第55話 悪役貴族、準備をする
「お祖母様、そこら辺のパーツは丁寧にお願いします。叔父上は魔力切れが治まるまでじっとしていてください」
「うふふ、おばあちゃまに任せてー!!」
「うぅ、す、すまん。魔力が回復したら、すぐ作業に戻る……がくっ」
作業現場は死屍累々だった。
いや、一人だけお祖母様だけが生き生きと楽しそうに作業を続けている。
「それにしてもクノウちゃんったら凄いものを考えるわねー。おばあちゃまびっくり!!」
「俺はお祖母様の冗談みたいな技術に驚いてます」
「あら!! 嬉しいこと言ってくれるわね!! でもアンダインの人間ならそのうちこれくらいできるようになるわよー!!」
お祖母様は凄い。
何が凄いって、まるで人間精密機械のように寸分違わず同じ部品を作ることだ。
俺がやるとほぼ確実にミリ単位でのズレが生じてしまう。
しかし、お祖母様がやると同じ全く部品が量産できるのだ。
特にビビったのは、爪を器用に使ってネジやボルトを作れること。
そして、恐ろしいのはその速さ。
同じ部品を大量に高速で生産できる様は、まさに一人工場だった。
「ところでクノウちゃん。一つ訊いてもいいかしら?」
「なんです?」
「この魔導具、動かすのにとてつもない魔力が必要になるわ。平均的な魔力量の人間一人分の魔力を全て注いでも三秒動かすのが限界かしら。とても人間の魔力では補えないのはもちろん、王都中の魔石を集めても足りないと思うけど」
魔石とは魔力が結晶化した鉱物で、魔導具を使用する際に使用者の魔力を肩代わりしてくれる代物だ。
俺は基本的に魔導具に使う魔力を自分の魔力で補えるよう魔鉱石を使って省エネ仕様にしてるから馴染みがないものの、一品的に魔導具を使う際は魔石を使う場合が多い。
まあ、そもそも魔導具自体が珍しいものだ。
王都に流通している魔石などたかが知れている。
しかし、大丈夫だ。問題ない。
「その点はご心配なく」
「あら?」
「魔力が無尽蔵に近いくらいの奴に心当たりがあるんです」
「そうなの、凄いわねー」
その時だった。
「ボス!!」
「お。来たか、ハガネ」
「へへ、休まず移動し続けてきたっすから!! 全員寝不足っす!!」
実にいい笑顔でサムズアップするハガネ。
人手が多くほしかったため、領地の奴隷たちを呼んだのだ。
連絡係はマリアな。あいつ、あれでも転移魔法の使い手だし。
それでも自分一人で短距離を跳ぶのが限界だから、連絡係行くまで数日は掛かっただろう。
それなのにこうも早く来るとは……。
「コハクも来たがってましたけど、全力で止めました!!」
「そりゃいい判断だ。一休みしたら作業を手伝ってくれー」
「おっす!!」
ハガネが一緒に来た奴隷たちと共に、その場で倒れるように眠り始めた。
しかし、奴隷たちの中で隻腕のエルフ――カティアだけが眠ろうとはしない。
「どうした? お前も休め」
「……不要、です。自分は……」
「作業の途中で倒れられても邪魔だ。休んでから手伝ってくれ」
「……了解しました」
その場で倒れ、深い眠りに落ちるカティア。
不要とは言っていたが、誰がどう見ても眠たそうだったからな。
居眠り作業は危険だから、ダメ絶対。
まあ、本当は眠らずに作業して欲しいところだが、一ヶ月近くかかる道のりを強行軍で来てもらったわけだし、無茶はさせたくない。
それに疲労状態での作業は一番効率が悪いことを俺は知っている。
深夜テンションでハイになってる時は別だけど。
「お祖母様、ここからが正念場ですよ!!」
「うふふ、任せてー!! ちょっと本気出すわよ!!」
……まだ本気じゃないんかい。怖っ。
作業は着々と進む。
さて、こっちの方は良いとして、最前線はどのようになっているのだろうか。
フレイヤの話だと国境の砦を落とされてからどうにかして前線を押し止めているとかで、今のところ大丈夫らしいが……。
あと少し、頑張ってもらおう。
◆
王国と帝国の国境付近。
アトラルタ帝国に奪われた国境の砦を取り戻すために構築した陣地がある。
「アスカム騎士団長、報告です。……おや?」
ガルダナキア王国騎士団の団長、ヴォルス・フォン・アスカムが控えるテントのもとへ騎士の一人が伝令としてやってくる。
ヴォルスはロケットペンダントの中の肖像画を愛しそうに見つめていた。
騎士が穏やかな表情で問いかける。
「ご家族ですか?」
「ああ。自慢の妻と娘だ」
それから一呼吸置いて。
「ホントもう、うちの妻と娘が可愛すぎてつらたん」
「真顔で言っても怖いだけですよ」
「でも少し、悩みがあってな……」
「……なんです? まさか、ご家族が病気とか?」
「ヴィオラが、妙に大人っぽくなってきた」
「?」
騎士が首を傾げる。
「いいことじゃないですか。ヴィオラお嬢……失礼、ヴィオラ様が立派になることは」
「良くねーよ!! あれは男を意識して大人になった感じだ!! あの子に男が、男が……ゆ、許せん。騎士団総出で叩き潰し――」
