぞ、若人」みたいな感じで頷いてる。
やっぱり男は大きいのが好きだよな!!
まあ、小さいのが好きな人もいるだろうけどさ。俺は人の好みを否定する程、器の小さい人間じゃないのさ。
「さて、そなたを呼び止めたのは、どうしてもそなたに礼を言いたいらしい娘がおってな。――もう入ってよいぞ」
「はい、お母様」
ガチャッという扉が開く音と共に謁見の間へ入ってきたのは、女王と同じく黄金の髪とアズール色の瞳を持つ少女であった。
……あれ?
「エレ……?」
「はい、クノウ様」
その少女は俺が誘拐犯を轢き殺して助けたご令嬢、エレであった。
俺にお礼を言いたい娘って、エレのことか?
意外と早かった再会に驚いていると、フレイヤは間の抜けた表情で言った。
「なんだ、エレノア。本名を名乗っていなかったのか」
「クノウ様のお父君に急に名を訊かれて、咄嗟に答えてしまいまして……。では、クノウ様。改めて名乗らせていただきます」
エレがドレスの裾を掴み、優雅にお辞儀する。
「わたくしはガルダナキア王国第一王女、エレノア・フォン・ガルダナキアと申します」
「……ふぁ?」
第一、王女?
「……? クノウ様? クノウ様!? お顔が変なことになってます!!」
「はっ!!」
い、いかんいかん。ビックリし過ぎていつもの悪癖が出た。
しかし、なるほど、そういうことか。
道理でエレノアに見覚えがあるはずだ。
だって彼女は、ゲームにも登場した物語の鍵となる人物なんだから。
彼女こそ魔王の配下に拐われるフレイヤの二人の娘の一人であり、最後には主人公と結婚することもあるヒロイン。
キャラ人気投票をしたらフェルシィとウェンディと毎度並ぶ超人気ヒロインだ。
ん? 待って。
そう言えば女王は娘が拐われた心労で倒れて、そのまま帰らぬ人になるんだよな?
じゃあ、その拐われた娘って……。
「? クノウ様?」
エレ改め、エレノアがこてんと首を傾げる。
うわー!! 絶対にこの子だ!! 俺、思いっ切りシナリオに無いことしてるー!!
え? 大丈夫? これ、大丈夫だよね? 反動で急に俺が死ぬ羽目になったりしないよね!? 急に処刑とか言われたりしないよね!?
「あ、あの、クノウ様?」
「ひゃ、ひゃい!! あ、あの、そ、その節は大変なご無礼を……」
俺はその場で何となく土下座してしまった。
こちとら根っからの日本人。
何か問題を起こした時は取り敢えず土下座すれば解決するだろ、的な精神が根付いている。
「あ、頭を上げてください!! わたくしはお礼を言いたくてお母様に貴方を呼び止めてもらったのですから!!」
「……処刑とか、しないですか?」
「どこからそんな物騒な言葉が!?」
「ほう、クノウ。そなたは娘の恩人を余が処刑するような冷酷な女王とでも言いたいのか?」
「滅相もございません!!」
「くっくっくっ、冗談だ。そう怯えるな」
「お母様!! 冗談のタチが悪いです!!」
危ない、危うく墓穴を掘るところだった。
エレの正体がエレノアだったことや、フレイヤの冗談に冷や汗を掻いていると、不意にフレイヤが王座から立ち上がった。
そして、コツコツと足音を立てながら俺の方へと近づいてくる。
「あ、あの、女王陛下――むぎゅ!?」
フレイヤはそのまま俺を抱きしめた。
必然、フレイヤの柔らかくて大きなものが俺の頭を優しく包み込む。
ふぁ!? こ、この感触はっ!! ま、間違いない!! ぱふぱふだ!! これがあの伝説のぱふぱふなのか!!
俺はあまりの柔らかさに頭が真っ白になる。
重鎮たちから「羨ま死ね」という殺意にも似た怒りが向けられるが、それが気にならないくらい幸せな時間だった。
「ありがとう。そなたのお陰で、娘が助かった。本当に、礼を言う」
「お、お母様!! はしたないです!!」
「ん? ああ、心配せずとも娘の想い人を取ったりはせん。これはあくまでも、母として感謝を伝えたかっただけだからな」
「ふぇ? お、想い人なんて、そ、そんなものでは……ごにょごにょ……って、クノウ様!?」
「む? おっと」
ようやくフレイヤの柔らかいものから解放された俺は、自分の身に起こったことを理解するのに時間を要していた。
「ふっ、くっくっくっ。すまぬな、少し強く抱きしめ過ぎたか?」
「い、いえ、だ、大丈夫です」
やべー、これが大人の色気ってやつか。
ていうかフレイヤって、美人系なのに笑うとめっちゃ可愛いな。
「どうした? 余の顔に何かついているか?」
優しく微笑むフレイヤに、思わず心臓がドキッとする。
いや、たしかに俺は年上が好きだが!! 相手はこの国の女王で、しかも二人娘がいるんだぞ!?
