決着
結論から言うと、ユーリの推測は当たった。
フィーネがユーリの代弁として危機を説き、モーリスたちを拘束しに時間を置かず騎士団を迅速に動かしたため、被害が最小限に抑えられた。
…とは言え、騎士団が到着した時点で地獄絵図だったのだが。
すでに子息たちによる、デンバー嬢の取り合いの末に傷害沙汰が発生していたのだ。めったに人が来ない裏庭の上、エリックが裏庭全体に防音の結界を張ったため学園側も気づくのが遅れた。
気づいたときには既にヴォーガン伯爵家令息グリフェルド、レグニア伯爵家令息ポリウス、ピーコック侯爵家令息アレフガルドが虫の息。
アンダーソン侯爵家令息エリックとクライツ公爵家令息モーリスが、血まみれになりながら魔法で争っていた。モンスター討伐に出られる程の実力者同士であったことも不幸だった。
騒動の原因となったデンバー子爵家令嬢シャーロットは無傷ではあったが、裏庭の隅で震えていたところを騎士団に保護された。
その際、彼女は「こんなはずじゃなかった」「どうして?小説のとおりにしたのに、間違えていなかったのに」と呟いていたという。
…何を言ってるんだ。理解できない。
各家令息からギデリア魅了薬の服用形跡が見られ、断薬直後から後遺症も出始めていることから魔塔の研究員たちが解毒薬の研究を急いでいる。
解毒が完了するまで彼らは魔塔で療養することになるそうだ。
他、デンバー嬢が配ったクッキーを口にした子息が数名いたが、摂取期間が短かったこと、接種間隔が空いていたことから頭痛や倦怠感等の後遺症はあるものの、徐々に快復している。
そして、魅了レベル四の禁薬を研究外の目的で製造・使用した
―― つまり実験材料だ。魔塔は研究機関。人間に対する実験材料は不足気味だから、ああいう国際犯罪者は魔塔へ送られる。無論、冤罪の余地等ない凶悪犯に限るが。
死んだ後すら彼女は実験材料として扱われることになるだろう。それ程、魅了の魔導具、魔法薬の犯罪は重罪なのだ。
今回の事件は発生直後から箝口令が敷かれた。
学園に在籍していた者は皆詳細に知っている事件だが、魅了の魔法薬が関わっていることから口外・文書化禁止となり、王家から公表された内容のみ話して良いとされた。
関係者をぼやかし、魅了の魔法薬については一切含まれていない。ただの痴情のもつれが思った以上にデカくなった、という内容である。
無論、王家としては詳細を記録し、記録された書物は禁書庫に厳重に保管された。
フィーネはユーリと魔塔の研究者を連れて王立図書館、果ては王宮図書館を巡り、同様の蔵書がないか確認してもらった。おかげでいくつか今回と同じレベルのレシピが見つかり、魔塔で管理してもらうことになったのだ。
魔塔の研究者はこの国の人間ではなく、研究者が連れてきた通訳人がいたがユーリのおかげで認識の齟齬もなくやり取りできたそうだ。
そこで魔塔側は、原則中立である立場ではあるもののユーリに魔塔への就職を要請した。ユーリがいれば、魔塔内で管理しているものの誰も読めない本をどうにかできるからだ。
要請されたのは謁見の間で、陛下、大臣等の政治を担う者たちも含め、私とフィーネもそこにいた。
ユーリを連れて行かれたら、国家の損失だというのはこの国を担うものたちであれば同じ意見だろう。
どうやって穏便に断ろうかと関係者が思案を巡らせていたとき、フィーネが「わたくしを通して」と言い張った。
戸惑うユーリに、フィーネは周囲の目もある中でこう彼に告げたのだ。
「あなたが怖いときはわたくしが傍にいるわ。だって、怖がるあなたも真剣に本を読むあなたも、仕事をしているあなたも好きだもの。あとあなたの作るお菓子も好きだわ!他の人には食べさせたくないぐらい!」
「は、ぇ!?」
「傍にいて、ユーリ。わたくしにはあなたが必要なの」
顔を真っ赤にしたユーリは、しばらく言葉をなくしていたが、やがてボロボロと涙を零したかと思うと、小さくこう返した。
「……僕も、好き……だから、い、一緒に…いたい」
