辺境伯令息エディアル視点

ひと目で射抜かれたので、周囲を巻き込んで全力で囲い込んだ

 とても可愛らしい人がいた。

 その人はジャナの友人のひとりで、柔らかい、緩やかなカールをした茶髪にペリドットの瞳。



 母から「少しは女性に慣れなさい」とジャナの買い物の護衛を無理やり組み込まれた。

 今日はグェンジャー侯爵家の騎士たちと手合わせする予定だったのに。


 女性なんて、家族以外は皆同じだと思っていた。

 次期スピネル辺境伯として社交界に出ればわらわらと群がってくる女性たち。

 このときばかりは、父母の容姿の良さを恨んだ。試しに話をしてみても面白くない。

 所属が近衛隊ではあるものの辺境伯家ということもあって、実家の荒事を任されることも多い。

 だから自然と、自分が話せる内容もご令嬢方にとっては「野蛮」なことになる。

 もちろん、社交のために一応流行は追っている。でも面白いとも思えないから表面的なことしか話せない。


 ―― 要するに、致命的に話が合わないのだと思う。

 正直、母上や伯母様、ジャナのお茶会で話す内容も分からない。


 そんな中言いつけられた護衛で、俺は半ばうんざりしながら付き添っていた。

 ジャナがいるから大丈夫だとは思うが、今日も言い寄られるのだろうか…と思っていたが、ジャナの友人は弁えているようでそうはならなかった。

 むしろ、おかしな友人が混ざっていた。


「あ、あああの!その帯剣されてるのって、ブレリュー領の鋼鉄で精製されたセブンズシリーズのですよね!拝見させていただくことは可能でしょうか!!」


 頬を紅潮させキラキラとしたペリドットの瞳がこちらに向けられているが、俺に対してじゃない。

 俺が持っている剣に対してだ。

 唖然としつつも、勢いに押されて見せてやれば、彼女は「本物初めて見た!!なにこれ!!」と興奮している。

 俺じゃなくて、剣に。

 さすがに持つことは許可できなかった(この剣は結構な重量があるから)が、それでも隅々まで見れて満足したらしい。


「ありがとうございました!」


 と、彼女は満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔を見てストンと何か射抜かれたような気がした。


