第9話 悪役貴族、誘拐犯を轢き殺す





 翌日。


 俺と父上は王都に向けて出発した。

 魔力駆動二輪車改で王都の近くまで移動し、そこからは徒歩で向かう予定だ。



「気を付けてね、クノウくん」


「お兄様!! 行ってらっしゃいませ!!」


「はい。姉上、ウェンディ」



 相変わらずうちの義姉妹は可愛いなあ。



「というわけで父上、安全運転でお願いします」


「おう、任せろ!!」



 モヒカン肩パッドを装備した父上が、至って真面目に言う。


 思わず吹き出しそうだ。


 ちなみに、二人乗りではない。サイドカーを取り付けているからな。

 危険運転をしそうな見た目の父上と二人乗りとか絶対に嫌だ。


 まあ、その危険運転しそうな見た目にしたのは他でもない俺なんだが。



「ヒャッハァーッ!!!! 風が気持ち良いぜぇ!!」


「……」



 いいなあ。俺も運転したい。


 でも俺が運転しようとするとモヒカン肩パッドを父上が強要してくるので、乗ろうにも乗れない。


 王都までの道のりを順調に進む。


 風魔法による障害物の除去と土魔法による整地機能は問題なく作動しており、俺と父上の旅路をかなり楽なものにしていた。


 しかし、俺にはどうしても辛いものがあった。



「こりゃ、まじで凄いな。早馬で一ヶ月かかる道のりが一週間で王都までの道のりの半分来たぞ」


「そんなことより野営がしんどいです」



 まだ領地での暮らしはましだったと今なら思う。


 野営は最悪だ。

 夜はやたらと冷えるし、地面は硬いし、時々魔物も襲ってくる。


 傭兵だった父上は平気みたいだが、現代での暮らしを知っている俺には耐えられない。


 こんなことなら車中泊できるように、車を作れば良かったと本気で考える。



「いや、そんなことってお前……。バイクで通った道はそのまま領地までの街道として使えるし、何気に凄いことなんだぞ?」


「そうなんですか?」


「ああ、地方への道を開拓したってことだからな。もしかしたら騎士爵を貰えるかも知れない。老後は楽な生活が待ってるぞ」


「……そうですね」



 騎士爵なんかあっても大して今の生活と変わらないだろう。


 俺が求めるのは快適な生活だ。

 エアコンがガンガンに効いた部屋でゴロゴロしながら、フェルシィやウェンディと焼き肉でも食べていたい。


 そうだ、フェルシィとウェンディだ。


 あの二人がいなくて、俺への癒やし成分が無いのも旅を過酷なものにしている理由だろう。


 せめて父上ではなく、絶世の美女との旅ならやる気だって出せるのに。



「なんかお前、失礼なこと考えてないか?」


「父上は男前だなあ、と」


「お? お前もついにオレの良さに気づいたか。いいぞ、父を見習っても!!」



 大丈夫かなあ、この人。王都で美人局に遭ったりしないだろうか。


 この世界、王都は治安が良いと皆が言うけれど、日本の治安とは比べ物にならないくらい悪い。


 本当に気を付けないとな。


 なんて考えてるうちに夜が明けて、俺たちは再び出発した。


 深い森の中を魔力駆動二輪車改で疾走する。



「この森を抜けたら、バイクから降りましょう!!」


「そうだな!!」



 しかし、王都まで目前というところで異変を感じ取る。



「ん?」


「父上、今のは……」



 森のどこからか聞こえてきたのは、誰かの悲鳴であった。

 


「悲鳴だな。子供の、それも女の子だ」



 流石は元傭兵。


 俺には悲鳴としか分からなかったが、年頃や性別まで分かったらしい。



「少し様子を見てきます!!」



 俺は正直、チャンスだと思った。


 誰かが助けを求めている。

 今は非常事態。つまり、正装など気にしている場合ではない。


 モヒカン肩パッドを着けず、バイクを乗り回せる!!



「あ、待て!! 一人で行くな!! もしかしたら魔物の罠かも――」



 父上の声を置き去りにし、俺は街道を外れて森の中を駆ける。


 ヒャッホゥ!! バイク最高ッ!! これを作った俺は天才だな!! イエイイエイ!!