その言葉にぱ、と表情を明るくしたフィーネは、くるりと振り向いて全員に向けて宣言する。
「皆様!わたくしこの方と結婚しますわ!」
…あ、ユーリが卒倒した。
◇
フィーネはこれを狙ったのかどうか定かではないが…まあ、さすがに魔塔側も王女と結ばれた恋人を連れて行こうとは思わなかったらしい。
手紙のやり取りをすることで決まった。現物が必要な場合は、魔塔側が赴くという。
フィーネはこの騒動をユーリと協力し被害を最小限に抑えたこと、原則中立で関与が難しい魔塔との定期交流を実現させたことによって正式に次期国王として立太子した。
ユーリは平民から次期王配へと大出世。もちろん、社交界どころか国中がこの話題でもちきりだ。
選民思想を持つ貴族もいたが、ユーリ(トゥイナーガ)の実績を出せば口を閉ざす。今やトゥイナーガに翻訳本を持たない貴族はいないと言っても過言ではないからな。
フィーネと一緒であることが必須ではあるが、外交での通訳面での功績もあり近々、ユーリに伯爵位が叙爵されるという。
「フィーネ。ひとつ聞きたいんだけど」
「何かしら?」
立太子した彼女は、王太女に任された公務を淡々とこなしている。
今日はそんな時間の合間を縫って、フィーネとお茶会だ。参加者は私とフィーネだけ。
私たちの前にあるケーキスタンドに乗せられた様々なお菓子。これはユーリが作ったものだ。
ユーリが作った菓子は、非常に美味だった。
クッキー以外にも我々が知らない菓子を様々作っているものの、基本的にはフィーネとユーリの家族にのみ渡されていた。
稀に、フィーネの気まぐれでユーリの菓子のご相伴に預かることはある。だが、ユーリはフィーネの許可がなければ他の誰かのために作ることはしないようだ。
今日はご相伴に預かれる日だったらしい。
うん、このふわふわとしたカップケーキも美味い。
「一体いつ、ユーリに惚れたんだい?」
ぴたり、と紅茶を飲もうとしたフィーネの動きが止まった。
それからケーキスタンドから私に視線を移し、目を瞬かせる。
「…どうしたの、お兄様」
「いや。単純に恋バナだよ。私もアリアドネについて語りたいしね」
「まあ」
くすくすと笑った彼女は紅茶を一口飲んで。
カップをソーサーに戻して、微笑む。
「…実ははっきりと理解したのは魔塔の研究員がユーリを欲しいって言ったときなの」
「ずいぶん後だな」
「最初は打算だったわ。エリック様をどうにか排除した上で、わたくしが立太子できる条件をクリアできる者…と考えていたところに、ユーリが現れたのだもの。気弱そうな彼を王配にすれば平民からもある程度支持を得て自由にできる、というのもあったけど」
まあ、たしかに初対面の印象は気弱な男だった。
吃りがちで、目を合わせて話すことはない。社交界で生きていけるとはとても思えない人物。
けれど彼はひとたびペンを持てば雄弁だった。さらさらと走り書きされる字は読みやすく、彼が仕事用に書いた字と見比べてやや乱れていると分かる程度。
筆談の間、彼は目を合わせて会話する。そのまっすぐに向けられる瞳に口頭で会話するときとのギャップを抱いたのは私だけじゃないだろう。
「今思い返せば、気づかなかっただけで彼に好意を抱いていたとは思うのよね。彼に悩んでいた事柄を話したりしたし、彼に抱きつくのは嫌ではなかったし」
「ああ、あれは私も驚いた」
「向こうの研究員からユーリが欲しいって言われて、取られてなるものか。この人はわたくしのだ、って。そう思ったことを自覚してからようやくユーリのことが好きだって分かったのよ。あの日言った通り、わたくしはユーリの弱いところも愛おしいの」
その言葉通りに思っているのが一目で分かる。
そのぐらい、見たことがないほどに柔らかく、頬を染めて微笑む妹の姿がそこにあった。
…ま、妹相手は大変だろうが、頑張ってくれ。ユーリ。
そう心の中でこの場にいない彼を応援しつつ、ふわりと香る紅茶を一口飲んだ。
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