魔塔研究員視点

新しい実験体について

 惜しいことをした、と思う。


 王女が結婚を宣言した、と通訳から伝えられた直後、ユーリ殿が倒れた。

 短い付き合いではあるが、彼は人前が苦手なのだろうということはすぐに分かった。だからおそらく、一斉に注目されて卒倒したのだと思う。


 いや本当に、惜しいことをした。

 彼が持つあの能力が発揮されれば、世界をひっくり返すことができたのかもしれないのに。


「その言い回しだと、あたかも世界征服を狙っているだなんて思われますよ」

「んな大層なことが出来ると思うか?」

「私はあなたを知っているからこそ否と答えられますが、あなたを知らない他者からはそうではないと言っているのです。ああ、ユーリ殿が魔塔にいらしてくれれば私の心労も多少は和らいだものを…」


 そう嘆く彼は、助手兼通訳だ。

 今回の訪問先であるエインスボルト王国出身だったのと、俺の出身国の言語を話せることもあって彼に来てもらった。


 ゆらゆらと揺れる航海の中では研究結果にも影響するため、この移動時間はただ暇つぶしするしかない。

 中には船酔いでグロッキーになっている奴もいる。酔い止めの薬でも飲み忘れたか?


「…そういや、今回連れてきた実験体と患者たちはどうしてんだ?」

「患者たちは眠らせたままです。実験体は暴れ疲れたのか、諦めたのか。大人しくしていますよ」


 国際犯罪を犯した人間は、冤罪の余地なしと判断された場合において魔塔の実験材料として連れて行くことを許可されている。

 今回、エインスボルトから引き取った実験体は国際犯罪の中でも重罪になりやすい魅了関連の犯罪を犯した。

 具体的には、使用禁止ランクの魅了効果が含まれた魔法薬を使ったのだ。

 先祖代々伝わっているレシピだと主張していたが、研究目的以外で使用した時点で終わり。国際条約で禁止されているのだから。知らなかった、では済まされない。


「しかし惜しいな」

「今度はなんです」

「いや、実験体だよ。ちゃんと学んでいればギデリア回復薬なんていうなんざ作らんだろうにって」

「ああ…そうですね」


 ギデリア魅了薬、または回復薬はたしかに禁薬だ。だが、後継の魔法薬が誕生している。


 一部の地域では魅了薬と呼ばれていたが、大多数の国ではシェザーベル王国で伝わっていた通り「疲労回復薬」としての効果が期待されていた。

 後遺症や依存性を少なくする、魅了効果を薄めるための研究は行われて改良が行われ、現在では「クロリア回復薬」と呼ばれている。

 …数世代前のレシピで作り、使用するのが犯罪なのであって改良された薬は安全性が確認されたものだから問題ない。

 クロリア回復薬にも魅了効果はあるが、製薬者に感謝を述べやすい、という程度であるのでギデリア魅了薬ほどではないし、後遺症が出るなんてこともなくなった。これは、魔力を設定した量を注ぎ込むことができる魔導具が開発されたことも大きい。


 注がれる魔力量が機械的に設定できることで後遺症が出ないレベルに抑え込まれ、メインの効能である疲労回復と眠気防止の効能がきちんと働く。

 もちろん、注ぐ魔力量や用法用量を守らなければ体に悪影響が出るのはどの薬でも同じだ。


「無知は怖いなぁ」

「我々魔塔の者としても、無知は罪ですからね。専門外であれば専門の者に聞くのが筋ですし」

「それは魔塔に限らず、国政でも領政でも同じだろうよ」

「…それよりも、少し気になることがありまして」


 口元に手を添えて、部下が呟く。


「実験体が言っていた『私はヒロインなのに』って、例の特体とくたいと同類ってことですか?」

「たぶんな。実験体の話をよく聞けば特体とは別モンのようだが…」


 魔塔には、特別実験体、略してと呼ばれる者がいる。

 百数十年ほど使われていなかった呼称だが、二十年ほど前に久々に現れた。


 エインスボルト王国がある大陸から、海をしばらく南に進んだところにある小さめの大陸。島…よりは遥かに大きい。

 そこには四カ国あり、概ね人間、竜人、獣人、精霊族と種族で分かれて暮らしている。仲が悪いとかそういうことはなく、自然とそうなった結果らしい。もちろん、互いに交流がありそこで血が交じるということもあるそうだ。


