第12話 悪役貴族、叔父と顔を合わせる





「ほう、余の命令でも言えぬと申すか」


「……はい」



 謁見の間で、俺はフレイヤの目を真っ直ぐ見つめ返しながら力強く頷いた。



「こ、こら、ドラーナ準男爵!! 不敬であるぞ!! 早くお答えせぬか!!」



 重鎮の一人が心配そうに俺を宥めるが、こればかりは言うわけにはいかない。


 フレイヤは俺を見つめ、ただ静かに問いかけてくる。



「理由は?」


「……俺と、俺の身の回りの人に危険が及ぶ可能性があるからです」


「つまりは保身か」


「そうです」


「ならば、余の名においてそなたと家族を保護しよう。ガルダナキアの女王のものに手を出せる者などいないぞ。ほら、話せ」


「……黙秘します」



 フレイヤには悪いが、一国の女王の保護では足りないだろう。


 魔力駆動二輪車は多くの人が欲しがる代物だ。


 それこそ、ガルダナキア王国だけではない。色々な国の人間が欲しがるはず。


 物資の大量輸送だけではなく、兵士の大量輸送すらも可能となるのだ。

 それも馬と違って、魔力を注げばずっと走り続けることができる。


 つまり、戦争の仕方が変わる可能性がある。


 それらの危険から守ってくれるだけの力がガルダナキア王国にあるのかどうかが、俺には分からない。



「……そうか。余の庇護でも足りぬようなものなのか」


「……おそらくは」


「……分かった。大臣らは下がれ。エレノアもだ。ここからは余とクノウの二人で話す。護衛も下がるように」



 フレイヤの一言で、その場にいた重鎮たちが部屋を出て行く。

 護衛の騎士たちは最後まで残ろうとしたが、フレイヤの「余が子供に負けるとでも思うのか」という言葉で渋々部屋を出て行った。



「クノウ様。本当に、助けていただいてありがとうございました」



 エレノアも優雅に一礼して、部屋を出て行く。


 謁見の間に残ったのは、俺と女王フレイヤの二人だけであった。



「これで話せるか?」


「……」



 判断に迷う。


 しかし、女王にここまでしてもらって黙秘するというのは、それはそれでまずいだろう。


 俺はフレイヤに念を押す。



「一つ、約束してください。このことは、陛下が信用する人物であろうとも、決して誰にも言わないと」


「ふむ、良かろう。女神と初代国王に誓って、余がそなたとの約束を違えることはない」



 それは、この国における最も重い言葉だ。


 ……本音を言うと。


 フレイヤは信用しても良いのではないかと思っている。

 彼女が俺を抱きしめた時、本当に感謝しているようだった。


 偶然とは言え、娘を助けた俺を何の警戒もせず抱きしめてきた程である。


 俺は彼女の言葉を信じて、魔法袋から魔力駆動二輪車改を取り出した。



「これです。これで轢き殺しました」


「轢き殺す? これは?」


「馬無しで動く馬車みたいなもの、です」



 俺はフレイヤにバイクの機能を説明し、誘拐犯を轢き殺した時の状況を語る。



「……なるほどな。たしかに、これは余の庇護だけでは足りんなあ」


「その、申し訳ありません」


「いや、謝るのは余の方だ。これほどのもの、隠さずによく話してくれた」



 そう言って俺の頭を優しく撫でるフレイヤ。



「これは、そなたが作ったのか?」


「はい」


「……凄まじいな。何を見て着想を得たのだ?」


「な、なんとなく、あったら良いなと思いまして」



 まさか前世の記憶にあるものを再現したとは言えない。



「……ふむ。一人、ここに呼びたい者がおる。余の側近……ではないが、場合によっては余すら手を焼く程の者だが、そなたの力になるであろう人物だ」


「えっと、誰ですか? その人が絶対にこれのことを他言しないと陛下が断言できるなら構いませんが」


「できる。奴もそなたと同じ、職人だからな。機密は守れる男だ」



 なら、大丈夫なのかな?

 少し不安だが、フレイヤがそこまで言うなら大丈夫かも知れない。



「分かりました。陛下を信じます」


「ふっ、嬉しい言葉だ。おい!! 誰か!! アンダイン卿を呼べ!!」



 アンダイン? それってたしか……。


 陛下が謁見の間の外で控えていた従者に命令を下すと、しばらくして一人の青年がやってきた。


 メガネをかけた黒髪のイケメンだ。



「お呼びですか、陛下。私は日がな一日暇な女王陛下と違って忙しいのですが」


「くっくっくっ、相変わらずだな。クノウ、この者はレルド・フォン・アンダインと言う。アンダイン卿、この子はクノウ・フォン・ドラーナだ」


「ドラーナ? ということは……」



 イケメンメガネが、俺をじっと見つめてくる。


 何故か女王陛下は得意気に大きな胸を張って言った。



「うむ、そなたらは甥と叔父の関係に当たるな」



 やっぱりか。

 たしか母上には弟が一人、妹が一人いたはず。このイケメンメガネは母上の弟らしい。



「……なるほど。ふむ、姉上の息子か。会えて嬉しいぞ、甥よ」


「俺も嬉し――」


「で、陛下。姉上の息子がいて、私が来た。何のご用で?」



 こ、このメガネ、口では嬉しいと言っておきながら人の言葉を遮りやがった!!



