特殊なアイテムって大体危険物だと思う
「うぅ、ゆ、ゆゆユーリ、です」
「オルフェウスだ。フィーネの兄に当たる…すまない、フィーネが無理やり連れてきたようで」
「ですから、違いますわ!きちんと説明した上で連れてきたのです!」
王女殿下、説明なんて受けてません。すっぽ抜けてます。
なにがどうしてこうなった。いや本当に。
王子殿下と王女殿下の会話は一貫して「王女殿下は僕を婚約者として所望している」ということだった。たぶん、この前零されていた婚約者の代わりとして僕を据え置こうと思ってるんだろうけど、無理だ。
だって、僕は逆立ちしたって平民だ。しかも異世界人だ。しかも異世界でも中流階層の一般人だった。釣り合わないだろう。
だが、僕がトゥイナーガとして出版した翻訳本は数も多いことから叙爵対象になるらしい。マジか。
「わたくしとユーリの結婚、認めてくださるわよね?」
「……ユーリは、どうなんだい?不敬だ何だは問わない。何ならフィーネを振っても構わないよ」
「お兄様!」
「君の本心が知りたい。君はどうしたい?」
ひ、と小さな悲鳴が溢れた。体を震わせてぎゅうと強く目を瞑る。
だって、王女殿下だ。しかも次期女王とまで言われてる人だぞ、僕なんて翻訳しか能がないのに、なんで。
…はっ、そうだ。
きっと王女殿下はあの婚約者をもう見捨てたいんだ。でも、彼の能力に匹敵する、もしくは上回るのが貴族にはいなくて僕ぐらいしかいなかった。
とっとと結婚して婚約者を熨斗つけて実家に返したいんだろう。ということは、僕は騒動が落ち着いたら用無しになるはずだ。
仮初の伴侶。王女殿下に相応しい人物が現れるまでの繋ぎ。うん、それなら僕を望むのも納得だ。
第一王子殿下も騙しておかないといけないんだろうか?それならそれで、協力しよう。
いつの間にか腕に絡んでいた王女殿下をそっと押して、離れてもらう。
背筋を伸ばして、ペンを置いてまっすぐ第一王子殿下を見つめた。こういうとき、ちゃんと目を見て、口に出して伝えると真実味が増す。
「ぼ、僕の……力が、お、おおお王女殿下の、力に……なるのなら、結婚、します」
「うん」
「………王女、殿下…を、愛してるとか……そういうのは、まままだ、な、ない…けれど」
吃りまくったけど、第一王子殿下は言葉を遮らずに真剣に聞いてくれた。
…本場の人相手に大丈夫かな?騙されてくれるかな?
「君の実績を持ってすれば、父の許可も下りるだろう」
「お兄様、では…!」
「微力ながら手伝うよ」
良かった。騙されてくれた。
そうホッとしたのもつかの間。
「まあ、ユーリやったわ!」
「あばわわわわ!!」
ぎゅう、と王女殿下が僕に抱きついてあああああ!?
柔らかい!いい匂いする!やわ、えっっ胸っ…!!?
離れて、いやホント離れてください…!
なんとか王女殿下を離す。少しむくれている様子が可愛い…あ、そうだ。
気になることがあるんだった。
ペンと紙にスラスラと書き出す。
『今、学園でひとりの低位貴族の女子生徒を高位貴族の男子生徒たちが囲っているとお伺いしたのですが、それは本当ですか?』
空気が変わった。
ひとまず、そのことにホッとする。あのまま王女殿下にくっついていられたら、気を失う自信がある。
「…フィーネ?」
「思わず口にしてしまったの」
「…そうか。本当だ」
これは当たらなければいいなとも思う。単純に、シャーロットを慕っているだけだと。
でも小説の内容に沿っているのであれば、ちゃんと対処しないとマズいことに気づいてしまった。
『その囲われてる女子生徒、彼らに定期的になにか食べさせていませんか。もしくは常に身につけている物』
「うーん…私は接する機会がないので分からないが…なぜ、そのことを気にする?」
『違法な魅了の魔導具または魔法薬を使用している可能性があります』
ピン、と空気が張り詰めた。
王女殿下も第一王子殿下もつい先ほどとは異なり王族としての顔つきになっている。
どんなに愛らしい女性でも、婚約者を持つ男性が侍るだろうか。しかも高位貴族として教育を受けた子息が複数人も…といえば疑問に思ってくれたらしい。
小説の中だけなら「それだけ魅力的なヒロインなんだろうな」と思うが、現実で考えるとそれは怪しいし、そもそも僕が読んだ小説と王女殿下から聞いた様子とは異なる。ベッタリしすぎてるのだ。
あと、王女殿下が誘ってくださったあの日にある本も見つけてしまった。
考え込んでいた第一王子殿下がぽつりと零す。
「クッキーかもしれん」
「クッキー?」
「人からもらったが美味かったからどうだ、とモーリスから勧められたのを断ったことがある。その後からモーリスの言動がおかしくなった気がするが…だが、食べ物にそのようなことができるのか?」
