最終章 ようやく幸せになりました!

エインスボルト女王の王配の独り言


 【泡沫からの華々たち】というタイトルの小説(ライトノベル)があった。

 三部構成からなるそれはアニメ化されるほど人気で、電子書籍のサイトトップに売上第一位とあったから「たまには異なるテイストのも読むか」とダウンロードしたもの。


 華々たち、とあるようにこの本は短編集のようなものになっていて、三人の虐げられている低位貴族の令嬢たちが恋愛し、上位貴族、はては王族から助けられて幸せに暮らしました、というストーリーが基本。



 第一部の主人公、シャーロット・デンバー子爵令嬢は幼い頃に両親が事故死し、爵位は父方の叔父に一時的に移る。

 そこでシャーロットに爵位を譲りたくない叔父夫婦があの手この手でシャーロットを虐げ、何とか難関校であるセントラル・ヴェリテ学園に入学できたシャーロット。


 先祖代々受け継がれる手作りクッキーのレシピ。

 それで作ったクッキーを仲良くなった生徒に配りつつ、皆に馴染めるようになった頃、シャーロットは五人の令息と出会う。

 シャーロットは、その中のひとりであるエリック・アンダーソン侯爵令息と恋に落ちた。


 エリックの揺れる恋心、シャーロットの献身、令息の婚約者である第一王女とのやり取りを経て、第一王女は身を引いて伯爵と結婚し、シャーロットはエリックと結ばれ、幸せに暮らしましたとさ、と物語は閉じる。



 第二部の主人公、ミーナ・ウェーバー男爵令嬢は実家が貧困家庭だった。

 ギリギリ、セントラル・ヴェリテ学園に入学し、勉強しつつ実家を立て直してくれる結婚相手を探すのだがなかなか見つからない。


 そんなとき、図書室で彼女はゲオルグ第二王子と恋に落ちた。

 ゲオルグには婚約者であるジャネット・グェンジャー侯爵令嬢がいる。ミーナとゲオルグはいけないことだと分かっていてものめり込んでいき、事実を知ったジャネットが激高した。

 ミーナを、友人たちと共に苛烈な虐めを始めたのだ。ミーナにとっては酷く辛く、しかし相手は高位貴族。耐えねば実家など吹き飛んでしまう、と耐え忍んでいたところ、事情を知ったゲオルグが証拠を揃え、ジャネットを断罪して婚約破棄。


 元々王位は王太女である第一王女のため、ゲオルグは特に問題なくミーナの男爵家に婿入り。手腕を発揮して男爵領は持ち直し、ふたりで手を取り合い益々発展させていった…と物語は閉じる。



  ―― ではこうだ。


 第一部の結末は、伯爵と第一王女が結婚することは変わらないがシャーロットは国際犯罪者として魔塔へ収監された。

 エリック含め、交流した令息たちはシャーロットが作った禁薬入りのクッキーを日常的に食べていたため後遺症が酷く、魔塔で治療中。


 …小説の通りにしていれば、彼女が禁薬を使用したクッキーを食べさせているなんて誰も気づくことができなかった。

 だからある意味、不幸中の幸いなのだと義兄であるオルフェウス様は言っていた。



 第二部の結末は、ミーナは退学の上、領地に追放。

 ゲオルグ様とジャネット様は仲睦まじく、こちらが苦笑いするほどのラブラブカップルだ。


 …聞けば、小説とは異なりミーナはジャネット様に「ゲオルグの愛人として一緒に迎え入れて欲しい」と直談判したらしい。

 ゲオルグ様とミーナはたしかに図書室で出会ったけど、そこで互いに一目惚れということはなく、ゲオルグ様がミーナに付き纏われていたという。

 その付き纏いとミーナの言葉巧みな誘導の結果、学園にいた低位貴族の子息たちはミーナとゲオルグ様が恋人同士だって勘違いしたらしい。ゲオルグ様がめっちゃ怒ってた。


 小説と異なるといえば、ゲオルグ様がジャネット様を溺愛していることだろうか。

 小説のゲオルグはジャネットとは政略的な結婚である、と語っていたから…多少の情はあれど、あそこまでなることはなさそうな印象だった。



 今のところ、あの小説の一部が現実になっている。二度あることは三度あるというだろう。おそらく第三部もあるということだ。

 第一部と第二部の間は数年、第二部と第三部の間はたしか十年以上時間が空いている。あと、第三部だけは主な舞台がここエインスボルト王国じゃなくて、隣国の話だった。


 …たしかうちの国にいる竜人が関わっていた上に死に戻りの要素もあったような。


 ふくふくとしたほっぺたに食べかすをつけながら、もきゅもきゅと美味しそうに乳幼児向けに作った僕の手作りお菓子を食べる我が子を眺める。

 …この光景が消えて、過去に戻されたら嫌だなぁ。


「おかーり!」

「ごめんね、エヴァン。もうないんだ。また明日、おやつの時間ね」


 僕の言葉を理解しているかそうでないのか、きゃっきゃと食べかすだらけの手でペタペタと僕の手に触る。

 侍女たちが慌てて濡れタオルを持ってくるのをありがたく受け取りながら、我が子のふわふわした髪を撫でた。


 ……ちょっと、調べてみようかな。





 ―― それから、二十四年後。



「お母様、お父様。お兄様とわたくしに力を貸して欲しいの」


 真剣な表情で訴えてきた娘のツェツィが、一通の手紙を差し出してきた。

 宛名は僕の娘でエインスボルト第一王女であるツェツィーリア、差出人は隣国ヴァット王国のステファニー王妃。ツェツィの学友だ。

 とある事情により国元に呼び戻されてセントラル・ヴェリテ学園を卒業しないまま退学することになったけれど。


 ヴァット語で書かれた手紙の内容はごく一般的な、ありふれた世間話や近況報告。

 便箋の縁に文字のようなデザインが書き込まれており、一見するとただの絵柄の一部だ。


 ―― だがそれは現在では失われた言語と呼ばれるベガルド語で。救いを求める言葉が記されている。


 ツェツィは僕の影響を受けてか、王女というか令嬢にしては珍しく考古学を好んでいた。

 ステファニー王妃も過去から現在まで広く分布していた言語学を専攻しており、トゥイナーガが尊敬する人物だと語っていたとも聞いている。

 サイン本をあげたらものすごく喜んでいたと、ツェツィも嬉しそうだったのを覚えている。


 フィーに視線を向ければ、彼女はにこりと微笑む。

 これは問題ない、ということ。


「…うん、分かったよ」

「お父様!」

「ツェツィの大切なお友達ですものね」

「ありがとう、お母様!」


 喜ぶツェツィ。

 息子のエヴァンは苦笑いをしながら、肩を竦める。


「まだ具体案がないのが痛いですがね」

「そこをみんなで考えるの!」

「ちょ、ちょっと…資料とってくる」


 立ち上がって自室へ向かう。

 …まあ、まさか二十四年も間が空くとは思ってもみなかったけど、準備しといて損はなかったということだ。



 ツェツィに助けを求めてきたのはヴァット王妃、ステファニー・ヴァット。

 ヴァット王国元クォンタム子爵、現クォンタム伯爵のご令嬢。


 ―― 第三部の主人公であり、一国の滅亡を誘うステファニー・クォンタムだった。

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