ドキッとするな、俺!!
「あ、い、いえ、何でもないです」
「そうか。さて、娘を救い出してくれた報酬をやらねばならんな」
「いえ、報酬だなんて……。俺は当然のことをしただけですよ?」
「ふっ、そなたはアスランと違って謙虚だな。嫌いではないぞ。だが、遠慮はするな。娘の恩人に報酬を与えぬでは余の王としての器を疑われる。――おい、書状を持って来い」
フレイヤが重鎮の一人に命じて、一枚の紙を持って来させる。
それをフレイヤは受け取り、内容を読み上げた。
「クノウ・ドラーナ。そなたに準男爵の爵位を授ける。これは王命であり、反対する者は如何なる理由があっても罰する」
「……ふぁ? じゅ、準男爵?」
「なんだ、不満か? しかし、これ以上爵位を与えるには功績が足りぬ。金銭で支払うという形になるが」
「ちゃ、ちゃいますちゃいます!!」
準男爵と言ったら、騎士爵の一コ上。男爵の一コ下だ。
貴族ではないが、平民よりも遥か上の地位である。
一代限りの爵位ではあるものの、親からの爵位の相続ではない。
つまり、俺は子供ながら独立してしまったのだ。
いや、できることの方が増えるから喜ぶところではあるんだろうけどさ。
いきなり「じゃ、君は今日から貴族ね」とか言われたらビックリするわけで!!
しかもこれ、断ったら駄目な奴やん。
反対する者は如何なる理由があっても罰するって言ってたし、俺が反対してもアカン奴やん!!
「……つ、謹んで、拝命致します」
「うむ。これからも余の臣下として励むが良い」
いや、逆に考えるんだ。
準男爵は毎年王室からそこそこの金をもらうことができる。
前世の便利アイテムを再現するための資金が手に入ったと考えよう。うん、その方が良い。
「ところで、クノウよ」
「は、はい、何でしょうか?」
「そなたはどのようにしてケルベクを……誘拐犯を始末したのだ?」
「……」
「クノウ? その、時々見せる変顔はなんなのだ? 余をからかっているのか?」
「……ただの、悪癖です」
俺はちらっとエレノアの方を見た。
しかし、エレノアは首をふるふると横に振る。
どうやら約束した通り、魔力駆動二輪車改のことは誰にも言っていないらしい。
「ケルベクはエレノアの護衛だった男でな。剣の腕も見事なものであった。そして、転移魔法という血統魔法の使い手で攻撃を躱すのも上手い。して、そなたはどのようにケルベクを始末した?」
「……」
「爵位まで与えてやったのだ。正直に答えてもらうぞ」
そういうことか。
フレイヤは「爵位あげたんだから黙秘とか駄目だからね?」と言外に脅してきてるのだ。
何が娘を助けて貰ったお礼だ!!
ばちくそ別の思惑が込められてるじゃないか!!
美人な上に可愛くて、胸も大きいけど、やっぱり根っこは国を束ねる女王らしい。
完全に逃げ場を失った。
「……も」
「も?」
「黙秘します!!」
でも、バイクのことを言うわけにはいかない。
バイクの存在はこの場の全員を驚かせるだろうが、あれの仕組みを知っていて、作ることができるのは今のところ俺だけ。
俺だけに危害が及ぶならまだしも、フェルシィやウェンディ、母上に何かあったら絶対に嫌だ。
何がなんでも、絶対に黙秘する!!
「……ほう?」
フレイヤが冷たく鋭い目を向けてくる。
重鎮たちも「女王陛下に対して無礼な!!」とか言ってるけど、知ったことか。
こちとら女王のご機嫌窺いより家族の方が大事なんだよ!!
俺はフレイヤの目を見つめながら、ただその場に座して口を閉じるのであった。
――――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイント人物設定
フレイヤはカリーナよりも大きい。
「大きいは正義!!」「大きさなんか関係ない!!」「男っていつもそれよね!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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