とある神を慕うものたちから見た顛末
祭司長から見た顛末は
「
元気な声が館内に響き、私の横をものすごい勢いで通り過ぎていく。
その先にいたエレヴェド様は一瞬驚いたようだったが、すぐに微笑んで両腕を広げた。
ぼふん、とその腕の中にひとりの女性が飛び込む。
艷やかな藍色の髪がなびく。
彼女が通った道にはキラキラと粒子が舞い、その後をぜいぜいと息を切らした女性が追っていた。が、体力が尽きたのだろう。その場に座り込む。
女性の頭にある犬耳がへたりと倒れた。
「…大丈夫ですか」
「はー、ぁ、ああ…、さいし、ちょう、さま…」
「挨拶は必要ありません。疲れたでしょう」
「あ、ありが、たく……ひ、ふぅー」
ふぅ、ふぅと息を整える女性 ―― 祭司官に憐れみを感じてしまう。
やんちゃなかの方の付き人たる祭司官は体力勝負なことが多い。
人としての時がゆっくりと流れる私とは異なり、祭司官は通常通りの時間を過ごすから。
いま目の前で息を整えている彼女はつい最近祭司官となったようだから、まだ体力が追いついていないのだろう。
「よくやった、セレンディア」
「我も頑張りましたが、レガール、ウォレット、カリストも褒めてやってください!短命な人族で幾重も世代交代をしているにも関わらず、あの日まであの愚か者共を支え続けたのですから!」
「はは、そうだな」
胸を張ってドヤ顔を浮かべる彼女、セレンディア様にエレヴェド様はよしよしと頭を撫でる。
嬉しそうに笑う彼女を見ると、ただの少女のように見えるのだから不思議だ。
彼女は、この世界を支える神の一柱だというのに。
セレンディア様。
海洋を司る三女神のうちの三女で、エレヴェド様が珍しく介入された国がある大陸周辺で信仰されている女神だ。
セレンディア様に限らず、神々は人以上にエレヴェド様を尊敬している。
そのため、まかり間違ってエレヴェド様を愚弄するようなことして彼らの耳目に入れば、エレヴェド様ご自身がなんとも思われなくても神々が黙ってはいない。
それが、ヴァット王国の事例だ。あそこは二百年ほど前にやらかしたと聞く。
海洋国家であったヴァット王国にセレンディア様が立ち寄った際にエレヴェド様を、王も民も愚弄したことを見聞きしてしまって呪いをかけたのだ。
…エレヴェド様は「やっちゃったの?別に良かったのに」とあっけらかんとしていたが、セレンディア様の怒りは凄まじかった。
通常、神は呪っても末代までは呪わない。
せいぜい三代までが多かったのだが、セレンディア様は「愚かな民には愚かな王がお似合いだ」と仰って末代まで呪ったのだ。
ヴァット王家の人間が玉座につくと愚王に成り下がる。王太子時代はどんな優秀な人間であっても、王になった途端、坂から転がり落ちるように愚かになるのだ。
しかも、ヴァット王家以外の人間が玉座につくのは許さない徹底ぶり。過去に一度、直系が幼いため傍系の男が中継ぎの玉座についたことがあったが、セレンディア様は許さなかった。中継ぎの王を愚かにした上で、海を荒れさせた。さすがにエレヴェド様から「やり過ぎ」と怒られたからそれ以降は直系でも傍系でも許す予定だったようだが、王国側が「直系でなければならぬ」と理解してしまったのでそれ以降、傍系が玉座につくことはなかった。
それでも、長年王と忠臣のレガール、ウォレット、カリストは現状でもできることを進めていった。稀に、王がほんの少し呪いに打ち勝って賢王とまでは言わずとも、まともな王として機能することがあった。
セレンディア様も「あと二代耐えたら呪いを解いてやろう」と仰られていた。
まあ、その最後の代で、ヴァット王族はやらかしたようだが。
事が終わるまで国に残っていた忠臣らは民をも見捨てることに罪悪感を抱いていたようだが、セレンディア様が「我が見届けよう」と告げたらホッとしたそうだ。
―― 彼らは知らないだろう。セレンディア様は本当に最期まで見るだけだ。
恐らく、正妃となったあの娘に子は生まれない。
あれほどの悪意に晒された環境で正常に産み育てられようか。体が拒否反応を起こすだろう。
そうなると、ヴァット王家の血筋を持つのは今代の王しかいない。
セレンディア様は今代の王の祖父の時代に「あと二代耐えたら」と仰っていた。
つまり今代の王に子が生まれ、その子が玉座に座った瞬間に解呪されるはずだったのだ。
だが、呪いを受けている今代の王が子を残さず死ねば《ヴァット王家以外の人間が玉座につくのは許さない》という呪いも解呪されない。
もう、ヴァット王族に傍系はいない。血が薄まりすぎた。直系の今代の王しか残されていなかったのだ。
今代の王が死ねばあの国が滅びることは確定したも同然だった。
正妃となったあの娘や残された者がどう頑張ろうが、報われることはないだろう。仮に側妃を宛てがったとしてもうまくいかないのが目に見えている。あの愚かな娘が、許すはずがない。
あの国の民すべてが愚かではないこともセレンディア様はすべてご承知の上、見るだけに徹するだろう。加護はもう不要だとかけられていない。海に出れば、それ相応の恵みと報いを受けるようになる。セレンディア様の加護は報いを極限に減らす効果があったが、今後はそれを受けられない。
