用法用量を守らないと毒にもなるよね
後日。図書館で仕事をしていると王女殿下がひょっこりと顔を出して「この前の件でお話がしたいの」と言われたため、慌てて片付けて案内された馬車に乗る。
この前の件とはギデリア魅了薬だということは察しがついたから、たぶん王宮に連れて行かれるんだろうとは思っていた。
思っていたけど。
「王国の太陽、国王陛下にご挨拶いたします」
「あ…ぅ、」
「ユーリ、大丈夫よ」
「うむ。楽にせよ」
体が震えるのが止まらない。平民がそもそも王女殿下と接することなんて学園に行かないとないことなのだと養父母が驚いていたのに、さらにその上の国王陛下だって?
どれだけ話が大きくなってるんだよぉ…僕こんな偉い人と話せない…!
気が遠くなりかけてふらつくと、傍に控えていた侍従の人が咄嗟に支えてくれた。うぅ、すみません…!
「トゥイナーガ…いや、ユーリよ。貴殿が筆談を希望していると事前に申し出があったゆえ、それを許可しよう」
え、本当に?
思わず国王陛下を見て、王女殿下を見れば彼女はにこりと微笑んで頷いた。
侍従の人から差し出された紙とペン。良かった、喋らなくてもいいんだ。
そこから、僕が見つけた本の話、それから翻訳の正当性についての話になった。
僕が見つけたあの本はベルガド語と呼ばれる失われた言語で書かれているもののようで、翻訳はベルガド語を研究する人間にとっては垂涎ものだったらしい。
そして、その研究者は国王陛下である、と。
国王陛下が見つけた文脈の法則、推測される単語帳とほぼ一致していることから、正当性があると判断されたとのことだった。
国王陛下は失われた言語を研究するのが趣味で、公務の合間にやっているらしい。
僕との共通点に、勝手ながら身近に感じてしまう。
「貴殿の翻訳の手腕には目を見張るものがある。そこでだ。正式に、王女フィーネの伴侶となり、王女を支えて欲しい。知っているだろうが、王女は外国語が壊滅的でなぁ…まさか隣国の一カ国だけしか覚えられないとは」
「だって分からないんですもの」
さらっと言ってのける王女殿下だけど…平民での評判も「外国語さえできれば完璧だ」と言われている方だ。
周囲ができるはずのことができないのは、相当苦しかったんじゃないだろうか。
……僕も、きっと、人前でも臆せず話せるようになっていたのなら、こんな苦しみはなかったのかもしれない。
「ぼ、ぼぼ僕なんかが、力にななれれば、……がんばります」
そう言えば、国王陛下はふ、と微笑んだ。
あ、これは親が子を慈しむ表情に似てるかもしれない。
その後、僕なんかここにいていいんだろうかと思うぐらい話の中身ががらりと変わった。
王女殿下が学園内の状況も踏まえて「この件はマトウに連絡すべきだ」とかなんとか、国王陛下もマトウに連絡することによる国際情勢への影響等など、ど素人の僕にはチンプンカンプンだ。
そんな僕に気づいたのか、侍従さんが説明してくれた。
魔塔は属性魔法、精霊魔法、魔導具、魔法薬に関するすべての研究を行っている研究所。魔法よりも魔法薬、魔法薬よりも魔導具の方が種類も豊富なため、一般的に魔導具を研究する場所、と認識されているとのことだった。
研究所の場所や誰が所属しているか、なんてのは極秘事項で各国の国王でも知らないそうだ。なにその秘密機関的ななにか。
学園内のことは僕の手の届く範囲ではない。
在学している王女殿下や第一王子殿下でどうにかすることになって、僕は国王陛下から「個人的にベルガド語について語ろう」とお言葉をもらって、家に帰った。
……なんか、どっと疲れた。
家に帰るなりディックから「兄貴、大丈夫か?」って心配された瞬間涙腺が崩壊した。
もうキャパオーバーだよ。なんで王様と個人的に語り合いましょうって約束してるんだよ僕。
えぐえぐと泣く僕に苦笑いを浮かべながら、ディックが頭を撫でてくれる。これじゃどっちが兄なのかわからないや。
◇
それから数日間は図書館でいつも通り仕事をしたりしていたけど、やっぱり気になって未翻訳の魔法薬関連の本を探した。
ギデリア魅了薬はさすが禁薬リストに載っているだけあって、見当たらない。
うーん、気になるんだよなぁ。
小説の中にあった、シャーロットの母親の「隠し味入りのクッキーを三回食べさせたらもう隠し味を入れるのはやめなさい」っていうくだり。
この三回を守らないと何か良くないことが起こるんじゃないか?
図書館内をうろつく。
魔法薬、魔法薬…うーんもしかして医療書籍のあたりにあったりするかも?