 その四カ国のうちのひとつ、主に人間が暮らすプレヴェド王国。

 そこで精霊の愛し子と呼ばれた特体が生まれ、成長し ―― 罪を犯した。精霊たちに、問題ないレベルの魅了魔導具を改造させて違法に威力を上げたのだ。

 まさか精霊が改造できるとは魔塔側も思っていなかった。無論、現在は精霊でも改造できない仕組みに変えている。

 精霊族の国であるヴェラリオン皇国の皇族にも危害を加えようとしたのだとかで余罪はボロボロと出てきて、結果的に魔塔に実験体として収監された。


 魔塔の特殊性から、精霊は魔塔に近づきたがらない。

 そのせいで愛し子は精霊の助力が得られず、肉体的にも精神的にもズタボロになっていった。

 あらかた実験が済んだため、現在は余生を過ごさせている。


 そんな特体だが、彼女は収監された当初頻繁にこう言っていたそうだ。


『私はヒロインなのに』

『なんでなんでなんでっ、ゲームの通りにしたわ、悪役令嬢がシナリオ通りに動かなかったから狂ったんだわ!!あのサポキャラが転生者だなんて!!』

『誰か、誰かリセットさせて!!最初からやり直させてぇ!!』

『あ、あ、…現実じゃない、現実じゃ…』


 いずれにしろ、俺が魔塔に勤め始める前の話。

 今、俺が知っている特体は格子窓の前に設置した揺り椅子に座ってぼんやりとすることが多い、実験体でしかない。


 そんな特体と似たようなことを口にしている今回の実験体。

 予測されていることは、ひとつだけある。


「あれも、特体と同じように転生者とやらなんだろう」

「こことは違う常識がある世界の前世を持っているとかいう、あれですか」

「創世神の気まぐれか、はたまた世界の構造的に流入・流出しやすい関係にあるのかは分からんがな。事情聴取した結果じゃ、ここは小説の世界らしい」

「あんなものを使ってハッピーエンドになるんですか?」

「正しく使えばそうなっていた、だな。そうなれば子々孫々ギデリア回復薬の製造法が密かに受け継がれ、誰かがまた犠牲になっただろう。実験体が用量を間違えてくれて助かったとしか言いようがない。被害者には悪いがな」


 椅子に寄りかかり、天井を見上げた。

 はあ、帰ったら実験体引き渡して、色々今回収集してきた本を辞書と格闘しながらレポートまとめて……。


「あーーー、やっぱりユーリ連れてきたかった!!」


 現存する言語も消失した言語も関わらずまるで「一つの言語」として見てるようなユーリがいたら、もっと研究がはかどるのに。

 というか、魔塔全体で引き込むべき相手だった!


「あの王女が離さないでしょうね」

「あの王女がいる限り無理だな」


 きっとユーリが離れようとするものなら、ありとあらゆる手段を使って囲い込むだろう。

 あの告白劇だって、考えられていたケースのひとつに過ぎないのかもしれない。

 恐らく俺たちと一緒に図書館を巡って古書を探していたときにはすでに想定していた。


 手紙で仕事を依頼することは出来るのだから、それだけは良しとしよう。

 …王女にこちら側と交渉する窓口を作られてしまったが。ああ、後で怒られるかな。いや、基本不干渉な魔塔で、今でも魔具士の研究員たちが定期的に連絡とってる人がふたりいたわ。うん。大丈夫。


「ああ、もうすぐ着きますね。下船の準備をしてきます」

「おう」


 部屋を出ていった部下を見送って、船室の窓から外を覗く。辺り一面の大海原。

 …やがて轟音と共に海が割れる。そして海の底に、見慣れた塔とその周辺を囲う小さな町並みが見えてきた。

 特殊な処理を施されているこの船がゆっくりと、海の底に向かって降りていく。


 魔塔に連れてこられた今回の被害者の令息たちは、治療が終わるとここでの記憶を消去されてエインスボルトに送り返されることになっている。

 この魔塔の場所や構造は、関係者以外は覚えてはならないことになっているから。


「…快復して戻ってもいいことないと思うけどなぁ」


 すでに数名の令息は、快復後、戻り次第平民になることが決定している。

 治療が何年かかるか分からないからだ。戻った頃にはもう、結婚相手を見繕うのにも苦労するだろうし、家は別の誰かが継ぐことになっている。

 正直、実験体としてここで過ごす方が充実で幸せな日々を過ごせると思うけどなぁ。頭と運が良ければ研究者になることもできるし。


 まあ、選択肢くらいは与えてやるさ。


 ここで実験体として幸せに暮らしていくか。

 故郷に戻り、針の筵で貴族社会に残る、あるいは平民になるか。


 俺のおすすめは無論、実験体だがね。

 実験体はあればあるほど良いから。


 あーあ。もっと魔塔に実験体を連れてこれないかなぁ。




第一章 Fin.

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