当然理不尽に思うだろう。王がしたことなのに、先祖がしたことなのに、どうして我々が咎を受けなければならないのかと。
その考えが、セレンディア様の逆鱗に触れたのだということも自覚せぬままに。
本当に改心し、セレンディア様に真心を込めて祈る者たちだけ、セレンディア様はきっと救いの手を差し伸べる。あのお方は本来、お優しい方なのだ。
神々の話の邪魔にならぬよう、祭司官を誘い、館内の整理を手伝ってもらうことにした。
ここには数多の魂が記録した、生きた証の本が詰まっている。ある程度整理しておかないと、エレヴェド様が見返したいと思ったときに見つからない羽目になる。
なんせ、エレヴェド様がこの世界を創られた頃から、人、竜人、獣人、精霊族の四種族の血を引く者たちの生涯が記録されている本を収蔵しているから。
立ち入りが制限されているため私ひとりで整理していくことになる。膨大な量なので人手はいくらあってもいい。
「祭司長様。あの、ひとつ疑問なのですが」
「うん?」
「今回、どうしてエレヴェド様は直接介入されたのでしょうか…」
手を止めずに作業を続ける祭司官の問いは、至極当然なことだ。
エレヴェド様は「その選択の末に皆滅ぶなら、仕方ないことだ」と傍観される方だ。ヒースガルド帝国による世界大侵攻の最後、追い詰められた神官たちと神々の必死の懇願を受けてようやく腰を上げたのだから、尚更自ら手を差し伸べられた今回が異例だということが際立つ。
だが、それには理由があることを、私は知っている。
「…地球の話はご存知ですか?」
「はい。異世界の惑星のことですね。なんでも、僅かながらも繋がりがあるとかで…」
「なら話は早いですね。向こうの人間が物語を作りました。それが世間一般に公開され…その知識を持った御方が、この世界を創られた」
「…え、と?すみません、どういうことでしょうか?」
「かんたんに述べるなら、我々は地球の人間にとっては物語の中の登場人物でしかない、ということですよ」
「え」
「こら、祭司長!我の祭司官を困らせるでない」
いつの間にか話が終わったのか、我々のもとに来てくださった二柱。
頭を下げて「申し訳ありません」と告げた私の頭に、ポンポンと手が置かれた。
「そこまで悲観するな、祭司長。誰もお前たちを物語のキャラクターだなんて言ってないぞ」
「…しかし」
「まあ、たしかに。共通の世界観で構成されたゲームや小説を元に、この世界を創ったのは俺だ。なーんもない世界に来ちまって、どうすればいいか分からなかったから参考にしたんだ。…まあ、特に何もしてなくてもキャラクターと同じ奴らがポンポコ生まれてきたのにはビックリしたけど」
わっしゃわっしゃと頭を撫でくりまわされる。
ボサボサとなった頭のまま呆然とエレヴェド様を見上げると、エレヴェド様は微笑んだ。
「お前たちはこの世界に生きる、俺の愛しい子どもたちだ。お前たちの選択を尊重したいからこそ俺は基本的に手を出さないし、よほどのことが起こらない限り出せない。だから基本的にはセレンディアのようにこの世界で生まれ育った神の子らに任せている」
「…ではなぜ今回、手を差し伸べられたのです?」
「あのまま放っておくと、番を殺された
それは小説の出来事ですか、と喉まで言葉がきたが、呑み込んだ。
―― あまりにも、エレヴェド様が悲痛な表情を浮かべられていたから。まるでその目で見てきたかのような表現。
「…富長、とはあのエインスボルトのユーリですか」
「うん」
「たしか、彼を召喚されたのは今から三十二年前でしたね」
「そうだな」
……三十四年前、エレヴェド様は突如神々を総動員してかの御方を探し始めた。かの御方がいらっしゃることは、なぜかすっぽりと頭から抜けていた。私も、神々も。
三年ほど前、アスガルド様がかの御方が封印されているダンジョンを見つけ出し、エレヴェド様自らが救出された。それ以降、目覚めぬかの御方をエレヴェド様自ら介抱し続けている。
かの御方の名は女神クロウディア様。
司る御力は ――
私が何か察したことに気づいたのか、ひとつ伸びをしてからエレヴェド様はからりと笑った。
「あー、腹減った。祭司長、何か食べるもんある?」
思考を中断する。
「はい。準備します」
「セレンディアたちも食べていきな」
「やった!」
「あ、ありがとうございます!」
「申し訳ありませんが祭司官殿もお手伝い願えますか?」
「もちろんです!」
準備のため、祭司官とふたりその場から離れる。
さて、先日供物を受け取ったばかりだったな。たしかそれらに、エレヴェド様が所望されていた材料も含まれていたはず。
祭司官に聞けば料理は出来る方だというので、彼女にも手伝ってもらおう。
悠久の時を生きるエレヴェド様のため、少しでも幸せを感じられるよう、私は尽くすまでだ。
それが私の幸せであり、私を救ってくださったエレヴェド様への恩返しとなるのだから。
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