第50話 悪役貴族、主人公と戦う





『さあー!! やってまいりました、闘技大会二日目!! 一日目の戦いを勝ち抜いた猛者たちがトーナメント方式で争います!!』



 実況の声がコロッセオ中に響く。


 俺は控え室で装備の最終点検をしながら、その声に耳を傾けていた。



『本日は特別ゲスト!! 女王陛下が来てくださっています!!』


『う、うむ。皆、頑張るように』


『さて、続いては本戦に出場する選手たちの紹介と行きましょう!!』



 俺はちらっと隣に座る全身金ピカ鎧の騎士、フレイヤに声をかける。



「なんで実況席にいるはずの陛下がここにいるんですか?」


「はっはっはっ、あれは余の影武者だ。変身魔法という血統魔法の使い手でな。昔から余の影武者を任せておるのだ。イネスというのだが、いつか紹介してやろう」



 顔も知らないが、フレイヤの影武者になってしまったばかりに大変な思いをしているであろうイネスに涙を禁じ得ない。



「さて、そなたの対戦相手は誰だったか」


「ちょっと。それ、対戦表ですか!? 本戦当日に発表される奴をなんで持ってるんですか!?」


「フッ。余はこのイベントの主催者ぞ? 持っているに決まっているだろう」


「そりゃそうですね!!」


「……見たいか?」



 俺は無言で頷く。


 しかし、フレイヤは心底楽しそうに言った。



「残念だったな。これは関係者以外見せてはならんことになっておるのだ」


「ならわざとらしく見せないでくださいよ!!」


「はっはっはっ!!」



 そうこう言っているうちに、係員が俺を呼びに来た。



「クノウ・フォン・ドラウセン様、準備をお願いします」


「え、うわ、一回戦の第一試合からか」


「クノウ、王命だ。みっともない戦いはするでないぞ」


「……言われずとも」



 俺は控え室を出る。


 今回の俺の本来の目的は、勝つことじゃない。


 あくまでも、目的は俺以上に強い人から戦い方を学び、俺自身に合った戦い方を見つけること。


 色々な武器を作ったのもその一環だ。


 しかし、やるからには勝つ。

 その方が色々とモチベーションも上がるというものだ。


 相手が誰であっても、負けるつもりはない。



『さあ!! 西口から入場します彼を知らぬ者はいないでしょう!! 我が国の王女を魔の手から救い出し、姉と友を襲い来る魔族から救った男!! その功を認められ、男爵にまで成り上がった少年!! ――クノウ・フォン・ドラウセン!!』


「な、なんか、微妙に恥ずかしいな……」



 俺は合図と共に西口からコロッセオの中央にあるリングまで歩いて向かう。


 観客からは歓声の嵐で、少し反応に困った。


 まあ、客観的に見たら俺はお姫様を助けた人物になるわけだし、当然の反応……なのかな?



『昨日の予選では多彩な武器を用いた戦いを披露してくれました!! おや、今回は少し大きな剣と盾しか装備していませんね!! トリッキーな戦い方は止めて堅実な戦い方に切り替えるのでしょうか!! 楽しみです!! さて、彼の対戦相手はこちらの少女だ!!』



 お? 俺の対戦相手は女の子なのか。


 昨日は参加者が多くて把握できていなかったが、女の子が勝ち上がっているとは思わなかった。


 ん? 女王は例外だろ。あの人は普通に優勝しそうまである。



『東口から入場します彼女は、王都からしばらく行った場所にある小さな村の幼き英雄!! わずか十歳で大型の魔物を屠り、身の丈以上の大きな剣を振るう少女!! 噂によると、村を襲ってきた山賊をものの数分でボコボコにしたらしい!! ――イオリ・アーグナー!!』



 は? アーグナー? それって……。


 俺は東口から入ってきた少女を見て、思わず硬直してしまう。



『可愛らしい容姿だからと侮ることなかれ!! 予選では他の参加者を素手で容赦なくボコし、棄権して逃げようとする者にまで殴りかかったバーサーカー!! 審判の判断で失格になりかけましたが、女王陛下の『面白いからオッケー』の一言で本戦出場が決まりました!! 手に持つ大剣は、一振りで絶大な威力となるでしょう!!』



