第4話 悪役貴族、真夜中に姉と語らう





「うーん」



 俺は頭を抱えて悩む。


 昨日、父上が事故って重傷を負った状態で屋敷に帰ってきた。

 まあ、それは別にいいんだ。


 肝心なのは、せっかく作った魔力駆動二輪車が大破してしまったことである。



「耐久性が低いなあ」



 多分、材質の問題ではない。加工の精密性の問題だろう。


 見た目は綺麗でも、造形魔法は自分の手を媒介に使う魔法だ。

 どうしても細かな歪みが生じてしまう。


 それが耐久性の低さに繋がっているのだ。


 慣れたらそこら辺の問題は解決できそうだが、慣れるまでどれ程の時間がかかるか……。



「どうにかならないもんかねぇ」


「お兄様、また何かお悩みですか?」


「ん? ウェンディ? こんな時間にどうしたんだ?」



 もう日は沈み、多くの人が眠っている時間帯。


 俺は付与魔法で自作した電球っぽいもので灯りを確保しているので夜更かしできるが、普通なら誰もが寝ている時間だ。



「ね、ねえ、ウェンディ? やっぱりやめない?」



 よく見ると、ウェンディの後ろには困った様子のフェルシィが立っていた。


 ん? やめる? 何を?



「嫌です!! お兄様と一緒に寝たいです!!」


「な、なら私は自分の部屋で……」


「フェルシィ姉様とも一緒に寝たいです!!」



 は? 可愛いかよ。うちの妹は天使か。いや、天使だったか。



「お兄様、絵本も読んでください!!」



 そう言って、ウェンディが太陽のような笑顔でおねだりしてくる。


 今は夜中のはずだが、部屋の中が明るくなった気がする。

 俺の気のせいだろうか。



「ウェンディ、クノウくんは畑仕事で疲れているし、あまり無理は……」


「このくらい平気ですよ、姉上」


「ほ、本当に? 無茶はしちゃダメよ?」


「はい。でも可愛い妹からのお願いですから、朝まで絵本読もうと思います」


「やった!! お兄様、大好き!!」



 たっはー、これもう可愛すぎて死人が出るぞ!!


 俺は付与魔法に関する全ての出来事を思考の隅に追いやり、ウェンディと一緒にベッドへ潜る。

 ウェンディを間に挟む形で、フェルシィは反対側に寝転がった。


 あまり大きいベッドではないので手狭だが、ギリギリだな。



「お、今日は『竜王と騎士』のお話か」


「はい!! お義母様が面白いからって言ってました!!」



 俺はウェンディから絵本を受け取り、声に出して読む。


 この世界の識字率は、かなり低い。


 勉強ができる、イコール字の読み書きができる、みたいな世界だからな。

 文明レベルの低さが窺えるってもんだ。


 そのため絵本の文字を読むのは、ウェンディはおろかフェルシィにもできない。


 今は母上が一から全て教えている段階だ。


 こうやって夜眠る前に絵本を読むのもその一環で、文字の勉強にも繋がるから俺も協力を惜しまないようにしている。



「――こうして、竜王と騎士は再び冒険に旅立ちましたとさ。めでたしめでたし」


「……すー……すー……」


「……ふふっ、ウェンディったら。途中から眠っちゃったわね」


「俺の音読が上手すぎたみたいですね」


「ふふ、何それ」



 ウェンディ越しにフェルシィと笑い合う。


 本を最後まで読み切ったせいか、少し目が冴えてしまった。


 どうやらフェルシィも同じらしく、二人でたわいない話をすることにした。



「姉上、今の生活には慣れましたか?」


「いいえ、まだ慣れないわ。まるで夢の中にいるみたいで、どうしても現実かどうか疑っちゃうの」



 俺のあまりにも突然な問いに、フェルシィは天井を見つめながら答えた。



「最初はとても不安だったわ。お義母様や弟に歓迎されないんじゃないかって」


「俺は大歓迎ですが」


「ふふ、そうね。だからこそ、本当に夢みたい。温かいベッドで眠って、優しいお義母様がいて、凄い弟もできて……」


「凄い? 俺が?」


「ええ、本当に凄いわ」



 何のことだろうか。



「ドライヤー。ウェンディから初めて聞いた時は本当にびっくりしたわ」


「あー、まあ、色々と失敗はありましたけどね」


「それ以外にも魔力駆動二輪車――バイク、だったかしら。あれがあれば、領内での移動が楽になるし、物品の輸出入にも革命が起こる」



 そんな大袈裟な……。



「まだまだ改良の余地がありますよ、あれは」


「それでも、凄いと思うわ。だからこそ、心配でもあるの」


「心配?」



 フェルシィが不安そうに俺を見つめる。



「貴方の作り出した物は、世界を変える。そうなった時、必ずどこかで問題が起こるかも知れない。もし、もし今の夢のような生活が無くなってしまったらと不安になるの」


「姉上……」


「ふふ、少し失望させちゃったわね。要するに私は、今の幸せな生活を続けていたいの。前みたいに冷たいベッドで凍えたくない。妹を、ウェンディを二度とあんな目に遭わせたくない。……クノウくん? えっと、それはどういう表情なの?」


「あ、いえ、何でもないです」



 言われて自分の顔に気付く。

 フェルシィが吐露した心情に思わず感動してしまい、涙を流しながら変顔していたらしい。


 俺の姉は女神かよお!!



「……すみません、姉上」


「クノウくん? えっと、何を謝っているの?」


「少し、自覚が足りていませんでした」



 冷静に考えてみると、俺は確かに凄い。


 自画自賛するわけじゃないが、文明レベルを中世ヨーロッパから一気に現代にまで引き上げようとしているのだ。


 そりゃあ、色々なところを敵に回す可能性だって出てくる。


 というか実際に、主人公という最強の敵がこのゲームの世界に存在することを俺は知っている。

 その他にも、山賊やいつ戦争になってもおかしくない隣国や魔族の存在だってある。


 ただ物を作って、生活を快適にするだけでは物足りない。


 幸いにも、俺には前世の知識がある。

 この世界には未だ存在していない兵器の存在を知っているのだ。


 銃や爆弾、航空機……。


 どれも俺の付与魔法で再現できるかも知れないものだ。


 本当は人殺しの武器を作りたくはない。


 だが、この『ファンタジスタストーリーズ』の世界は日本みたいな甘っちょろい世界ではない。


 少しは備えておく必要がある。



「安心してください、姉上」


「え?」



 俺は静かに、フェルシィに語りかける。



「姉上を不安にさせたりはしませんよ。俺が領地と領民を、そして家族を守ります。母上もウェンディも、もちろん姉上も」


「……ふふっ、お父様が可哀想だわ」


「あっ」



 普通に素で忘れてた。すまん、父上。



「でも、どうしてかしら。クノウくんにそう言われると凄く安心しちゃう。まるで大人の人と話してるみたい」


「ギクッ」



 す、鋭いな。流石はヒロインだぜ。



「……おやすみ、クノウくん。今日はぐっすり眠れそうだわ」


「はい。おやすみなさい、姉上」



 フェルシィが静かに寝息を立て始める。


 俺も目を閉じて、明日は何をしようかと思考を巡らせる。


 全ては快適な生活のために。最高に美人な姉妹のために……。





――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント主人公紹介

クノウは驚いたり感動したりすると変顔になる。前世からの悪癖。


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