―― ああ、テンプレ乙と言いたい。でも外れてほしかった。
ここに来る前に、王女殿下の権力を使って本来であれば持ち出し禁止の本を持ち出させてもらった。この本の気になる内容については昨日のうちに翻訳済みだ。
ボロボロなこの本は『魔法薬ガイド』。製作年は今より遥か昔、五百年以上前になっている。
僕が急いで翻訳した部分は『ギデリア魅了薬の作り方』と書かれているページだ。
第一王子殿下が資料に視線を落とし、文字を追っている。
『消失した言語の本だったので興味を惹かれて読んでいた中にありました。王女殿下から騒動についてお聞きして、もしやと思い翻訳しました。虫食い状態だったため、不足している部分がありますが』
「…いや、これは禁書に値する物だ。よく見つけた。それで、このページが怪しいと?」
『ご覧のとおり、それはどこにでも生えているギデリアの根を乾燥させ、粉末化したあとに特定の薬品を入れて魔力を込めることで液状の魔法薬が完成します。肝心の薬品名の部分は虫に食われていました』
「惜しいわね…でも、ユーリはこれをその女子生徒が利用したと考えるのね?」
『可能性のひとつとしてお考えください。この本はベガルド語で書かれていたので到底読めるとは思えませんが、原本には挿絵があるため絵の特徴から割り出した可能性があります』
小説通りなら、シャーロットの家では代々伝わるクッキーに使われる「隠し味」があった。それが恐らくギデリア魅了薬だろう。
小説内でも材料や製法に関して細かな説明はないが、シャーロットは母親からこう注意されていた記述があった。
*********************
この隠し味は入れすぎると苦いから二滴だけ。
量が多すぎてもダメ。隠し味を入れたクッキーは一ヶ月に一度だけ。
量や頻度をちゃんと守らないとその人が駄目になってしまうから、渡しすぎては駄目よ。
それから、隠し味入りのクッキーを三回食べさせたらもう隠し味を入れるのはやめなさい。
それさえ守ればいいことが起きるわ。
*********************
シャーロットにとってはおまじないのようなものだった、と描写されていた。
小説ではこの隠し味を言われたとおりに使って、メインの男子生徒たちと交流している。
ただ、最終的にはクッキーに隠し味を入れていない状態で数ヶ月過ごしたエリックから愛の告白を受け、彼とゴールインすることになったはずだ。
…まあ、要するに薬の効果で好意を抱かせるきっかけを作って、あわよくばといった感じだよな。読んでいたときには「倫理的にいいのか、これ」って思ったよ。
真剣に資料を読み込むおふたりに、これまた王女殿下のお力を使って借りてきた持ち出し禁止の分厚い本をテーブルの上に置いて、目的のページを示す。
『なお、この魔法薬は後年に発行された禁薬リストに名を連ねています。この本のこのページに』
禁止理由は依存性が高いのと、長期間の使用による後遺症の重さによるもの。世界基準の魅了レベル五段階のうち、本来であれば『使用禁止』である三に該当するが、材料の手に入りやすさから『使用・製造法公開禁止』のレベルに該当する四にあたる…と書かれていた。
後遺症は頭痛、倦怠感、微熱などがあり、更に摂取量が多いと手足が痺れ不自由になるとのことだった。
「…禁止理由はさもありなん、だな」
『平民である僕も家族も、周囲の人間もギデリアはただの雑草という認識でしかありませんでした』
「わたくしも同じ認識だったわ。あらゆるところに生えているもの」
「…つまり、この薬品も手に入れやすいものだったとしたら、容易に作れるということだな」
この国に限らず、国際協定で過度な能力を持つ魅了の魔導具や魔法薬は禁止されているそうだ。レベル一、二は大した効能がなく本当に「おまじない」程度のため、それらはいいらしい。
第一王子殿下は僕に断って本と資料を借りていった。まあ、もともと王女殿下の御威光を使って借りてきたもんだし、王族から返してもらえるとありがたい。
王女殿下はわざわざ馬車止めまで見送ってくれた。辻馬車があるところまで送ってくれるように御者に伝えている。
「ユーリ」
馬車に乗る直前、呼び止められたので振り返る。
ふわりと微笑んだ王女殿下のその表情に心臓が跳ねた。王女殿下の周囲がキラキラと輝いたように見える。
「また、図書館でお会いしましょう」
「……はい」
頭を下げて、馬車に乗り込む。ドキドキと心臓が煩い。なんだこれ。
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