 今思えば、一目惚れなのだろう。


「…セブンズ・ウォリアーも我が家にあるが」

「ええ!?あの幻のですか!?」

「ジェラルドシリーズのボーガンもある」

「女性でも扱えるウィメンズなら我が家もひとつあります!」


「リア」

「あ、すみませんお姉さま。スピネル様、とても素敵な武具を見せていただきありがとうございました」


 リア。

 リアというのか。

 どこの家門の娘だろう。


 この外出が終わったら、ジャナに聞かなくては。





 フローリア・バーデンベルグ男爵令嬢。

 それがジャナと一緒にいたリアという女性の名前。

 婚約者がいるという話にショックを受けたが、その婚約者の名前を聞いて問題ないと思い直した。

 リカルド・エール辺境伯令息。

 彼は別の騎士団に所属しているが、噂は近衛隊まで届いているのだ。婚約者を蔑ろにしていると。


 彼に嫁がせるぐらいなら、俺がフローリア嬢を貰い受ける。


 ジャナがフローリア嬢の悩みを聞き、伯父上がバーデンベルグ領のダンジョンに手を回した。

 そのとき、困窮していた職人たちの助けになればと父上に頼んで我が領の資源を回した。

 ジャナの婚約者であるゲオルグ第二王子殿下から「フェリック女伯爵に連絡を取る」と俺も連れて行かれた。

 俺がフローリア嬢に惚れているのはすぐに分かったらしく、フェリック女伯爵は「よろしくてよ」とリカルドを籠絡するのを引き受けてくれた。



 俺自身、できることはほぼない。

 フローリア嬢と俺の接点はないのだから。

 だから俺はジャナに「フローリア嬢の婚約が解消されたらデートがしたいから、彼女の好きなものを教えてくれ」と頼んだ。

 ジャナは驚いた様子ではあったものの、すぐに笑って教えてくれたのだ。


 バーデンベルグ家ということもあり、武具の知識は深く、本人も好んでいる。

 ドレスやアクセサリーなどを見るよりは武具を見る方が目を輝かせること。

 甘いものが好きで、市井の屋台で流行りのものなどもよく知っているとのことだった。


 市井を担当する警衛隊の隊長であるディックは平民出身だが、俺の学生時代のクラスメイトで仲が良かったのが幸いした。

 彼に今市井で流行っている甘いものを聞いて、まだフローリア嬢がそれを食べていないことを祈って彼女の婚約が解消されるのを指折り数えて待つ。



 そうして、あの夜会でリカルド殿はやってくれた。

 俺もあの場に仕事でいたから見ていたのだ。

 ぶん殴ってやろうかと思ったのは同僚に悟られたらしく、止められた。

 だがそれと同時に喜びも湧き上がってくる。


 これで、フローリア嬢をデートに誘える、と。





 結果は上々。

 ディックから教えてもらったクレープの屋台はフローリア嬢もまだ試したことがないものだった。

 さらに、フローリア嬢からの反応も良い。市井だから「リア」と呼ばせてくれと頼んだら、恥ずかしがりながらも頷いてくれた。

 フローリア嬢 ―― リアは、俺が触れても嫌じゃないと言ってくれた。

 侍女のナリス殿とのやり取りを見る限り、俺に好意を持ってくれていることは確かだ。


「…若、ぐいぐい行きますねぇ」

「そうでもしないと逃しそうだからな」

「いやぁ、若も女性に興味を持ってくれて嬉しいです」

「女性というよりリアに興味がある」

「惚気られた」


 侍従のマックスとそんな会話をしながら、キラキラと目を輝かせて並べられている武具を見ているリアを微笑ましく思う。

 ここは一般的には女性とのデート先としては不向きな武具店なのだが、リアにとっては天国だったらしい。


 バーデンベルグ領は、ダンジョンも有名だが武具の一大生産地でもある。

 領主の娘たる彼女が興味を持つのもおかしくはないだろう。

 まあ、そういうお家事情があったとしても興味が持てない女性が大半だろう。事実、バーデンベルグ領と同じぐらい武具製造で有名なブレリュー領のご令嬢はこういった話はついてこれなかった。


