第28話 悪役貴族、監督生が姉だった





 王都近郊にある森。


 その中央には大きな湖があり、ほとりでガルダナキア王国学園の一年生とその監督生が、教師十数名の前に整列していた。


 教師たちの中からベルメイが一歩前に出て、大きな声で話し始める。



「これから野外授業を始める!! 難しいことは言わん!! 三日間、生き残れ!! 監督生は一年生が危険に陥った場合、その救出を怠らないこと!! 一年生が大きな怪我でもしたら減点対象ということを忘れるな!!」



 まるで軍隊へ号令を飛ばすかの如く言葉を発するベルメイ。

 空気がビリビリと震えるようだった。


 ベルメイの指示により、監督生となる上級生と一年生が顔を合わせる。



「クノウくん、久しぶりね」



 女神のように朗らかな笑みを浮かべながら、二年生の制服をまとったフェルシィが俺に話しかけてきた。


 俺は目を見開いて驚く。



「え、姉上?」


「ふふ。実は私、クノウくんのグループの監督生なの。同じグループね」



 たしか監督生を任される上級生は、ほとんどが四、五年生だったはず。


 フェルシィが学園ではかなりの実力者ということは知っているつもりだったが……。


 他のグループの監督生に四、五年生が多い中、二年生ながら監督生を務めているフェルシィには脱帽するしかない。



「お、おい、クノウ!! こ、この人、たしか生徒会の書記やってる人だよな!?」


「あ、うん。姉のフェルシィです」



 シドが顔を真っ赤にしながら、こっそり俺に耳打ちしてくる。


 なんだかんだ、野外授業が始まるまでの一ヶ月で俺はシドと打ち解けていた。

 威圧的なところがあるものの、思ったより嫌な奴じゃなかったからな。


 ハッキリした物言いをする人間なので、むしろ話していて気分がいい。


 たまに酷い暴言を吐く時もあるがな。



「改めて。私はフェルシィ・ドラーナ。クノウくんがいつもお世話になっています」


「い、いや、せ、世話なんか、ははは……」



 フェルシィのにっこり笑顔にシドが動揺する。


 そして、シドの視線がゆっくりと十四歳にして豊かなフェルシィの胸に注がれそうになり――


 俺は躊躇いなくシドの目を潰した。



「目潰し」


「ぎゃあ!? な、何しやがんだこのダボカスがあっ!!」


「人の姉に下卑た視線を向けるからだ。次は脳まで指を突っ込みます」


「は、はあ!? み、みみみ見てねーし!!」


「ん。まだ見る前だったけど、見ようとはしてた。あれは野獣の目。今のうちに仕留めるべし」



 横から会話に入ってきたコトリが言う。



「念入りにもう少し潰しておくか……」


「ま、待て待て!! おい、コトリ!! 適当なこと言ってんじゃねーぞ!!」


「ん。適当じゃない。クノクノ、目じゃなくて玉を潰すといい。男はそれで性欲が失せる」


「なるほど、その手があったか」


「ヒィ――ッ!!!!」



 俺とコトリ、シドの三人が死闘を繰り広げる横でヴィオラがフェルシィに挨拶する。


 まさかあの無駄に顔がいいヴィオラもフェルシィに邪な視線を向ける気じゃなかろうな?


 だとしたら目潰しの刑だ。


 と思って二人の会話に聞き耳を立てていたのだが、ヴィオラはそういう目をフェルシィには一切向けなかった。


 お? お? お主、うちのフェルシィちゃんが魅力的ではないと申すか。


 よろしい、ならば目潰しの刑だ。



「初めまして、ドラーナ嬢。僕はヴィオラ・アスカムと申します」


「ご丁寧にありがとう。ふふっ、今年のSクラスは可愛い女の子が多いですね」


「っ、そ、そうですね」



 ん? なんだ? フェルシィの言葉にヴィオラがやたらと動揺しているような……。



「フェルシィお姉様、お初にお目にかかります。エレノア・フォン・ガルダナキアです」


「これはこれは。ご丁寧にありがとうございます、エレノア王女殿下。……ところで、そのお姉様というのは?」


「クノウ様のお姉様なので」


「……ふふっ、クノウくんったら」



 エレノアがフェルシィにペコリと頭を下げる。


 フェルシィもフェルシィで、何かを察したように楽しそうに笑った。


 それにしても、お姉様ってなんだ?



「はっ、まさか……」



 俺は察してしまう。


 先日、ベルメイから聞いたばかりだ。

 彼女が学園の生徒だった頃、母上を『お姉様』と呼び慕っていたことを。


 つまり、ああ、間違いない。


 もしかしなくても、エレノアはフェルシィのことが好きだったのか!!



「ん。クノクノ、どうしたの?」


「いや、身近にいる女の子二人の恋愛はどうしようかと思ってな。応援しようか、それとも諌めるべか」



 純愛ならヨシ!!


 シドみたいに先に性欲が向くような人間は男でも女でも許せん。


 しかし、見たところエレノアにはそういう不純な様子が欠片も見られなかった。だからこそ、対応に迷う。



「ん。恋愛は自由。女同士も男同士も良いネタになる」


「そうか……。ん? ネタ?」


「ん。口が滑った。別に本にしようとか思ってないから安心して」


「え、あ、うん?」



 よく分からないけど、俺は気にするなと言われたら気にしなくなるタチなので気にしないことにした。



「先に皆に言っておきますが、私はクノウくんを弟とそのグループの子だからと言って贔屓はしません。原則、監督生は皆の行動に口を出さないので、ゆめゆめ忘れないようにしてください」


「「「「「はーい」」」」」


「ふふっ、いいお返事です」



 なんかフェルシィ、ますますお姉さんっぽくなってきたなー。


 ゲームでも主人公のことを甘やかすバブ味全開な優しいお姉さんキャラだったけど、その片鱗を感じる。


 各々のグループが監督生と挨拶を済ませたタイミングで、ベルメイが全体に再度号令を発した。



「では、野外授業――開始ッ!!」



 各クラス、各グループ四、五人に分かれて行動を開始する。


 まあ、Sクラスは五人しかいないので、実質一グループしか無いのだが。



「早速行動しましょう。と言っても、まずは何からしましょうか?」



 エレノアがSクラスの面々に意見を求める。


 まあ、エレノアは王女様だからな。

 野営なんて初めてだろうし、何からすれば良いか分からないだろう。


 最初にエレノアへ意見したのは、彼女の取り巻きみたいになっているヴィオラだった。



「野営地を決めましょう。出来れば雨が降った時のことも考えて、少し高い場所が理想です」


「近くに川があると良いんじゃねーか?」


「ん。水は魔法で出せる」


「あー、いや、そういうことじゃなくて、魚とかの食糧を手に入れやすいからだと思いますよ」


「なるほど。では水場が近くにある少し高い場所、ですね」



 Sクラスが行動を開始する。


 その様子を、フェルシィは微笑みながら見守るのであった。








――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントエレノア設定

エレノアは外堀を埋めることの大切さを理解しているタイプ。


ワンポイントちょっとした小話

魔法袋に付与してあるのは、収納魔法という血統魔法。レルドが友人の収納魔法の使い手に協力して貰って作った(付与魔法の熟練度によって他人の魔法を付与可)。なお、レルドは付与魔法を付与するという考えには至っていない模様。



「フェルシィの胸を見ようとしたシドが悪い」「クノウの勘違いで草」「コトリ絶対に製本してて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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