「そのように無愛想だと、可愛い甥に嫌われてしまうぞ?」


「む」



 フレイヤがニヤニヤ笑いながら言うと、レルドが俺の方をちらりと見て一言。



「すまないな。私はこういう性分なんだ。決して君を邪険にする意図は無い」


「は、はあ、そうですか。俺も気にしていないので大丈夫ですよ」


「そうか。なら良かった。ところで陛下、そこにあるのは魔導具でしょうか?」


「うむ。そこのクノウが作った代物だ。魔力駆動二輪車というらしい」


「これを、君が?」



 レルドは驚いたように俺を見る。


 そして、何も言わずに魔力駆動二輪車へ近づいてアクセルを回したりした。



「……ふむ、なるほど。磁石の反発を利用して回転する軸を使っているのか」


「え? 分かるんですか?」


「少し違うが、私も似たようなものを作ろうとしているからな」


「似たようなもの……?」


「火魔法と水魔法を使って蒸気を発生させ、それを利用した機関。名付けるなら――蒸気機関だな」


「ふぁ?」



 じょ、蒸気機関!? すっご!!


 いやいや、待て待て。

 俺がやっていた『ファンタジスタストーリーズ』は中世ヨーロッパ風の世界観だ。


 シナリオにも蒸気機関は登場していなかった。


 そもそもそんな発想すらないはず。

 もしかして、このレルドも俺と同じ地球出身の転生者、か?



「ん? 私のメガネに何か付いているか?」


「あ、い、いえ。凄いですね」


「いや、まだ構想段階だ。私からすれば魔力駆動二輪車こっちの方が驚きだな。パワーは弱いが、理論上膨大な魔力を必要とする蒸気機関より扱いやすい。物資の輸送に革命が起こるぞ」



 いや、多分蒸気機関が完成したらそっちの方が革命になると思います。


 物資の輸送に関しては列車がベストだからな。


 蒸気機関が完成したら、蒸気機関車が完成するまで時間はかからないだろうし。



「他にも何か作ったのか?」


「あ、はい。えーと、髪を乾かす魔導具や衣服を洗う魔導具ですね」


「……ふむ、君は良いものを作るな。人殺しの道具を作ることが多い私より遥かに健全だ」


「っ」



 人殺しの道具。


 その言葉に俺は一瞬だけ硬直してしまった。



「それって、どんなものを?」


「……気になるか?」


「いえ、別に……」


「なら、知らない方がいい。君はこういう、人の役に立つもの作れ。汚いものを作るのは大人の仕事だ」



 メガネを中指でくいっと持ち上げながら、優しく微笑むレルド。


 あ、笑った顔は母上にそっくりだな。



「君はしばらく王都に?」


「いえ、すぐに領地へ帰ります。家族が待っているので」


「ふむ、そうか。もう少し語り合いたかったが、それならば止めることは出来ないな」



 残念そうに肩を落とすレルドに、フレイヤはニヤリと笑った。



「ふっ。そう焦らずとも、三年後にはまた会えるだろうよ」


「え?」


「……ああ、そうですね。十三歳になったら、貴族の師弟は学園に通うのがガルダナキア王国の習わし。再会は三年後か」



 え? そんな習わしがあったの?


 って、そうか!!

 ゲームだとアスランがゴブリンキングの罠で早く死ぬから、クノウは幼くして領主になってしまう。


 その結果、ゲームでのクノウは学園に通うことが出来なくなったのだろう。


 ……完全にシナリオが変わってるな。


 いいことなのか、悪いことなのかまでは分からないが。



「ふむ、クノウ君」


「なんですか、叔父上」


「……」


「叔父上?」


「……いや、すまん。叔父上。少し、良い響きだと思ってな。領地へ帰る前にアンダイン邸に来てくれ。母上――君のお祖母様も喜ぶだろう」


「分かりました」



 俺はフレイヤとレルドにお辞儀して、魔力駆動二輪車を魔法袋へ収納してから謁見の間を出るのであった。















 クノウが去った後。


 フレイヤは王座に腰かけて、レルドにある質問を投げかけた。



「レルド」


「……なんですか?」


「あの魔力駆動二輪車、量産は可能か?」



 それは女王としての問い。

 レルドはメガネを外し、レンズの汚れをハンカチで拭きながら答える。



「できるかできないかなら、できます」


「ならば――」


「しかし、やるつもりはありません」


「……ほう。王命でも、か?」


「王命でも、です。アンダインの性分はご存知でしょう?」



 ガルダナキア王国が有する血統魔法、その中でも物作りに特化したものを有するのがアンダイン子爵家だ。


 彼らは王国を建国した当初から存在する由緒正しい家系である。


 長い歴史の中で王国に多大な貢献をしており、本来ならば候爵、あるいは公爵となってもおかしくない程の功績があった。


 では、どうして子爵という貴族の中でも高くも低くもない微妙なとこ止まりなのか。


 答えは至って単純。


 アンダイン子爵家は作りたいものを作り、作りたくないものは作らない。


 そういう、いわゆる扱いにくい一族なのだ。



「王家との密約にて、アンダインの当主は王家のためにものを作り、献上する義務があることを忘れたか?」


「毎年魔法剣を献上しているではありませんか。何を献上するのかはこちらの裁量。先々代の国王との密約はそういうものですが」


「……はあ。やはり、そういうと思っていたよ」



 フレイヤが肩を落とす。



「……余も、あの魔力駆動二輪車とやらに乗ってみたかった」


「そっちが本音ですか。クノウ君に頼めば貸してくれるのでは?」


「一国の王が臣下に頭を下げろと? 無理だ」


「変なところでプライドを発揮するから、旦那に逃げられるんですよ」


「不敬!! 貴様、それは不敬であるぞ!!」



 フレイヤの怒りの絶叫が、謁見の間で反響するのであった。








――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントキャラ設定

レルドのメガネからはビームが出る。あくまで自衛用の武器。なお、メガネを外すと目が「3」になる。


「面白い!!」「メガネキャラだー!!」「続きが気になる!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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