「騎士団も暇じゃないんですよ。ただでさえ税金泥棒とか言われていて肩身の狭い思いをしてるんですから」
「嫌だあ!! あの子が結婚してお嫁に行くとか嫌だぁ!! まだあの子は十三歳だぞ!? 早いって!! 儂まだ甘えて欲しいもん!!」
「おっさんが『もん』とか言ってもキモいだけですからね? あと他の団員に示しが付かないので絶対にやめてくださいよ、それ」
ヴォルス・フォン・アスカムは、厳格な男だ。
アスカム家の婿養子として、宰相である妻の夫として、相応しくあろうとした結果だ。
しかし、こと家族の話題となると人が変わる。それはもうとても変わる。
親バカ、否、家族バカである。
「それよりも、ご報告です」
「む? 前線で何か悪いことでもあったか?」
「いえ、悪いことではありません。ただ、良くもない報告ですね」
「ふむ。聞こう」
騎士が報告を始める。
「帝国軍の歩兵部隊がマスケット銃なるものを装備しているのはご存知ですね? 連中、開戦直後と比べて動きが洗練されています」
「帝国の厄介なところだな。流石は戦争国家。殺し合いの最中に成長するとか羨ましい」
「仮にも騎士団長が敵国の軍を羨ましいとか言わないでください。……対する我が軍は、重装騎兵部隊による突撃で敵を撹乱、撃破していますが……」
「それも砦の外まで、だろう?」
「はい」
王国の砦を占領したアトラルタ帝国軍は籠城することなく、砦前に部隊を展開していた。
しかし、追い詰められるとすぐ砦の中へ逃げ込む。
誇りある戦いを是とする王国騎士たちにとって、すぐ背中を見せて逃げる帝国は鼻で笑うものであると同時に、厄介なものだった。
「帝国は相変わらずだな。昔もそうだった」
「というと?」
「連中は勝利にしか興味がない。誉れとか誇りは二の次。だから平気で逃げる。より確実な勝利のためにな」
「……戦略的撤退が上手すぎるってことですか」
とはいえ、王国も負けていない。
王国の領土に侵犯してきた帝国軍の補給路を徹底的に破壊し、戦線維持能力を奪う作戦が功を奏した。
王国領土に侵犯した帝国軍の撃退ないし撃滅は完了しており、国境まで戦線を押し返している。
全てヴォルスの作戦だった。
その時、伝令の兵士が二人の話すテントに駆け込んでくる。
「ほ、報告です!! て、敵、大型の筒のようなものを砦の防壁上に配備!! 大きな鉄塊が飛んできて、少なくない被害が出ております!!」
「む? 大きいとは、どの程度だ?」
「そ、その、詳しくは分かりませぬ!! ただ、前に出過ぎた重装騎兵部隊の兵士がぐちゃぐちゃになる威力です!!」
伝令の兵士は惨劇を目撃したのか、話していている途中で嘔吐してしまう。
それを聞いてからのヴォルスの判断は早かった。
「ただちに軍を後退させろ」
「ほ、本気ですか?」
「女王陛下の命を忘れたか? 我らの役目は勝利ではなく、遅滞戦闘だ。できるだけ時間を稼ぐ。被害を最小限に抑えてな。若い奴らは誇りだなんだとうるさすぎる。防壁から離れれば届くまい」
「しかし、これ以上の後退は!! せっかく連中を砦まで押し戻したのに!!」
ヴォルスの命令に対し、騎士が己の意見を話していた時。
ふと、大地が揺れる。
「な、なんだ? 地震か?」
「ふ、ふふっ。はははははははははははははははっ!!!!」
「アスカム騎士団長?」
突如大笑いするヴォルスに騎士が困惑する。そして、別の伝令兵がやってきた。
「ほ、報告です!! きょ、巨大な箱と思わしきものが!!」
「箱!? なんだそれは!?」
「えっと、斥候によると普通の箱とは違って、その、よく分かりません!!」
「よく分からないのに報告に来ちゃアカンでしょ!!」
「申し訳ありません!!」
至極真っ当なツッコミに、伝令兵が謝罪の言葉を発する。
「落ち着け。それはおそらく、女王陛下が遣わした増援だ。その箱の進行の邪魔にならないよう陣形を変えろ。それの後方に続いて、砦攻めを行う!!」
「え、し、しかし、重装騎兵すらも殺傷するものが砦の防壁上に……」
「いいからいいから。ほら、久しぶりに儂も暴れるぞお!!」
「ちょ、総司令官が暴れるってなんですか!!」
後の歴史書で、王国にとっての『勝利の一日』、帝国にとっての『赤い雨が降りし日』が、始まろうとしていた。
――――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイントヴィオラパパン設定
職場と家庭で大分キャラが違うタイプ。本当は指揮官よりも前線で剣をブンブンするのが好き。フレイヤの元教育係(フレイヤの奔放さは多分こいつが原因)。
『モブ騎士がツッコミで大変そう』『お前が原因か』『なんでこの父親から真面目な娘が生まれてくるのか』と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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