そう思って、医療関係の本棚の辺りにきて眺めていると、ふと古そうな本が目に入った。これも外国語だ。
タイトルは「人体の神秘」…無関係かもしんない。そう思いながらパラパラと捲れば、人体解剖図とかがあって思わず目を閉じた。グロい。
内容も論文っぽいし、これは外れか…と思いながらも最後までページを捲ろうとしたとき、ある記述が目に止まった。
*********************
なお、人体への影響といえばギデリア回復薬は特筆すべきだろう。どこにでもあるあのギデリアの根が、特殊な処理で驚異的な疲労回復や眠気防止の効果を発揮する。しかも魔法薬の製薬者を慕う魅了効果も出るようだ。
モンスター討伐部隊の疲労軽減や眠気防止の成果が出ており、昨今の討伐率上昇は目覚ましいものだ。
ただし、副作用とも言うべきか。高頻度で回復薬を摂取すると副作用と高確率で後遺症が発生する。
摂取間隔を一ヶ月に一度とした場合、副作用は出ず後遺症は注入する魔力量にさえ気をつければ問題ない。だが、高頻度で摂取した場合が問題だ。
摂取間隔を毎日とした場合は、注入する魔力量によって後遺症の度合いが変わる。魔力量が少なければほとんど出ないか軽いものにはなるが、蓄積されるため摂取期間が長ければ長いほど断薬したときの後遺症が強く出る。
そして、副作用として製薬者を我が物としようとする行動に出る。具体的な事例としては、同じ製薬者(女性)の回復薬を高頻度かつ長期間摂取していた討伐隊隊員A(男性)が製薬者を強姦し、監禁しようとした。男女逆の事例もあるし、ひとりの製薬者を複数人で奪い合った事例もある。
また、依存性が高いのも懸念点のひとつだ。
副作用や依存性をなんとか除去できないか。人体、薬の両観点からさらなる研究が望まれる。
*********************
ギデリア回復薬?魅了薬じゃなく?
しかも、疲労回復と眠気防止効果が主な効果で魅了効果が副次効果って…この前見た魔法薬リストや禁薬リストそんなのなかったぞ。
発行年はベルガド語版魔法薬リストと同年代だけど、書かれてる言語は…なんだっけ。ああ、そうだ。シェザーベル語だ。こっちはまだ現役の言語。つまり、国によって用途が異なっていたのか?
いやそんなことよりも、高頻度かつ長期間服用することによって副作用が発生するという記述が問題だ。
もし、第一王子殿下が言っていたクッキーが毎日のように食べられていたら?もちろん、シャーロットが母親の話をきちんと聞いて、言う通りにして普通のクッキーを渡しているかもしれない。
でもそれならエリックを含めた男子生徒たちがシャーロットを囲っているのはおかしい。
―― シャーロットは、ギデリア魅了薬が含まれるクッキーを、母親の注意内容を守らずに三回以上渡している可能性が高い。
僕は急いでこの本の貸出手続きをとると、図書館を出る。
依存性が高くて疲労回復効果があるなんて…まるで、覚醒剤や麻薬のようだと背筋に悪寒が走ったから。
王女殿下とは普段、図書館前で自然に会うときだけ…という王女殿下任せだ。けど、この前の国王陛下との謁見帰りのときに「何かあったらこれを使って連絡してほしいの」と手紙を渡された。
持ち帰ったときにディックに聞いたら、精霊魔法が施された送付専用の手紙らしい。ほんの少しの魔力で発動する代物だそうだ。
家に急いで帰り、引き出しにしまっていた手紙を取り出す。でも、魔力を持っていない僕がどうやって送るんだろう。
ディックはいま、バイト中だから家にいないし…。
「添えられた手紙は読んだかい、ユーリ」
「…あ、読んでない」
養父に相談すれば、当然のことを指摘された。
添えられた手紙を読めば、魔力を持たないひとでも発動できるよう術式が改善されていると添えてあった手紙にある。
紙に書かれた魔法陣に発動者である僕の髪を一本置いて…と。
「えーっと…『乞い願う、どうかかの方に私の言葉を届けてください』?」
するとマークがぼんやりと光り、そこからシュルリと何かが現れた。
手のひらサイズで、ぼんやりと体に光を纏わせた小人。パチリとその丸い目が開いてキラキラとしたルビーの瞳が僕を見た。
養父さんもまじまじと精霊さんを見ている。精霊なんて滅多に見れないって言ってたし…。
小首を傾げた精霊さんを見て、本来の目的を思い出した。
「王女殿下へ、ユーリより。例の件で至急お伝えしたいことがあります。お会いできますでしょうか……っと、精霊さん、よろしくお願いします」
こくり、と頷いた精霊さんが僕の目の高さまで浮かび上がると、一瞬のうちにかき消えた。…魔法ってやっぱりすごいな。
「ユーリ、調べ物の件かい?」
「あ、はい」
「…あまり危険なことはしないようにね」
「……うん」
心配そうな表情を浮かべて告げられた内容に、ちょっとだけ驚いて。それからじんわりと胸の辺りが暖かくなった気がした。
本当に、この家族に拾われてよかったと思う。
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