 まるでアクセサリーを見ているかのようなテンションでナリス殿と話すリアの様子に、ふと笑みが溢れる。

 近づいて、彼女の背後から覆いかぶさるように商品に手を伸ばした。

 ぴしりと動きが固まって、すぐに彼女の首筋が赤くなる。


「これとか、リアの護身用にもいいんじゃないかな」

「ひゃえ」

「お嬢様!お気を確かに!」

「かわいい」


 思わず溢れた言葉はそのままに、さり気なく彼女の腰に腕を回して抱き寄せる。

 ああ、ここが外で良かった。

 邸だったら部屋に連れ込んでたぶん押し倒していたに違いない。

 その肢体を撫で回して、俺だけを見つめてもらって、俺だけを感じてもらえたら。

 一瞬浮かんだ邪念を振り払い、リアに微笑む。


「どう思う?リア」

「あぅ、あ…わ、わたしにはっ、ちょちょっと重たいかも、ですっ」

「なるほど」


 混乱しつつもきちんと武具を見て意見を述べるリアが益々可愛い。

 そんなリアが俺が考えていることを知ったらどんな表情を浮かべるだろうか。


 ナリス殿の生暖かい視線を感じつつ、俺はリアの護身用ナイフを吟味すべく彼女の腰を抱いたまま店内を歩いた。




 ―― その、帰り道。

 彼女が現在滞在しているタウンハウスへ送ろうと、馬車に乗り込もうとしたときだった。


「フローリア嬢!」

「うげ」


 リアの可愛い顔が歪む。

 振り返れば、そこにはリカルド殿がいた。

 すっと彼女を庇い立てるように立ち位置を変え、にこりと口元に笑みを浮かべる。


「これは、リカルド殿」

「な、なぜエディアル殿がここに…、いや、用があるのはフローリア嬢だ。退いてもらえないか」

「それこそなぜ?」

「は?エディアル殿には関係がないだろう」

「いいや、関係あるとも」


 ああ、クソ。

 本当ならもっとデートを重ねて俺のことを知ってもらってから、ちゃんと手土産を持ってリアに想いを伝えようと思っていたのに。

 けれど、俺の背中の服を少し掴んでいるリアの憂いを払うためならば予定を変更せねばなるまい。


 控えていたマックスとナリスが我々を庇おうと動こうとしたところを目線で制す。

 リアが俺の顔が見えない位置にいることをいいことに、こちらを睨みつけるリカルド殿に、ふ、と嘲笑を見せた。


「愛するリアの婚約者として名乗り出るからだが?」

「は?」

「えっ」

「今日、リアを送るがてら父君であるバーデンベルグ卿と約束していてね。そこで申し出る予定だったんだ。リアには驚いてほしくて、秘密にしていたんだが…」

「な、なんだと!?」

「ひょえ」


 バーデンベルグ卿と約束していたのは本当だ。

 だが、話す予定だった内容はリアと交際したいという申し出で、婚約ではなかったが。

 ちらりとリアを見れば、彼女は顔を真っ赤にしてこちらを見つめている。それでも、俺の服を掴む手は離れていない。

 リアを安心させるように微笑んでから、視線をリカルド殿に向けた。


「何を驚くことがある。婚約の解消を申し出たのは君だろう?彼女はその後フリーになった。俺に申し込む資格はあるさ」

「だ、騙されたんだ!彼女が、あ、あんな…あんな女だと知っていたら、俺は解消などしなかった!!」

「え、最低」


 ぼそ、と呟かれたリアの言葉は意外と低い声音だった。

 聞こえたのだろう、びくりとリカルド殿の肩が震える。


 それにしても、フェリック女伯爵を「あんな女」呼ばわりとは。

 彼女は伯爵の地位にはいるが、男子優位な爵位継承制度の中で、女伯爵として手腕を振るう方だ。敬いこそすれ、貶す言葉は思っても出してはならない。

 ―― 目や耳がどこにあるか分からないしな。


「いずれにしろ、もう遅いということだ。…リア、お父上が待っているだろうから、行こうか」

「はい」

「ま、待ってくれ!」


 追い縋ろうとしたリカルド殿の手がリアに触れる前に振り払おうとしたら、先にリアが動いたので、やめた。

 リアがジャケットに隠れていた腰部分から、パチリと留め具を素早く外して鞘付きのままの短剣をリカルド殿に切っ先を向ける。


「私やアル様に触れたら、この鞘を抜きます」

「っ、ふろ」

「私とあなたはもう何の関係もありません。ただの顔見知りです。そんな程度の関係の人間に、私は名を呼ぶことを許すほど器は広くありませんの…とっとと失せやがれ、クズ野郎」