 実況の言う通り、可愛らしい少女だった。


 ピンクブロンドの髪と空色の瞳、まだ成長途中で身体にメリハリは無いが、俺は彼女がそこそこいいスタイルに成長することを知っている。


 より正確には、数年後の彼女のキャラデザを知っている。



「なーんで主人公がここにいるのかね」



 俺が見間違うはずがない。


 イオリという少女は、プレイヤーが女性を選択した際のキャラデザと全く同じ容姿だった。

 アーグナーという苗字も主人公のもので合っている。


 しかし、手に持つ大剣は序盤で手に入る武器の中でも性能が良いものだった。


 おかしいな。神剣は――ああ、まだゲーム本編が始まる前だし、持っていないのか。


 あの大剣は主人公以外の筋肉キャラが装備するものだし、それを神剣が使えるようになるまでの繋ぎにしてるんだな。



「なあ、あんた」


「んー? なにー?」



 俺から話しかけてみると、イオリは思ったよりも呑気な声で応じた。


 実況の話から苛烈な性格をイメージしていたが、意外とまともそうだ。


 俺は審判の開始の合図が始まる前に、コンタクトを図る。



「俺、転生者なんだけど、お前もそうだろ」


「え、それマ?」



 以前、お祖母様が言っていた。


 用事で行ったアーセン村で、俺と同じくらいの年頃で分子や原子などの知識を持った少女と出会ったと。


 そして、あの村には俺と同年代の人物は主人公以外にいなかったはず。



「えー!! 凄っ!! ヤバ!! 転生者!? え、どこ出身!? あたし東京!!」


「特定怖いから言いたくない」


「特定て!! ネットリテラシー高くてウケるんですけど!! あ、ネットじゃなくて異世界リテラシー? でもここゲームの世界だから、ゲームリテラシーかな?」


「お、おう、そうだな。ゲーム知識もあるのか」



 なんだろうか、圧倒的な陽の気配を感じる。


 マリアも陽の人間だが、あれは関西人特有のテンションの高さによるものだ。


 しかし、こいつは、なんというか、ギャルみたいな陽の気配だ。


 この場に綾乃がいたら間違いなくゲロビーム、略してゲロビを吐いているだろう。


 陰ではない俺でさえ、近寄り難い。



「ま、そういう話は後でしよーよ?」


「……そうだな。さっさとろう」


「お、自信満々じゃーん。――言っておくけど」



 ドンッとイオリの存在感が増す。



「あたし、結構強いから。主人公だからね」


「はは、だろうな。楽しみだ」



 俺は『ファンタジスタストーリーズ』のゲーム知識を持っているが、主人公だけは実力が分からない。


 正確に言うと、主人公はプレイヤーによって成長の仕方が変わってくるのだ。


 基本的にはレベルが上がる度にスキルポイントを獲得し、そのスキルポイントを割り振ることで主人公は様々な特技や魔法を習得する。


 しかし、このスキルポイントによって習得できる能力の幅が広いこと広いこと。


 故にプレイヤー本人の個性が強く出る。


 まあ、だからこそ装備からどういう成長をさせたのか大体の予想はできる。



『第一回戦、第一試合。始めッ!!』



 実況が開始の合図を出す。


 イオリは地面が砕けるような勢いで踏み出し、俺に肉薄してきた。


 恐ろしく、速い。



「っ、やっぱ超物理ビルドか!!」


「正ッ解!!」



 主人公の育成で最も有名なものがある。


 それは、超物理ビルド。


 特技や魔法を一切習得せず、敏捷性とスタミナ、筋力と耐久の強化にスキルポイントを割り振って通常攻撃のみで敵をぶっ殺すもの。


 シンプル故に初心者でも扱いやすく、シンプル故に弱点がほぼ無いビルドだ。


 その戦闘能力は終盤で会心の一撃を連発するウェンディを容易く凌駕する。

 というか、通常攻撃でウェンディの会心の一撃並みの威力が出る。怖いよね。


 最大強化した超物理ビルドはラスボスの魔王メヴィウスすらも一方的にボコせるため、まず俺では勝てないだろう。


 まあ、あくまでも最大強化した場合の話だが。


 見たところ、彼女はまだその領域にまでは至っていない。


 ……当然か。


 まだ冒険にすら出ていないのにそのレベルまで達しようと思ったら、アホみたいな数のモンスターを狩りまくる必要がある。


 それは流石に変態のやることだ。



「おりゃあ!!」


「っぶね!!」


「あ、避けるなー!!」


「無茶言うな死ぬわ!!」



 ギリギリでイオリの大剣による一撃を回避する。


 空を切った大剣はリングの地面を抉り、大量の土煙が舞った。


 まだ未完成でこの威力か……。


 これはマジで躱しつづけないと死ぬ。盾で受けるにしても上手く往なさなくては。


 俺は剣と盾を構え、腰を落とす。


 スピードは速いが、まだ目で追える速度だ。

 おそらく、筋力と耐久を優先して伸ばしているのだろう。


 ならば俺が取るべき選択は……。



「でりゃあ!!」



 イオリが再び大剣を振るう。


 俺はその大剣を左手に携えた盾で正面から受けないよう細心の注意を払いながら、弾く。


 よし、パリィ成功!!



「うぇ!?」



 大剣の一撃を受け流されてバランスを崩したイオリに剣を振るう。


 俺が取るべき行動は、カウンターだ。


 幸いにも、俺の目はマーサさんに嫌というほど鍛えられている。


 この程度はお茶の子さいさいだ。



「あぶなっ!?」


「っ、マジかよ!! お前の皮膚どうなってんだ!!」



 俺は全力で剣を振り抜いて、たしかにイオリの脇腹の辺りを捉えた。

 仮に上手く回避したとしても怪我をする威力である。


 しかし、大して効かなかった。


 彼女の薄皮を軽く切る程度で、大したダメージを与えることができなかった。



「いやー、今のは焦った!! ホントに!!」


「まじか」


「てかクノっち凄いね!! あたし、予選の相手を秒で沈めたのが自慢だったのに!! 本戦は上手く行かないなあ」



 普通の剣では大して効かないな。


 だったら――少し武器こいつの性能を試してみようじゃないか。



「ん?」


『おっと? クノウ選手の盾が縦に割れた!! そこに剣を収めて――うわあ!! 合体して斧になったぞ!?』


「す、すごっ!! チャー◯アックスだ!! モン◯ンだ!!」


「その呼び方はまずい。盾斧と呼べ」


「え、一緒じゃない?」


「こっちの方がまだ大丈夫な気がするだろ」



 俺が作った変形武器。名前は考え中だが、一撃の威力は剣よりも遥かに高い。


 こいつをカウンターで当てる。


 問題は盾が無くなったことでイオリの大剣を受け流せなくなったことだが……。



「なんとかなる」



 集中する。


 マーサさんに鍛えられたお陰で、目だけはウェンディよりも良いんだ。


 まあ、目だけだが。


 試合はまだまだ始まったばかりだ。






――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話。

ウェンディは直感で動く物理。イオリは考えて戦う物理。


「ようやく主人公の登場だー!!」「主人公が陽キャでラスボスが陰キャなの草」「物理特化主人公はどうかと思います」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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