「オラオラ!! クノウ・ドラーナ様のお通りだあ!! ――あっ」



 小石に躓いて、車体が大きく跳ねる。


 何より俺の心臓を縮めたのが、跳ねた先が崖になっていたことだ。



「わああああああああああああああああああああああああッ!!!!」



 思わず絶叫するが、その光景は完全に自転車で空を舞う宇宙人の映画みたいだった。


 しかし、本当の問題はその後。


 バイクが着地するであろう場所に、男の人が立っていることだった。



「わー!! 退いて退いて!!」



 必死に叫ぶが、男の人はドレスを着た女の子と話していてこちらに気付かない。



「エレノア様、私と共に魔王様のもとへ来て貰います。大人しくした方が身のためかと」


「どうして、どうして貴方が……」


「私は魔王様の配下となったのです。貴方はその手土産ですよ。――ん?」



 ようやくこちらに男の人が気付いたものの、完全に手遅れだった。


 魔力駆動二輪車に取り付けたトゲが男の人を貫いて、タイヤが生身の肉体を引き摺り擦る。

 グチャッという生々しい感覚が、ハンドル越しに伝わってきた。


 俺は大慌てでブレーキをかけて緊急停止するが、振り返った先にあったのは原型を留めていない肉塊が一つ。



「や、やっちまったあーっ!! 完全に殺人じゃねーか!! い、いや、目撃者はいないし、ここまま埋めて土に還せば――」


「あ、あの……」



 いや、目撃者はいた。悲鳴を上げたであろう、女の子である。


 ならいっそ、この子を……。


 はっ!! いかんいかん!! 思考が完全に悪役のそれじゃないか!!

 で、でも、どうしたものか。


 俺が頭を捻らせていると、女の子が話しかけてくる。



「あ、あの、助けてくださって、ありがとうございます」


「え? た、助けた?」


「はい。わたくしはケルベク……あの男に拐われる寸前だったのです」



 それを聞いて、俺はポカンと口が開いたままになった。


 まじ? 拐われる寸前?



「……たしかに、見たところ良いところのお嬢様っぽいけど……」



 女の子の格好は華やかなドレスだった。


 たしかに、拐われそうになっていたお嬢様という感じはするけれど。



「あの方は、転移魔法という遠くまで一瞬で移動してしまう血統魔法の使い手だったのです。ただ一度で移動できる距離には限りがあり、それで家からここに……」


「それは大変だったな。あ、大変でしたね」



 女の子からは高位の爵位を持つ貴族の娘って感じがしたので、慌てて敬語で話す。



「いえ、本当に助かりました」



 そう言いながらも、女の子は俺が轢き殺した男を悲しそうに見つめていた。

 も、もしかしなくても、男の血統魔法を知っているくらいには知り合いだったのだろうか。


 だとしたら、やはり轢き殺したのはまずかった気がする。



「その、大丈夫ですか?」



 轢き殺した張本人が訊くのもあれだが。


 女の子は俺の方に向き直ると、微笑みながら頷いた。



「はい、平気です。信じていた人に裏切られたのはショックですけど、珍しくはないことですから」


「あ、そういう意味ですか」



 なら良かった、とはならないが。


 ショックを受けていると言う割には力強く俺を見つめるその少女が、俺に美しく見えた。


 いや、というか実際に可愛い。


 慌てていたから気付かなかったが、黄金の髪が太陽の光を反射して美しく輝いている。

 何より、力強いアズール色の瞳がとても綺麗だった。


 年齢は俺と大差無さそうだが、ずっと大人びて見えるのは気のせいではないだろう。


 それにしても、どこかで見覚えがあるような……。

 いや、きっと気のせいだな。



「おーい!! クノウ!! 大丈夫かー!!」


「あ、父上ー!!」



 崖の上からアスランの声がする。


 その後。

 俺と貴族の女の子はロープで父上に引っ張り上げてもらった。


 ああ、きちんとバイクも回収したぞ。


 母上が父上の嫁に来る際にドラーナ領へ持ってきていた魔法袋を借りていたからな。


 あ、魔法袋ってのは、何でも物を収納できる便利な代物だ。

 母上の弟、つまりは俺の叔父が母上に結婚記念で贈った代物らしい。


 本当は王都の近くでバイクから降りた後、バイクをしまって持ち運ぶためのものだったが……。


 母上から借りてきて正解だったな。


 俺は魔法袋から再びバイクを取り出して、女の子も一緒に乗る。

 流石にあのまま放置しておくわけにはいかないからな。


 自宅があるという王都まで連れて行くことにした。





――――――――――――――――――――――

あとがき

女の子と男の会話はクノウには聞こえておりません。


ワンポイント主人公設定

主人公はバイクに跨がるとはっちゃけて性格が変わる。こ◯亀の本田タイプ。


「面白い!!」「憐れ、転移魔法の使い手」「続きが気になる!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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