 にっこりと口元だけ笑みを浮かべたリアの言葉に、リカルド殿は数歩、後ろに下がった。

 そのすきに、リアをエスコートして馬車に乗り込んでさっさと出発させる。


 それにしても、リアは可愛らしいだけじゃないんだな。度胸もある。

 ダンジョンを管理する領主の娘だ。万が一のときは戦えるようにはしていたのだろう。


 乗り込んだときにさりげなく、リアの隣に座ったのだが、本人はまだ気づいていないようだ。


「んもーーー!!せっかく、アル様とデートして気分良かったのに!最悪!!」

「本当だね」

「ほんっと人の神経逆撫でする天才ですよ!!」


 キィッと怒るリアが可愛い。言葉遣いも庶民寄りになるんだな。

 思わずニコニコとしながら相槌を打っていたら、はたと今の状況に気づいたらしい。

 さぁ、と彼女の顔から血の気が引いた。


「…す、すみ、ませんアル様、こんな、」

「どうして謝るんだ?」

「だ、だって私、淑女らしくなくて…」


 リアの趣向から考えるとおかしくはないが。

 しょんぼりとするリアの頭を撫でる。さらさらとした髪だ、いつまでも触っていたい。


「とても勇敢だったよ。俺より早く動けるなんて、騎士の才能もあるんじゃないか?」

「う…」

「今日は色々と君の一面を見れて嬉しい」


 じわじわと、俯くリアの耳が赤らんでいく。

 うん。かわいい。早く食べたい。味見ぐらいはいいだろうか。


 …いや、きちんとバーデンベルグ卿の許可をもらってからにしよう。我慢だ。


「リア」

「…はい、なんでしょうか、アル様」


 もうここは馬車の中だから、庶民のフリをする必要はない。

 だから本来は呼び名は元に戻すべきなんだが、やっぱりリアは気づいていない。


 リアの腰を抱き寄せて、頭にキスを落とす。

 「ぴゃっ!」と不思議な悲鳴を聞いて、笑みが溢れた。


 ああ。早く、君と深く触れ合いたい。





 そんなこんなで、本来は交際の許可をもらいにいったはずが、婚約締結まで進んだ。

 まあもともとリアを婚約者に、と望んでいたのは父上は知っていたので俺が進めても問題はない。

 リアは「本当に、本当に、ほんとーーに私でいいんですか!?」と念押ししてきたのでその場でキスしてあげた。

 想像していたとおり、リアの唇は柔らかい。口内は甘いだろうか。

 それで「なんとも思っていない人間にキスはできないよ」と伝えたのだが、リアはキャパオーバーで気絶してしまった。


 …目の前でこんな光景を繰り広げられたバーデンベルグ卿は、婚約を許可するしかなかっただろう。

 俺も未来の娘がこんな風にされてあの反応なら認めざるを得ないと思う。


「エール辺境伯家のご子息が、先程接触してきましてね」

「なんですと」

「私の出る間もなく、フローリア嬢が追い払いました」

「…我が娘はな部分があるのですが、本当によろしいのですか」

「そのぐらいでないと、辺境伯夫人は務まらないでしょう?」


 いざとなれば、主人が不在の状況でモンスターに対応する必要がある。

 ただのご令嬢では辺境伯夫人は務まらない。


 バーデンベルク卿はふとため息をつくと、ソファの背もたれに寄りかかった。


「…娘を、頼めますか」

「もちろんですとも」


 こうして、俺はリアと婚約を結んだのだった。





 その後、エール辺境伯家がバーデンベルグ男爵家に圧力をかけていたことが調査の結果判明して、エール辺境伯家は王家から罰せられた。

 辺境伯家の力をなくすわけにはいかないからそう簡単に潰すわけにもいかない。

 今回の騒動に関わっていなかった遠縁の人間が引き継ぐことになったそうだ。

 そして、バーデンベルグ家への賠償として、バーデンベルグ領と隣接しているダンジョンがない一大農耕地を渡すことになった。

 エール領は農耕地があまりなかったはずだから、かなりの痛手だろう。


「リカルド殿のその後、興味ある?」


 デートも重ね、リアが俺との接触に慣れてきてくれた頃合い。

 そろそろ挙式の準備を進めなければという時期に、リアにそう聞いてみた。

 リアはきょとんと目を瞬かせたが、ふと笑った。かわいい。


「…あまり興味ないけど、アルは話したそうね」

「まあね」

「ふふ、じゃあ聞いてあげる」


 天使かな。笑顔が可愛い。

 隣に座っていたリアを抱き寄せ、その顔に幾度もキスする。

 ちょっと多かったのか「話は?」と中断させられた。あとでまたしよう。


「フェリック女伯爵と結婚したそうだよ。もう平民だったんだけど、彼女が大層気に入ったみたいで」

「フェリック様と?なんか、随分前に押しかけてきたときに『あんな女』って言ってたけど…夜会でお会いしたフェリック様はとても素敵な方だったわ」

「ここだけの話にしてくれるか?彼女と、ゲオルグ殿下から許可もらってるからリアには話してもいいって言われてるんだ」

「お姉さまは?」

「ジャナは知ってるから、もし話すならジャナと俺、殿下がいるときだけ」

「はぁい」


 実はフェリック女伯爵、一言で言えば加虐嗜好サディズムなんだよな。

 見た目は清楚で美しい人なんだが、本性は恐ろしい。

 殿下から聞く限りでは性生活でも加虐嗜好だから長く婚約者や恋人がいなかったのは納得する。


 相手を苛めて、苛めて、苛め抜く。

 けれどそこに愛はあるという。相手が本当に嫌がることはやらないそうだ。


「リカルド殿は最初は嫌がってたみたいだけど、その根底にある欲望を感じ取ったらしくてな。今では溺愛してるそうだよ」

「つまりあの人は真性ドMだった…?」

「考えたくないけどそうかもな」


 偶然だが、収まるところに収まったということだろう。


 リアが俺を見上げてくる。

 どうしたのか、と見ているとリアがふと笑った。


「でも、お陰でアルと結婚できるから、ちょっとお礼は言いたいかも」

「天使かな」

「もう!天使はアルだよ!」


 控えているマックスとナリスの生暖かい視線を感じつつ、クスクスとふたりで笑いあう。


 あの日、ジャナの護衛として出かけなければきっとこんな風にリアと過ごせなかっただろう。

 ジャナがリアと友人でなければこんな風にリアを愛でられなかっただろう。

 政略結婚して、愛の無い生活をして、ただ義務をこなしていく味気ない生活になっていたに違いない。


「ジャナのおかげだな」

「そうね。結婚式のときに『お姉さまのお陰で幸せになりました!』って宣言したいわ」

「いいんじゃないか?予定に組み込もうか」

「やった!」




 そうして式の当日、披露パーティーの時間に本当にそれを実行して。

 ジャナが顔を真っ赤にして照れる珍しい姿を見れたのは、良かったと思う。

 ―― ゲオルグ殿下が「俺の嫁の可愛い顔を他の人に見せたくない!」と王族らしかぬ挙動ですぐ隠してしまったが、理解できるのでその言動には目を瞑った。



 俺とリアは、スピネル辺境伯夫妻として末永く生きていく。

 一緒にモンスター討伐をしながら、時折ジャナとお茶会をして。

 子どもは何人にしようか、なんて笑い合いながら。



 幕間 Fin.

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